小さな食堂

友達になる

 どうしたら諦めてくれるか。ダメもとで聞いた言葉は、無理ですと即返された。
「これでは堂々巡りだよ」
 互いに相手の言葉を受け入れることができないのだから。
「そうですね。ではどうでしょうか。友達からはじめるというのは」
 恋人よりもハードルは低くなるがそれは利久に期待をさせることになるだろう。なんせあきらめるつもりがないのだから。
「おじさんとお友達になってもつまらないだろう?」
 若者が楽しむような場所へ行くのはごめんだ。休日は趣味の釣りに行くか部屋でまったりとしていたい。
 無料通話・メールアプリを使用して連絡を取り合うのも面倒でしたくない。頻繁に連絡がくるのも嫌だ。
「一緒にいたいんです」
 真っすぐとこちらをみて答える利久がまぶしく、河北は目を細めた。
 それならつまらない男だと飽きてもらえばいいのかもしれない。
「そうだねぇ、恋人は無理だけどお友達ならいいか」
 そう河北がいうと利久は嬉しそうに笑顔を見せた。なんだか幻の犬耳と尻尾が見えてくるようだ。
「言っておくけれど、若い子たちがするようなことは一切なしで」
「はいっ! ありがとうございます」
 両手を握りしめた。
「わわ、利久君」
 やめてほしくて手を引っ張るが、
「お友達の範囲なら、触れてもいいですよね?」
 と強く握られた。
「うっ、あくまでお友達の範囲までだよ」
 父親と息子くらい歳が離れているのに手を握るくらいで目くじらをたてるのも狭量かと考え直す。
「ありがとうございます」
 しかも嬉しそうな顔をされたら余計にだ。
「連絡先の交換をしても?」
「いいよ。ただしメールとか送ってきても返さないからね」
「はい。用事があるときは電話します。声を聴きながらの方が俺も嬉しいですし」
 まめに連絡をしてくるなというつもりだったのに。ポジティブな考え方をしている。
 連絡先を交換して家へと帰るが、さてどうしたものかと連絡先をにらみつけた。
「とうとう連絡先交換したんだ。利久のやつ喜んでいるだろうな」
 後ろから声を掛けられて慌ててスマートフォンをふせて置く。
 風呂からあがった英知が髪をタオルで拭きながら画面を覗き込もうとしていたのだ。
「ちょっと家族だからって覗かないでよ」
「オヤジだって覗くじゃん」
 最近、彼女ができたらしく楽しそうにしている英知を見たら相手が気になっただけだ。
「そうだけど……て知ってたの!」
 口ぶりからして利久が河北のことを好きだということを知っているようだ。
「なんとなく気が付いていたけど、好きだと言われたのは高二の頃。俺の父親だからさ、なかなか言い出せなかったんだって」
 その頃から知っていたのは。知らぬは自分だけ。
「うわぁ、息子まで知っていたなんて」
 英知が笑いながら肩を叩く。
「英知はさ、利久君が僕のことを好きだと聞いてどうとも思わなかったの?」
「だって利久の気持ちは利久のものだし、オヤジのどこがいいのかはわからないけどな」
 そういうと部屋へと戻っていく。
 同性だからと気持ち悪がって嫌うことをしない面は褒めてやりたいが面白がっているような気がしなくもない。
「はぁ。南といい英知といい知っていて黙っているんだから」
 まぁ、話を聞いてしまったら利久と距離をとっていたかもしれない。男同士が駄目な訳ではなく息子のようだから普通の幸せを願ってしまうのは仕方がないことだと思う。
 だが本当の親は利久の恋愛を認めて応援している。
 自分だって英知が男性と付き合っていると知ったら、彼が決めた相手なのだからと応援していただろう。
 やはり相手が自分だからという面が引っかかっているのかもしれない。この歳で恋愛をするつもりなどないからだ。
 沖のところで酒を飲み夕食をとる。そして家に帰りテレビを見て寝る。その生活でいいと思っているから。
 新しいことをはじめるには気を使うし体力だっている。わざわざ疲れることをする必要があるのだろうか。
「お友達になったのはまずかったかな」
 また堂々巡りしている。
「はぁ、寝よ」
 考えるのをやめてスマートフォンを手に部屋へと向かうとバイブ音がメールの着信を知らせた。
 返事はしないといったのに。相手を見てげんなりとする。
<お友達になれて嬉しかったです。また明日、沖さんのお店で会えるのを楽しみにしています。おやすみなさい>
 という文章と添付画像。南が指でハートを作りその隣に利久が笑顔で写っていた。
「なんだよこれ」
 完全に楽しんでいる母親を止めないんだと恨むように画面を指で軽く叩いた。