生涯の伴侶

求婚する男

 とうの昔に盗賊としての彼に心を盗まれていた。だが、最後の枷が外れなかったのは、彼が手配書になるほどの盗賊だったからだ。
 好きだと告げられた日から、ずっと考えていた。彼を手に入れる為に自分は何もしなくていいわけがない。
 もし、違う人生を生きると言ってくれるのならば、漢栄に行き共に働くのもいい。
 そんな思いを膨らませるが、すぐにそれは萎んていく。
 盗賊しか知らない彼が素直にやめる事が出来るのだろうかという不安。もしも自分の手を取ってもらえなかったら、これから先、生きていけるだろうか。そんな事を考える程、周は博文を好いている。
 リカルドに呼ばれ、そこに博文の姿があるのを見て、何故ここにいるのだろうと嫌な思いが頭をよぎる。
「……何故、貴方が?」
 この予感は当たらないでほしい。うるさく鳴り続ける胸の鼓動を押さえるように掌を置く。
「お前が騎士を辞めずに済む方法はこれしかねぇってな」
 あぁ、やはりそうだった。
 騎士をやめるという自分を引き止めて欲しいとリカルドに頼んだのだろう。
 がくがくと脚力が震えて今にも崩れてしまいそうだ。
「私はっ、貴方が盗賊をやめるのなら、騎士をやめて貴方と共に生きてもいいと、そう言いました」
「あぁ。それがすげぇ嬉しかったから、さ」
 無理だ。
 素直になった後に、気持ちに嘘はつけない。
「嫌です。私は貴方と生きていくって決めたんですから」
 怒りと悲しさから、目頭が熱くなり涙がこぼれ落ちる。
「やべぇ、可愛すぎだろ、あれ。なぁ、キスしてもいい?」
「馬鹿者。後にしろ」
「えぇ、じゃぁ、ハグ」
「駄目だ」
 マイペースな二人に、周も何となくおかしいと気がつきはじめる。
「えっと、リカルド様、博文……?」
「あぁ、すまんな。実はこれを私の直属の部下として雇うことになってな」
 諜報として囮や潜入捜査をするそうだ。
「それでだな、盗賊の朴博文という男は今日かぎりで死ぬことになった」
 箱の上に置かれた巻物を手にし、それを広げて手配書の絵にバツをつけて死亡と書いた。
 既にそこには王の捺印が押されており、盗賊として処刑するより、国の為に利用する方が得というリカルドの説得に応じての王の判断があった訳だ。しかもこれは密かなうちに行われた事だそうだ。
「聞いた時は驚いたぜ。まさか俺を部下にするなんてな」
「惜しい人材だろう? 国の為になるならと、王も充分に理解し解ってくださったよ」
「でもまぁ、これならお前が騎士をやめる必要はねぇだろう?」
 頭の中はまだ混乱しているが、彼も周と共に生きる道を考えてくれた結果がこれなのだろう。
「博文」
「あぁ、それでだな。俺の新しい名なんだけどぉ、呂博文にしようかと思ってるんだけどさ」
「呂に?」
 朴博文のままではいられないのは解る。だが、何故、「呂」なのだろう。他にだって名はあるだろうにと思っていれば、
「シュウ、意味が解っているのか?」
 とリカルドに言われて、小首をかしげる。
 暫く考えて、その意味に気が付いてあっと声を上げた。
「まさか」
「そのまさか。俺を伴侶にしてくれ」
 いつの間に用意していたのか、懐から小さな箱を取り出す。
「え、指輪っ」
「盗んだんじゃねぇよ? 華凜のトコで用心棒をやった時に稼いだ金で買った」
「当たり前でしょう。伴侶になってくれという相手に対して盗んだ物など贈る人がいますか」
「そりゃそうだ」
 とニカッと笑い、
「受け取って下さい」
 片膝をついて箱を周へと差し出した。
 それを素直に受け取りたい。だが、驚かされた分、少しだけ意地悪をしてやろう。
「そうですね、これを受け取るには条件があります。父さん達にきちんと挨拶してください。二人の許可を頂けたら俺はそれを受け取ります」
 周の幸せをとやかく言う親ではない。だが、博文に対してはどうだろうか。
 出来ますかと尋ねれば、
「えぇっ! そいつは難儀だぜ」
 と大袈裟に嘆いて見せた。
「俺も傍に居ますから」
 指輪の箱ごと包み込むように手を握りしめる。
「そりゃ心強いな」
 互いに見つめ合い、このまま甘い雰囲気になりそうな所で、
「上手くいくことを祈っているぞ」
 とリカルドの声に周は我に返り、博文は邪魔をするなよなと文句を垂れる。
「博文! リカルド様、申し訳ありませんでした。博文、行くぞ」
 彼の腕を掴んで立たせ、部屋を出るようにその背を押した。
「周、乱暴だなぁ」
「それではリカルド様、失礼いたします」
 背筋を伸ばし足をそろえて頭を下げる。
 隣にはだらしなく立つ博文がおり、脇腹を突き頭を下げるように言う。
「はいよ。それではリカルド様」
 周の真似をして頭を下げる。
 これから部下になるのならそこら辺を仕込んでやらねばならない。
 だが、その前に宗とクレイグへの報告が待つ。

