夏休みの楽しみ方
夏休みが近づくにつれ、クラスメイトが浮き足たつ。
橋本巧巳(はしもとたくみ)にはその気持ちが理解できないでいた。
休みだからといって、学校に行く時間は図書室で本を読むか勉強をする時間になるだけで、休日の過ごし方と何も変わらないからだ。
担任である前岡に資料作りを手伝ってほしいと言われ、教室で作業している時に夏休みの何が楽しいのかを尋ねてみた。
はじめは目を丸くしてこちらを見ていたが、何かを思いついたか、
「なら、夏休みに補習の手伝いをしてくれ。その代りに夏休みの楽しみ方を教えてやるよ」
と言ってきたのだ。
今年の補習は、今井高貴(いまいこうき)ただ一人だった。
折角の夏休み。暑い思いをして学校で勉強などしたくはないという一心だろう。数名いた補習対象者は追試をクリアしていったが、高貴だけが合格点を得られずにいた。
高貴は明るく愛想も良い。いつも周りは笑いが絶えず、何がそんなに楽しいのだろうと、ずっと彼が気になっていた。
「あれ、委員長も補習?」
教室にいる事に驚き、自分以外にも補習がいることを素直に喜んだ。
「そんな訳があるかよ」
と前岡が高貴の頭を軽く叩いた。
「えぇ、じゃぁ、自主参加とか?」
信じられないといわんばかりに見られ、違うと首を振るう。
「俺が頼んだんだよ」
にやりと笑うその表情に、まさかとある事に気が付く。
「勉強は橋本が教える。その代り、今井は夏の楽しみ方を教えてやれ」
学生同士の方が良いだろうと、前岡は二人の背中を叩いた。
「……やはり」
そうきたか。
今までただのクラスメイトという関係でしかない二人を一緒に遊ばせようだなんて。
自分はまだ良い。今井に興味があるから。だが、彼の方はどうだ。嫌そうな顔をされたら気まずいだけだろう。
「え、え? どういうこと、前ちゃん」
明らかに困惑している。
前岡に無かったことにして貰おうと、口を挟もうとしたが遅かった。
「夏の遊びを橋本と今井でするの。わかった?」
「あぁ、遊びに行けばいい訳ね。了解」
あっけない位にそれを承諾する。
「え?」
逆にこちらが困惑してしまいそうだ。
「え、じゃないだろうが。良いってさ」
「委員長と遊ぶの、初めてだね」
屈託のない笑顔。
警戒心を抱かせないそれは、誰とでも仲良くなれる彼の最大の武器だと思う。
「あ、あぁ。よろしく頼むよ」
「任せておいてよ」
自分の胸を叩き、早速何処へ行こうかなんて言われる。
「おいおい、それは補習の後にしろ」
「げっ、やっぱりやるの?」
嫌そうに顔を顰め、そしてこちらへと顔を向けると、後でなと笑って見せる。
ふ、と、唇を綻ばし、巧巳も机の上に教科書とノートを開いた。
誰かと一緒に帰るのは高校に入ってから初めての事だ。
「なぁ、途中でアイス食っていかねぇ?」
学校から駅に向かう途中にコンビニがあり、そこはよく学校の生徒が立ち寄る場所でもある。
巧巳がこのコンビニを利用したことは数回程度。しかも学校で使う筆記用具を切らした時しか寄らない。
買い食い自体が初めての事だった。
「今井はよく買い食いをするのか?」
「あ……、ねぇ、折角だし、下の名前教えてよ」
何が折角なのかはわからないが、委員長と呼ばれるのはあまり好きではないので素直に名を告げる。
「巧巳だ」
「了解、巧巳ね。俺は高貴」
「知っている」
せめてクラスメイトの名はフルネームで覚えようと、そう思ったからだ。
「わお、流石」
「覚えた所で呼ぶ機会など無いけどな」
「あるじゃない。俺が第一号ね」
と自分を指さして、呼んでみてよとワクワクとした表情で見つめられる。
そんな風にされると妙に恥ずかしい。照れつつ「高貴」と名を呼べば、すぐに「巧巳」と返してくれる。
何だかむずむずする。
「もしかして、照れているの?」
からかうように言われて、
「そんな事はないぞっ」
余計に照れてしまう。
「巧巳ってそういう反応を見せるんだ。了解、了解」
どう接すればいいのかと高貴なりに思っていたのだろうか。心なしか表情がホッとしたように見えるのは、気難しい奴だと思われていたからだろうか。
何だか気を遣わせてしまっている。
冗談の一つも上手く言えない巧巳は、なんだか申し訳ない気持ちになってきた。
いくら前岡に言われたからと、自分につきあわせるわけなのだから。
「あ……、今井、断ってもいいんだぞ」
「今井じゃなくて、高貴って呼んでよ。実は俺ね、巧巳の事が気になっていたんだ」
と両方の手を握られる。
「夏休みを一緒に楽しもう」
繋がった手を大きく振りながら楽しそうに笑う。
伝わる熱に驚いて慌てて手を振りほどく。
じりじりと熱くなるのは、夏の暑さのせいなのか、それとも高貴が触れたからなのだろうか。