小さな食堂

お泊り

 気持ちに気が付いてからというもの、料理の仕込み中に、郷田に何を作ろうか、どんな料理をだしたら喜んでくれるだろうとか、そんなことばかり考えている。
 だが、その相手も忙しいらしく、一週間以上も顔を見ていない。
 忙しいときに連絡をするのはかえって迷惑かと、メールをするのを我慢していたのだが気持ちが限界だ。
 返事は欲しいが期待してはいけない。そう思いながら送信すると、数分後に郷田からのメールが届く。
<沖さんの作った飯が食いたいです>
 そういってくれたのがうれしく、胸がきゅっと締め付けられる。
「俺だって、食べさせてあげたいよ」
 テーブルに作った料理を沢山並べ、それを夢中で料理を頬張る姿を見たい。
<何時になってもいいから、ご飯食べにおいで>
 そう返せば、
<ご迷惑でなければ、今から行ってもいいですか?>
 との返事に、胸の鼓動が跳ね上がる。
 今から郷田に会える。まさかの展開に吹きこぼれる喜びをかくしきれない。
 家でよかった。店だったら誰かにつっこまれていたかもしれない。
<いいよ。待ってる>
 そうメールを打って送信し、沖は食事の準備を始める。
 そうこうしているうちに、チャイムが鳴り玄関へと向かう。
「いらっしゃい」
 顔色がさえない。随分と疲れがたまっているようだ。
「班長が今日は帰れと言ってくれまして」
 明日も早くから仕事にでるのだという。
「なら、このままうちに泊まっていく? 朝も食べていって」
 折角帰れたのだから部屋でゆっくりしたいだろう。だが、そういう時だからこそ、朝ご飯をしっかりと食べさせてあげたい。お節介だと思われてもしてあげたかった。
「とても魅力的なお誘いですが、そこまで甘えるわけには……」
 遠慮して断ろうとする郷田に、食いぎみに言葉を放つ。
「俺さ、郷田君が心配なんだ。だから、ね」
「沖さん」
 困惑している。流石にこれは迷惑だろう。
「ごめん。家でゆっくりと休みたいよね」
「いえ、迷惑でなければお言葉に甘えさせてもらいます」
 気を使わせた。これではただの自己満足だ。
 だが、それでも、引き止められたことが嬉しく思ってしまう。
「沖さん、俺に何かやれることがあったら遠慮なく言ってください。何か返したいです」
「返してもらってるよ。冷凍室のモノは減って嬉しいし、食べる姿で癒されてるし」
 気にすることはないと背中を叩く。だが、納得いかない様子だ。
「しかし、それでは」
「そういうのってさ、人それぞれ違うでしょ? 郷田君はお礼を返せてないって思っているんだろうけどさ、俺にとってはそれで十分」
 だからいいんだよ、と、彼に顔を近づけて微笑めば、
「わかりました」
 もう、いいませんというような表情を沖へ向けた。
「さ、座って待っていて。今、ご飯用意するからね」
 台所へと向かいお盆に食事をのせ、郷田の前へと置く。
「ずっと食べたいと思ってました」
 表情は変わらなくとも楽しみにしていたという雰囲気は伝わってくる。それが嬉しくて口元が綻んだ。
「嬉しいことを言ってくれるよね。さ、召し上がれ」
 いつものように手を合わせて「頂きます」と口にすると箸を動かしはじめた。