 条件は一つ。彼らと一緒に住む事だった。
「良いのかよ、それで。てっきり勝負を挑まれるのではと覚悟をしていたんだぜ?」
 その博文の言葉に、
「そうすればよかった」
 と真剣にそんな事を口にする。
 流石にそれが条件だとしたら、自分が言った事でも却下してやる。
「良い訳がないでしょう?」
 宗譲りのキツイ目を二人に向ければ、首をすぼめる。
「冗談だ。実は引っ越そうと思っているのだが、部屋が余っているし、家事が出来ん!」
 もともと自分を連れて行く気だったのだろう。二人とも家事が大の苦手なのだから。
「あぁ成程、死活問題ってやつな」
 そういうことだと、クレイグが頷き、
「頼んだぞ、嫁」
 と博文の肩に手を置いた。
「……ん、嫁?」
「呂になるのだろ。ということはお前が嫁だ」
「は、はは、ウソだろ」
 信じられないというような表情を浮かべる博文に、宗は口角を上げる。
「本気だ。家の事は任せたぞ」
「マジか――!!」
 と頭を抱えて叫ぶ。そんな彼にクレイグが頑張れと肩を叩く。
「家の事は任せましたよ」
「周まで、そんなぁ」
「お手伝いしますから、ね、そろそろ俺に頂けませんか?」
 と目の前に手を差し出す。
「あぁ、そうだな」
 ポケットから指輪を取り出して、
「俺の伴侶になってくれ、周」
「はい」
 指輪は鳳凰の尾っぽをモチーフにしたものであった。
 それを薬指にはめてもらい、おめでとうと二人からお祝いの言葉を貰う。
「博文、これは俺からです」
 手渡したのはブレスレットだ。
「麒麟か」
「はい」
 架空の生きものであるが、龍と麒麟と鳳凰は漢栄では幸運を運ぶとされ、愛しい人に贈ったりする。
「これ、用意してくれていたのか?」
「愛しい人が出来た時、渡そうと思って作っておいただけです」
 その割にはサイズがピッタリな事をつっこまれて、本当は博文の腕に合うようにと華凜に協力してもらい作ったのだが、それはけして教えてやらない。
 だが、耳が熱いのは誤魔化しきれなかった。
「クレイグさんのような人が好みだからです。ただ、それだけ……、んっ」
 可愛くない事は言わせないと、口づけでふさがれた。
 しかも軽いやつではない。歯列をなぞり、舌が絡みつく。
「ふぁっ」
 力が抜けそうだ。
 太い腕が腰に回り身体を支えてくれる。
「おい、親の前で口づけとは、嫁の癖にいい度胸だな」
 仁王立ちをする宗が睨みつけている。
 本気の殺気に、流石に口づけはやめたが腰に回った手は離れていない。
「お義母さま、怖いっ」
 身体をくねらせて大袈裟に言う博文に、
「誰がお義母さまだ」
 と腰に回った腕を抓った。
「いてぇっ! やっぱ、怖ぇな、お前の嫁さんは」
「あはは、そうだなぁ」
 二人してそんな話をするものだから、宗の怒りは博文だけでなくクレイグにまで降りかかる。
 逃げ出す二人を追いかける宗。
「五十近い男が、子供の様ですね」
 なんだか微笑ましい。
 これから先、こんな楽しい日々が待っているのかと思うと、なんて幸せな事だろうか。
 くすくすと笑いながら眺めている周に、巻き込むように大柄な男が後ろへと隠れた。

