Short Story

気づいてはいけない想い

 映画とクッキーを堪能し、一ノ瀬が夕食の準備をするためにキッチンへと向かった。万丈も立ち上がりそのあとに続く。
「手伝いますよ」
「いや、座って待っていてくれ。出来上がってからのお楽しみだ」
 唇に人差し指をあてる。年上の男だというのに妙に可愛い。
 それなら万丈は楽しみに待つだけだ。
「わかりました」
 実は料理をしているときの一ノ瀬を見るのが好きだったりする。手際が良いし楽しそうだから。
 フライパンからいい匂いがしてきた。
 クッキーはほぼ万丈が食べてしまったのに、においに誘われ胃袋が切ない音を立てた。
「ふふ、もう少しだから」
 その音は一ノ瀬にまで届いていたようだ。
「お恥ずかしい限りで」
 お腹をさすりながら照れ笑いを浮かべる。
「いや。よし、出来上がった」
 棚からどんぶりが二つ。
「丼ものですか!」
「そうだ」
 なに丼だろうと期待が膨らむ。
「お待ちどうさま」
 定食盆の上にどんぶり、漬物、お味噌汁がのっている。
 それが二つ並べられ、隣に一ノ瀬が座った。
「開けてみてくれ」
「はい」
 ふたを開けるとふわりと湯気が立ち、そしていいにおいが広がった。
「鶏肉の照り焼きどんぶり!」
「鳥のお皿を貰ったから、鳥料理の気分になってしまってな。だが、あのお皿に盛ったら食べにくいと思ってどんぶりにした」
 お皿を気に入ってくれたこと、それを使わなかった理由が可愛いことに胸がときめく。
 今日はすぐにこうなってしまう。拳を握りしめて太ももをたたく。
「どうしたっ、味が濃かったか?」
 思わずしてしまったことに驚かせてしまった。
「いえ、違います。うますぎて感動してたんです」
 とっさにそう口にする。美味いのは事実なので嘘はついていない。
「そうか。よかった」
 ホッとしたようで、口元がほころんだ。
「はぁ、マジでやばい」
「大げさだなぁ」
 一ノ瀬は料理のことだと思っているようで素直に嬉しそうな表情を浮かべるが、万丈がヤバいと思っているのは気持ちの方だ。
 かなり好意を持っている。それは恋をしたときに感じるような、些細な喜びであったり、見せる表情が可愛いと胸がときめく、そんなものだ。
 知れば知るほどこんなにかわいらしい人はいないと思う。怖いと思っていた表情も家では柔らかい。
「万丈?」
 箸を持った手が止まったままで、ゆっくりと一ノ瀬の方へと顔を向ける。
「いえ、美味いなって」
「何度も言ってくれなくていいぞ。あ、でも嬉しいからな」
 照れ笑いを浮かべ、綺麗な仕草で食事をする。
 途端、今までに感じたことのないくらい大きく胸の鼓動が飛び跳ねた。
 驚いてそれを咄嗟に手で抑え込むと、落ち着けと水を一気に飲み干した。
「ん?」
「がっつきすぎて喉につっかえちゃいました」
 確信してしまった。これはもう止められないものだ。
「大丈夫か!」
「はい。お水をもう一杯いただけますか?」
「わかった」
 冷蔵庫へと向かう一ノ瀬を見てホッと息を吐く。
「水だ」
 手渡されてそれを受け取るときに指先が当たる。
 それだけでじわっとその部分が熱く感じた。
 もう一度、水を飲み干す。だが、熱は全然収まらない。
「もっと飲むか?」
「いえ。大丈夫です」
 自分にだけ見せてくれる表情。あがる熱は水を飲んだところで抑えきれない。
 万丈が異性を見るような目で一ノ瀬を見ていると知ったらどう思うだろうか。
 恋愛には疎そうだし恋愛対象は女性のような気がする。
 もし、告白をしたら真面目な顔をして「きっとそれは勘違いだろう」と言われかねない。
 一ノ瀬はあたりまえのことを口にしただけ。だが、万丈はその言葉を聞いたらたえられる自信がないから。
 ただの上司と部下という関係に戻ってしまうだろう。
 この想いは決して口にしてはいけない。この先も色んな一ノ瀬を見るために、友達以上に想う気持ちは胸の奥底に閉じ込めておこう。