キスの報酬
お願いがあるのだけど。
たっぷりキスをされた後、俺はそう魔王に告げる。
ご機嫌な魔王はなんでも願いをかなえようと言ったので、姫様のところに行きたいと話した。
その瞬間、浮かれていた魔王の表情が凍り付いた。
「なぜだ?」
「確認したいことがある」
「私が君を連れてきた理由をか?」
「それもだけれども、俺にも同僚とか家族がいるわけで、心配していないかなって」
連れてこられたばかりのころはそうだったけど、ここでの暮らしが思った以上によくて、いつの間に考えなくなっていた。
だけど本当のことは言えないから理由として使わせてもらおう。
「それだけを確認するだけか」
「そうだけど?」
「帰るつもりではないのだな」
「あー、そういうことか」
今まで姫様に会いたいなんて言わなかったのだからそう思うか。
そういうつもりは全然なかった。魔王に迫られるのは困るけれど、それだけなのだ。
それにさ、突然いなくなった俺の扱いってどうなってんのよ。たかがモブキャラを探すと思うか? それならきっと辞めたことにするだろうし。
家族は田舎にいるし同僚や友人はどうだろう。心配してくれているのかな。
「さっきも言ったけれど確認したいことがあるだけだ」
帰らない、そうとは言わなかった。調子付きそうだから。
「いつ行くのだ?」
「そうだな。明日の夜にでも」
姫様が一人になるのは夜くらいだ。
「わかった」
魔王はそういうと自分の部屋へと戻っていった。
あれは、そうとう機嫌が悪いな。少しだけ罪悪感が残った。
次の日。
クロスケがツンツンと俺の腕をくちばしで突く。
「魔王様、不機嫌。何かしたのか?」
「あー、うん、まぁ、魔王に天国と地獄を見せた」
「うわ、魔王様にすごいな、さすがブレフトだ」
震えるクロスケから羽が抜ける。
「ほら、クロスケ、ご飯を食べてパトロールに行っておいで」
その方が今日はいい。
クロスケは頷いてご飯を食べて外へと飛んでいった。
アルトとシーラには部屋でご飯を食べるようにと食事をもっていってある。
俺はお願い事をしてあるから一緒に魔王と食べるよ。
「今日はパンケーキな。シーラからのリクエストだから」
いつもなら愛想よく食べてくれるのに。そんな不機嫌に俺の作ったものを食べてほしくはない。
「ほら、アーン」
魔王用にハムとチーズをのせたやつだぞ?
「ぐっ」
ぴくりと耳が動く。ふ、食べたいだろう。ほら、ほーら、お口を開けなさいな。
あーんともう一度いうと、魔王の口が開いた。
よしよし、もう一口どうぞ。
一度閉じた口にパンケーキをあてる。
「リッド様のために用意したんだから食べてくれないと悲しいなぁ」
「……ずるいぞブレフト」
「ふっ、使えるものは何でも使う。ほら、アーン」
落ちたな。素直にお口をあける魔王にパンケーキを運ぶ。
それを何度か繰り返して、もういいと言われたので残りは俺が頂いた。
「今日のお前は可愛いがすぎるぞ」
「そりゃ、お願いを聞いてもらった身ですし。少しだけ悪かったなって思ったし」
「あの日は、本当に嬉しかったのだぞ? それなのに、お願いごとのためにしてくれたのかと思うと悲しくなった」
あれじゃキスの報酬を求めているように思えるか。
「あの時はそういうつもりじゃなかったんだけどね」
誤解を招くかな、ちらりと魔王へ視線を向けると口元が緩んでいる。
これじゃ、好意があるように聞こえたかも。
「そうか。少しは好いてくれているのだな」
「調子に乗るなよ」
箸で耳をつまんで引っ張る。
「こら、私の耳は食べ物ではないぞ」
「ふん」
つまんでいたのを離して席を立つ。ホットケーキは食べ終えているので洗い物をするためだ。
「ブレフト。私はこうして君から何かをしてくれるだけで嬉しいのだ」
ぎゅ。
後ろから抱きしめられて俺は皿を落としそうになった。
「おま、皿が割れるところだった」
顔が近づいて、キスしようとするのを皿で受け止めた。
「今日は許してないぞ」
「え、そういう流れではなかったか?」
「流れじゃないよ」
あぁぁ、俺の責任だぁ。調子つかせた。今のはやばかった。
流されそうで。
「朝からオアツイですねぇ」
後ろから声を掛けられて振り向くと、そこにはアルトがニヤニヤとしながら立っていた。
「な、いつから」
「あーんのあたりから」
「むぁぁ」
クソ恥ずかしい!!
「だから朝来るなっていったのか。二人きりになりたくて」
そうじゃないから。
「ほう、そんなことを言っていたのか」
ふたりが俺の顔を覗き込む。
このぉ、メインキャラの二人がそろっている姿を喜ぶ男だぞ俺は。ファンってそういうものだろうが。
「くらえ」
デコピンじゃぁ。俺、痛いやり方知ってんだぜ?
二人にデコピンを食らわせたら、そこそこ良いダメージを与えることができたようだ。
「なんで俺までするのさ」
「覗いとるからだわ」
おう、思わず故郷の言葉がでちまったわ。
「えへへ、俺、腐男子なんで」
「え? うそぉ」
それ、なんで今言うの。
薄い本の話をしていた時いわなかったよな?