◇…◆…◇

 漢栄生まれの朴博文という盗賊ではなく、ワジャートの呂博文にとして生きる。
 その為に、漢栄では成人の証である髭をそり、長い髪をばっさりと切り落とした。
「さっぱりしたな」
 と自分の顎を撫でながら宗が言う。
 宗は同郷の者だが、出逢った頃から髪は短かったし髭もなかった。
 ワジャートにいても漢栄の男として生きてきた博文にとって、はじめの頃は気に入らなかった。
 だが、クレイグと共にいる姿を見た時、宗はここで生きる覚悟をしているのだと気が付いた。
 それからは二人の関係を見守りつつ、時にからかうようになっていった。
 きっと自分も好きになった者の為に変わっていくのだ。盗賊から足を洗う事が出来たように。
「なんか変な気分だ」
「見た目が変わってもお前はお前だ」
「なんだ、もしかしてこっちの方がカッコいいとか思ってる?」
「はっ、バカな事をいうな。漢栄では髭は成人の証。そして髪を長くして結う。俺はここで生きると決めていたからな」
「クレイグは愛されてんなぁっ」
 その瞬間、背中をおもいきり叩かれた。
「さっさと周の所に行け」
 耳が真っ赤だ。
 いくつになっても恋愛に対して照れる姿は可愛いものだ。
「わかりました、お義母さま」
 からかうようにそう口にすると、懐から物騒なモノを取り出した。
「おいおい、なんでナイフなんて持ってんだよ」
「煩い、大人しく的になれ」
 今にも急所めがけて飛んできそうなので、急いでその場から退散する。
 家の中に入りキッチンへと向かう。
「お、良いにおい」
 夕食の準備中のようで、香ばしい匂いがする。
「おかえりなさい」
 振り返った途端、周が博文の姿に目を瞬かせる。
「え、えぇっ」
「どうよ、似合うか?」
 ポーズを作って見せれば、まじまじと見つめられる。
「スッキリしましたね」
「御婦人方の視線が熱かったねっ」
「もともと渋くて格好良いですものね」
 周に言われるとその言葉は特別なモノへとかわる。
 そのまま身を引き寄せて抱きしめた。
「だめですよ、今は料理の途中……」
「わりぃ、でも、やりてぇ」
 素直にそう口にすれば、困ったなというように眉を八の字に下げる。
「夜まで待てませんか?」
 伴侶となった日から、枷が外れて周を求めてしまう。盛りすぎて、クレイグと宗に若いなと笑われたくらいだ。
「まてねぇ。周も俺に触りてぇだろ」
 周だって、その気になっている。
「博文、部屋で待っていてください。大体仕上がっているので、クレイグさんに頼んでおきます」
「あぁ、はやくきてくれよな」
 甘えるように肩に顔を埋めてぐりぐりと動かせば、
「えぇ」
 クスクスと笑い、短くなった髪をまるで確かめるかのように撫でる。
「本当、貴方はかわりましたね」
 俺は変わらないのにと、顔を上げれば周の顔が曇っている。
「周はそのままでいろ。親ぐらいの歳のおっさんがさ、夢中になって手に入れたいって思ったのは今のお前だ」
 笑え、と、軽く口づけをすれば、唇を綻ばせお返しですと口づけをかえした。