生涯の伴侶

告白

 あの日からフェラルドはどんなに遅くなろうとも、ルージェの待つ家へと帰ってくるようになった。
 出迎えもはじめの頃は緊張をした表情を浮かべていたフェラルドだったが、今では笑顔で応えてくれてくれるようになった。
 そしてソファーへと並んで腰をおろし、ルージェの身体や肌の一部に触れるようになった。
 フェラルドからのスキンシップが嬉しくて、彼が家へと帰らなかった日々が嘘のように幸せだ。
 時々、帰ってくるのを待っているうちにソファーで寝てしまっている事があり、そんな時は自分を起こさぬようにとフェラルドが寝室へと運んでくれるのだ。

 ルージェが起きてから一番にする事はフェラルドの寝室へと向かい起こしてあげる事だ。
「フェラルド」
 ドアをノックするとフェラルドがルージェを呼び、中へと入るとベッドから降りて「おはよう」とルージェの頬に口づけをくれる。
 それは親しい者同士がするただの挨拶なのだが、フェラルドと交わせるという事がルージェには嬉しい行為なのだ。
「おはようございます、フェラルド」
 お返しに今度はルージェから頬への口づけをしフェラルドの着替えを手伝った後、食事を摂る為にダイニング。ルームへと移動する。
 家族が揃う貴重な時間故に、食事をしながら話をする。
 フェラルドと弟のグレオの二人とも王宮騎士だが所属が違うので情報交換をしたり、グレオの子供たちは学園の事や友達の事、義母や義妹が家の事や周りで起きている事を話す。
 ルージェはいつも話を聞く一方で。今日も何も話すことなくこの時間を終えるだろう思っていた。
「ルージェからは何もないか?」
 と尋ねられ、まさか話を振られるとは思わずぐっと喉が詰まる。
「些細な事で良いんだ。何か気が付いた事や不便だなと思う事だって」
 そう促されて、皆が自分を注目している事に緊張してしまい、ありませんと俯く。
 皆が意見を言いあう場の中に、ルージェも入れるようにと気遣ってくれたことだろう。
 その気持ちが伝わってきて、余計に申し訳ない気持ちになってしまう。
「すまない。ルージェを困らせるつもりで言ったのではなく……」
 おろおろとしだすフェラルドに、ブフッと吹き出す声が聞こえてルージェはそちらへと顔を向ければ、グレオが口を押えて笑いを抑えていた。
「これ、グレオ。笑ったらいけませんよ」
 というマリーシャも口元を抑えて笑っていた。
「母上、グレオ……」
 二人を睨みつけるフェラルドだ。
 何故、二人が笑っているのかが解らず、隣に座るグレオの妻であるダリアを見れば。
「ふふ、すっかりルージェに骨抜きですわね、フェラルドったら」
「え?」
「ダリアっ!!」
 おほほ、あははと笑う三人。
「いくぞ、ルージェ」
 手を握りしめられて共にダイニング・ルームを出る。
 フェラルドを見上げれば頬が真っ赤になっていて。
 それを見たルージェはダリアの言葉を思い出し、フェラルドに負けないくらいに顔を赤くする。
 もしもその言葉が本当ならば、そうならどんなに嬉しいことか。

 部屋に入るなり頬を撫でられて腕の中へと閉じ込められる。
「あ……、なんだ、朝から申し訳ない」
 照れながら言うフェラルドに、ルージェも照れた表情を浮かべ。
 互いに見つめ合って微笑んで。
 このまま暖かい腕の中に包まれていたいとルージェも背中に腕を回すが、
「じゃぁ、行ってくる」
 そっと引き離されて頭を撫でられる。
 急に寂しさが襲い泣きそうな顔をしてしまいそうになるが、そこはぐっと堪えて微笑む。
 壁に掛けてある剣をとり腰へと下げるフェラルドに、お気をつけてと頬に口づける。
「あぁ」
 お返しに頬へと口づけを貰い、部屋を出ていくフェラルドを見送った。

◇…◆…◇

 婚姻を結んだばかりのフェラルドは家に帰るのを嫌がり、忙しいと理由をつけて宿舎で寝泊りをしていたのに、今では余程の事がない限り部下に任せて家に帰る。
 そのせいか、部下たちがあのルージェに骨抜きにされたと噂をしている事は知っている。
 だが、実際にその通りなのだからしかたがない。
「隊長、どうしたんです」
 心配そうにフェラルドを見るのは副隊長だ。
「何がだ?」
 何を言いたいのか解るゆえ、わざとそう尋ねる。
「だって、ルージェ様、ですよ?」
 今まで何をされてきたか解っているでしょうという副隊長に、
「あぁ。あの件については皆にも申し訳ない事をしてしまったな」
 伴侶のした事をすまぬと詫びるフェラルドに、副隊長の顔がみるみるうちに青くなる。
 今までのフェラルドなら文句の一つや二つ出てくる所だというのに、よりによって詫びを入れるとは思わなかったのだ。
「隊長、なにが、一体何が!!」
 肩を掴まれて強く揺さぶられる。
 それでもすまぬと繰り返すフェラルドに、副隊長がまるで可哀そうなモノを見る様な目と変わる。
「隊長、俺はもう何もいいません。どうかお幸せに」
 そういうと副隊長は一礼し去っていった。