「お前、楽しんでいるだろ」
「はい。こんなに近くで楽しめるの最高デス」
くそっ、腐男子め!
あの後、ホットケーキで余った蜂蜜を使ってホットミルクを飲んだ。
これがまた美味いんだよ。
「はぁ、落ち着く」
「ねー。甘いのって幸せな気持ちになるよぉ」
アルトも甘党男子のようで、ホットケーキに添えたフルーツとソースは全てなくなっていた。
「悪素茶に入れても美味いぞ」
子供たちが飲むときに入れるらしく、たしかに蜂蜜を入れると多少ましな味になる。
「アルトも飲むか?」
人族には必要ないが、アルトが飲んだらどうなるか気になるのですすめてみた。
「あ、魔素茶ね」
「まずは蜂蜜なしでな」
ガラスのティーカップに注ぎ込むとアルトはそれを口の中へ。
そしてクシャと顔をゆがめた。
「まっず」
あ、魔力があってもやっぱりまずいんだ。
「ほら、蜂蜜」
スプーン一杯注ぎ入れるが眉毛にしわが寄る。
「複雑な味になった。渋いけど甘みがある」
飲み慣れていないのもあるが、人族の魔力もちにも合わない味のようだ。
「人族には必要のないものだからな。ブレフトの入れてくれる魔素茶は美味い。皆に好評なんだ」
褒められて悪い気はしないもんだ。このごろはお母さんたちと井戸端会議で情報交換をしている。
「それで姫のところに連れて行ってもらえるの?」
「アルトは知っていたのか」
あ、せっかく機嫌がなおったというのに眉間にしわが寄っている。
「話の流れで知っただけだよな、な?」
「あ、うん、そういうこと」
俺の努力を無駄にしないように話を合わせてくれたけど、魔王の切れ長のおめめがほそーくなってる。
「リッド様ぁ、怖い顔になってるぞ」
「そう思うのならご機嫌取りをするのだな」
プイっと顔をそむける魔王。拗ねたな。
「アルト、夜になったら城に向かうことになったから。ほら、訓練所に行って来いよ。ライニールと遊んであげな」
訓練所には魔王軍が鍛錬を積んでいる。この頃はライニールの手合わせをしにアルトが通っているのを知っていた。
二人ともすごく楽しそうなんだよな。俺は残念なことに弱くて相手にならない。
「おう、行ってくる!」
喜んで向かうアルトを見送って魔王と二人きり。
「はじめからリッド様に相談すべきだったな。悪かったって」
「そうだ。私に言えばよかったのだ。さらってまで手に入れたというのに」
「なぁ、俺のどこが気に入ったんだ?」
いままで聞こうとは思わなかったのに、なぜか知りたくなった。
「ブレフト、お前のもとに鷹が遊びに来ていなかったか」
「あ、あのカッコいい鷹ってリッド様の?」
ベストラー王国の騎士宿舎。俺の部屋は三階にあり、そこに鷹が遊びに来るようになったのだ。
凛々しくてかっこよくて、どこかの貴族が飼っているのかと思っていた。
「あれは私だ」
「え?」
まさか、魔王は鳥にもなれるのか。設定集にも載っていない内容だぞ。
「世界を見て回りたくてな。そこで姫にであったんだ」
「姫様のことを知っていたんだな」
だからゲームでは姫様をさらったのか。裏側を知ることができるなんてゲームファンとしては嬉しすぎる。
「いや、王女殿下に捕まったんだ」
「ん、んん?」
いや、つかまるって……あ、かっこいい鷹だから飼いたくなった、とかか。
「彼女は恐ろしい。光魔法をぶつけられたぞ」
「ひぃぃ、姫様ぁぁ」
何をやっているんだ姫様は! いつもはあらあら、うふふなんて、のほほんなくせに。
「不意打ちをくらい落ちた私を捕まえて、『魔王様、私とお話いたしましょう』って。正体までバレてしまったよ」
なんてことでしょう。
ということは、姫様は魔王と顔見知りということか。
「あ、もしかして姫様は俺がさらわれるのを知っていたのか」
「ふ、協力者だ」
「なんだって!!」
俺を部屋に呼んだのはそういう理由か。あの時、一緒にいた侍女もよくよく思えば叫び声すら上げなかったっけ。グルだったのかも。
「なんでよ。俺は鷹になったリッド様に特別なことはしていないと思うけど」
「色々なことを話してくれただろう?」
そうだった。
誰にも言えない愚痴や、嬉しかったこと、悲しかったこと、色々と話していたなぁ。
「君の話を聞くのはとても楽しかった。人族だからと自分たちとなんら変わらないと知れた」
たしかに。俺も魔族と人族は見た目だけしかかわらないということを知った。
「それにブレフトは表情が豊かだ。見ていて飽きない」
ブレフトって表情が豊かなのか。記憶を思い出してからの俺も変わらずそうなのかな?
「自分でも不思議なのだが、はじめから好感を持っていた」
それは多分だけど薄い本の影響かもしれない。好きになった理由もだ。
俺は恋愛経験値がゼロだからさ、絆されちゃうだろ。