甘える君は可愛い

社員食堂で休息を

 旭日の家へと行く約束をした。
 美味しいご飯だけが目的ではない。その後のこともある。
 何も持たずにきてくださいと言われているので、いつも通りに会社で使うものだけをカバンに詰めてきた。
 あの日の続きをするのだろう。緊張と、あの気持ち良さを味わえるという期待、きっと自分が受け入れる側だろうから、中に入る時の不安、そんな感情が夜久の中でぐるぐるとしていた。  

 昼休み。食堂へと向かう。厨房で鍋ふりをしている旭日の姿をみつけ、思わず魅入っていた。
「夜久君、後ろがつっかえているよ」
 と声を掛けられそちらへと顔を向けると八潮の姿があり、今日は一人きりのようだ。
「あ、すみません」
 あわてて先へと進むと、一緒にご飯を食べようと誘われた。
 昨日のこともあるので、その誘いにのることにした。
「昨日はありがとうございました」
「うんん。僕は何もしていないよ」
 と言い、ところでと言葉をつなげた。
「あれからどうしたの?」
「え、あっ」
 昨日の事を思いだして顔が熱くなり、それで何かを察したか、八潮が唇を綻ばせて顎を触る。
「もしかしてぇ、あの後、燃え上がっちゃった?」
「や、何もしていませんから!」
 否定するように手を振るが、八潮は目を細めてにやにやとした表情を浮かべた。
「本当ですよ」
「うんうん。そういうことにしておくね。で、うまくいったの?」
「はい」
 付き合う切っ掛けがとなったのは八潮なので、それだけは伝えておきたかったので、話をすることができてよかった。
「そっか、うまくいってよかったね」
 と頭にポンと手を置いた。
 心からそう思ってくれていることに、嬉しくて表情がゆるむ。
「はい。ありがとうございます」
 礼を口にし、今日は食事が終わるまで一緒に話をしていた。
 返却口で旭日を見て帰ろうと思ったが、今日は他の人と話し中で目を合わすことなく戻ることとなった。
 残念だが、休憩時間に会いに行こうと気を取り直す。
「じゃぁ、またね」
「はい」
 八潮とは階が違うので途中で別れて自分のデスクへと戻る。
 いつもはそこに筒木が居るのだが、今日はその姿はない。
 女子は五分前にならないと戻らないし、上司は時間通りに戻ったためしがない。
 当分、一人きりだなと、片肘をついてぼんやりとする。とはいっても、考えるのは旭日のことだが。
 まだ下半身のモノしか見たことはないが、胸板はあつかったし、きっと腹筋は割れていることだろう。
 貧弱な自分の身体を見せるのは恥ずかしい。その前に、萎えないだろうか。
 女性のように柔らかさはないし、やはり無理だと思われたら……。
 そんなことを考えていたら気持ちが沈んで、顔を突っ伏す。
「どうした?」
 そう声を掛けられて顔をあげると、そこに三木本の姿がある。
「三木本さんこそ。今日は八潮課長と一緒じゃなかったんですね」
「あぁ。岡谷さんと話があってな。屋上から戻ってきたところ」
 屋上には休憩スペースがあり、喫煙所と自動販売機がある。そこで話をしていたのだろう。
「そうだったんですね」
 そういえば岡谷と三木本が揉めていたと八潮から聞いたが、そのことだろうか。
 今までなら気にすることもなかっただろう。だが、旭日と八潮の影響か、自分と同じ課の先輩ともめているとしたら、何か役に立つことはないだろうかと思ってしまったのだ。
「あの、岡谷さんと何かあったのですか?」
「……、八潮課長から聞いたのか」
「もめていると」
「そうか。今日、岡谷さんから八つ当たりをされたら俺のせいだから。先に謝っておく」
 そういって、すまんと頭を下げる。
 岡谷を怒らせるようなことがあったとは、二人はそんなに険悪な仲だったのか。
「俺は大丈夫ですから。それよりも三木本さんの方は?」
「俺も大丈夫だ」
 そうだ。自分が心配することではない。三木本の側には八潮がいるのだから。
 ありがとうなと肩に手が触れ、三木本は戻っていった。
 その後、岡谷と筒木がデスクに戻ってきた。
 岡谷は機嫌は悪そうだったが、特に八つ当たりをされることはなく、仕事をし始めた。

 仕事の合間に休憩をしようと、社員食堂へと向かうがそこに旭日の姿はない。
 顔を見たかったのに残念だと自動販売機へと向かうと、そこに八潮と話す旭日の姿を見つけた。
 声を掛ける前にこちらに気が付き、 八潮が手を挙げた。
「いいところにきたねぇ」
 やたらと楽しそうな八潮課長に対し、旭日は機嫌が悪そうだ。
 一体どうしたんだろうと隣に立つ。
「夜久君、じつはね、旭日君たら」
「八潮課長っ」
 それでなくとも目つきが怖いのに、八潮を見る目は更に凄みを増していた。
「旭日君?」
 顔を覗きこめば、ぱっと表情を変えた。目尻をさげて剣がとれる。
「好きな子には可愛い顔をするんだねぇ」
 楽しそうな八潮に、悔しそうな旭日。これは、自分と関係をからかっているのだろう。
「あ、夜久君、顔が真っ赤だよ」
 にぃ、と口角をあげる。
「なんで、こんなことになってるの」
 小声で旭日に問うと、拗ねた表情で夜久を見る。
「え、俺がなにかした?」
「昼休みに、八潮さんに頭を撫でられて嬉しそうだったんで」
 あれを見て拗ねてしまったのか。
 まさか、そんな可愛い理由だとは。唇がふよふよと緩みだす。
 それを見て、旭日にジト目を向けられる。
「旭日君ね、 僕が夜久君のことを好きなんじゃないかって。昨日のこともあるから妬いてたよぉ」
「八潮課長っ」
 旭日の顔が真っ赤だ。
 嬉しい。妬いて貰えるのが。
 幸せだ。愛されていると感じて。
「え、ちょ、夜久君!」
「夜久さん」
 二人が驚いた顔をする。
 一体どうしたんだろうと首を傾げると、旭日がポケットに突っ込んであったタオルを手にして顔を拭われた。
「え、俺、泣いてた?」
「はい」
 心配そうに見つめられ、ありがとうと礼を言い、
「八潮課長は優しい人だから、相談にのってくれただけ。俺の心と身体は君のモノだから」
 そう告げると、
「いうねぇ」
「夜久さん!」
 八潮課長は口笛を吹き、旭日は照れる。
 また、変なことを口にしてしまったのだろうか。目を瞬かせて二人を見ると、八潮が夜久の肩に手を置いた。
「うん、君って、天然なんだね」
「それには同意見です」
 どういうことだと、自分が口にしたことを思い浮かべ、身体が燃えるような恥ずかしさを感じる。
「あ、う、あれは……」
「あははは、愛されているねぇ、旭日君」
「はい。八潮課長、先ほどは嫉妬してすみませんでした」
 夜久の羞恥心をよそに、二人は握手をして笑い合っていた。