 それにしても、何度見てもよい食べっぷりだ。
 遅い時間なので軽めにしたのだが、もしかしたら足りないかもしれない。
「まだおかずあるけど、食べる?」
「はい」
「わかった。ご飯もよそってくるよ」
 空になった茶碗を受けとり、同じ量を盛る。
 足りない時の為ように作っておいたおかずも取り出して温めなおす。
「はい、どうぞ」
 それもみるみるうちに郷田の胃袋の中へと納まり、ごちそうさまでしたと箸をおいた。
「お粗末様。今日もいい食べっぷりでした」
 と笑えば、郷田が珍しく照れた表情を見せた。
「なんか、そういう表情するの珍しい」
「沖さんに言って貰えるの、何日ぶりかなと思いまして」
「そうだね」
 そんな遣り取りがきゅんとする。
 照れくさくなってきて、沖は片づけを始める。
「あ、俺が」
「いいから。あ、そうだ。お風呂、どうする?」
「朝、うちに帰ってからシャワーを浴びます」
「わかった。じゃぁ、今、布団敷くから。あ、郷田君の着るもの……」
 流石に自分の服ではサイズが合わなくてキツイだろう。
「あ、下着のまま寝ます」
「ごめんね。泊まっていってと言ったのは俺なのに」
「気にしないでください」
 スーツとワイシャツを脱ぎ、それをハンガーに掛ける。
 シャツとパンツという姿になった郷田の逞しい腕と太ももに目がいってしまう。
 しかもピッタリとしたシャツから腹筋が浮き出ていて、触りたくなってしまい慌てて布団を敷く。
 友達と隣り合わせの布団で寝るのは高校生以来かもしれない。
「学生の頃に戻ったみたいです」
「俺も友達の家に泊まりに行ってさ、眠くなる限界までゲームしたり話をしたりしてたっけ」
「仕事が忙しかったり、相手に家族が出来たりで今は全然です」
「そうなっちゃうよ」
 話が途切れて沈黙が流れる。
 すぐ傍に郷田がいるということが沖を身体を高揚させた。きっと今からいう言葉は引かれるかもしれない。だが、気持ちが抑えきれない。
「ねぇ、こんなに仕事が忙しくて、溜まってない?」
 手を伸ばしてパンツの上から膨らみへと触れると、ビクッと郷田の背が揺れた。
「疲れてるだけですから」
 触れられたことに嫌がるのではなく照れている。沖はごくっと唾を飲み込むと身体を郷田のほうへと寄せた。
「でも、辛いでしょう。抜いてあげようか?」
「沖さん」
 さすがにやりすぎたかと思ったが、拒否する素振りもなく、それならもう一押しと攻める。
「俺じゃ、郷田君のことを癒せないかな」
「沖さんっ!」
 手を掴まれて引き離される。
 拒否されてしまった。もしや、沖がやめてくれるのを待っていたのだが、続けようとしていたので止めたのだろう。
 やらかしてしまった。なんて馬鹿なんだろうか。きっと郷田は何もなかったことにしてくれようとしていたんだ。
 それなのに優しさを台無しにした。
「……ごめん、女の子の方がいいよね」
 いきなり、しかも同性にそんなことを言われても気持ちが悪いだけだろう。震える手を引っ込めて布団から起き上がる。
「別の所で寝るから」
 布団をそのままに別の部屋へと向かおうとするが、郷田に待って下さいと引き止められる。
「あの、平気なんですか?」
 男のを、と、困惑した顔で見上げてくる郷田に、沖は片足をつき彼の頬へと触れた。
「平気だよ。俺、性別ってあまり気にしないから」
 バイなんだよねと、そう素直に告げれば、流石に驚いたようで目を見開く。
「そう、なんですか」
「うん。だから誘っちゃったけれど、郷田君は俺とは違うものね」
 沖は正座をするともう一度ごめんと口にし頭を下げた。
「あの、違うんです。俺はあまりそういう経験がないので、驚いただけで」
 郷田は恋より仕事が優先らしく、恋人ができても長く続かなかったそうだ。
「それじゃ、これ、ひとりで処理していたの?」
「はい」
 そんな話を聞いてしまったら、ひとりよりふたりでする良さを感じてほしくなり、
「やっぱり俺に抜かせて」
 もう一度だけ聞いてみる。それでもダメならしつこくしないと自分に言い聞かせた。
 なんと返事がくるかドキドキしながら待つと、
「沖さんがよろしのであれば、お願いします」
 と郷田が頭を下げた。
「うん」
 断られなくてよかった。
 郷田の下着をおろせば、おおきなものが天をむいている。体格と同じ、ここも裏切らない。
 なんとも雄々しいそれを手で包み込んで、
「いただきます」
 躊躇なく口で咥えた。
「え、沖さん、待ってっ」
 頬を両手で挟まれて引き上げられて、口から抜けてしまった。
「あっ」
「手で、するんじゃ……」
 珍しい。目元を赤く染めて狼狽える姿に、可愛いなと思いつつ、
「ん、口の方が、気持ちいいよ?」
 とそれへと舌を這わせた。