 周りがなんと言おうがかまわない。それほどに家で待つルージェの元に帰るのが楽しみだった。
「ただいま、ルージェ」
 部屋に入ると、おかえりなさいとソファーから立ち上がりフェラルドを出迎えてくれる。
 そして頬へ挨拶のキスを交わしあうのだが、どうやら寝てしまっているようだ。
 起こさぬようにと傍に近寄ればテーブルの上に本が置かれており、それは料理のレピシとその料理のイラストが描かれた本で、もしも自分の為に料理を作ろうとしていてくれたのだとしたらと思うと喜びで胸が熱くなる。
「ルージェ」
 自分の為に頑張ろうとしてくれるルージェが愛おしくてたまらない。
 前髪をそっと撫でて額に口づけを落とす。それからその身を抱き上げて寝室へと運んでいく。
「楽しみにしているよ」
 とベッドの上に寝かしつけて部屋を出て行った。

 今日は休日でルージェと二人、部屋でのんびりと過ごすことになった。
「フェラルド、お茶にしませんか?」
 この前のリベンジがしたいですと手を握りしめてやる気満々のルージェに、その頭を撫でて頼むと微笑む。
「はい、待っていてくださいね」
 お湯を貰ってきますねと部屋を出ていき、暫くしてお湯の入ったポットを手にして戻る。
 拙い手つきで紅茶の入ったポットとカップをのせたトレイを運ぶルージェ。なんとかテーブルの上にのせ、カップに紅茶をそそぎこむ。
「フェラルド、お砂糖とミルクは?」
 ルージェは昔から紅茶に砂糖とミルクを入れる。
 角砂糖を2つとミルク多め。
 それが彼の好みであり、それを飲むときは可愛い笑顔を見せてくれた。
 今となっては懐かしい。自分がしていたことを今ではルージェがしてくれる。
「俺はこのままで」
 カップを手にし口元に運ぶ。
 それをみて真似するように砂糖もミルクもいれずに紅茶を口にしそれが苦かったようで渋い顔をする。
「はは、無理するなって」
 角砂糖を二つとミルクをカップに注ぎ入れてスプーンで混ぜる。
 それを妙に嬉しそうな表情で眺めているルージェだ。
「フェラルドによくこうして紅茶を入れてもらいましたね」
 紅茶を一口含み、ほんわりと笑顔を作る。
「私の好みの味、覚えていてくれて嬉しい」
 心底嬉しそうな表情を見せるルージェに、フェラルドも素直に笑みを浮かべる。
「貴方の迷惑になると解っていながら、色々と我儘を聞いてもらってました」
「……」
「ごめんなさい。貴方に会いたくて傍に居て欲しくて、色々と用事を言いつけてました」
 我儘をしてしまってごめんなさいと頭を下げる。
 マリーシャが言っていた事はこれか。
 こうしてルージェと伴侶になる前の自分だったら素直に話を聞くことが出来なかっただろう。
 だが、今は。ルージェの気持ちがストンと胸に落ちてくる。
 参ったなと額に手をやれば、怒っているのかと勘違いしたようでルージェの目が潤みだした。
「怒ってますよね、やっぱり」
「違う」
 会いたいと、傍に居て欲しいと思ってしていたのだと知り、可愛いと思ったから。
「そんなに俺の事を想ってくれていた事が嬉しいんだ」
 ルージェを抱きしめてそういうと、その表情がぱぁっと明るいモノへとかわり、それがまた可愛くて、愛おしくて、フェラルドはその唇へ口づけをする。
「んっ」
 大きく見開いた目がフェラルドを見つめ。ぽろりと頬を涙が伝い落ちていく。
 泣かせてしまったとフェラルドは唇を離せば、
「フェラルド、やめないで」
 と細くて長い指がフェラルドの頬を撫で、誘うようにうっすらと唇を開いた。
「ルージェ」
 再び唇を合わせ。開いた唇から舌を割り込ませて歯列をなぞり舌を絡ませる。
「……ふ、あ、ふぇら、るど」
 深く長い口づけに息が上がってしまったか、唇が離れるとルージェはぐったりとフェラルドの胸へと顔を埋めた。
「大丈夫か?」
 背中を擦りながらそう息が整うのを待つフェラルドに、ルージェが大丈夫ですと顔を上げ、
「フェラルド、私は貴方の事をお慕い申しておりました」
 と、愛の告白をする。そして、
「で、ですね。武闘大会の事なのですが……」
 言いにくそうに武闘大会の件も告白された。
 人生を掛けた大勝負。沢山の人を巻き込んで、ルージェは勝利を収めた。
 なんとも無謀。だが、そこまでして婚姻を結びたかったのかと思うとたまらない。
「もしも俺が負けたらとか考えなかったのか?」
「書物庫の奥にある小さな部屋から、フェラルドの訓練する姿を良く見ていましたから」
 負けるなんて思ってませんでしたよとルージェが微笑んだ。
 訓練の様子を見ていた事も、負けると思っていなかった事も、フェラルドを照れさせるのに十分だった。
「ルージェには敵わないな」
 いろんな意味で自分の完敗だ。こんなに想ってくれるルージェが愛おしい。
 フェラルドの心は、完全にルージェに落とされてしまった。

 

 それからの二人はといえば、周りを気にすることなく仲睦ましく、時に見ていられないほどに甘く暮らしたそうな。