我儘王子と騎士隊長
この国の貴族は家柄を更に上げるために王位継承とは無縁である王子や姫と婚姻を結ぼうとする者が城へと多額な寄付や献上品を寄越す。
婚姻を結んだとしても王族へ仲間入りできるわけでもないのに婚姻を結ぶには訳がある。
王族の者が嫁いできたということが家の名声を上げることになり、一目置かれる存在になるというわけだ。
しかもこの国では伴侶制度があり、同性の婚姻も認められている。
美しいと評判の第六王子であるルージェ=カルストロ・アレクストラは後継ぎの男子に求婚されることが多かった。
求婚を申し込んできた者達はルージェに、家の歴史やどれだけの財を所有しているかと自分の家の素晴らしさを聞かせた。
ルージェはその変わり映えのしない自慢話にウンザリしていたし、名声の為に自分を利用しようとする者達など相手にしていたくはなかった。
それにルージェは好きな人がいた。
書物庫の奥にある小さな部屋から南の騎士が鍛錬所が良く見え、特に興味がある訳ではないのだがその日は何気なく彼らの訓練を眺めていた。
丁度、そこでは騎士の隊長であるフェラルドとその部下たちが手合せをしている最中で、彼を囲むように数人の男が剣を構えて立ち一斉に襲い掛かる。
繰り出される剣を剣で上手くうち流し、一人、また一人と剣が弾かれていく。
まるで舞うように美しい剣をくりだす男にルージェはいつの間にかその腕前に見惚れていた。
傍に居て欲しい。
そう思うようになってからはたいした用事がなくとも彼を呼びつけるようになっていた。
「フェラルド、今日中にできるだけ此処に書いてある本を探したい」
と言ってはびっしりと本の名前が書き記されたメモを渡し、あの膨大な書物庫から本を探すのだけでも大変だというのに一日中一緒に居たいがためにそう急いではいない本を探させた。
時にお茶を入れさせたりしたこともあった。フェラルドは自分の好みの味を覚えてくれたことが嬉しかった。
仲間といるときに見せる笑顔はないが、フェラルドが自分の為に何かをしてくれることに幸せを感じていた。
王子とその身を守る騎士。それでしかない関係だがそれでも傍にて話をできるだけで幸せだと思った。
なのにそんな幸せを奪おうとする者達がいた。
ルージェを入れようと貴族の中でも金と権力のある男が大臣たちに圧力をかけ始めたのだ。
そろそろ手に負えなくなりそうになり、このままでは望まない婚姻をさせられそうだったので大衆の面でルージェは武闘大会を開くと宣言をしたのだ。
宣言した言葉をなかったことにさせない為の、ルージェにとって一つの賭けだった。
すぐさま大臣たちにより武闘大会の宣言は撤回されそうになったが、国民の盛り上がりの前に言葉は撤回することが困難になり開催される運びとなった。
一先ずその男と結婚しなくて良くなっただけで、大会の勝者と婚姻を結ばねばならない。結局、行きつく先は同じ道なのだ。
だがこれはチャンスでもあった。
ルージェが密かに慕う相手と婚姻を結べるかもしれないというチャンス。
それをモノにする為にルージェは王太子に頼んだのだ。どうかフェラルドを大会に参加させてくれと。
王宮騎士隊長であり、腕の立つ彼ならば反対はしないだろうから。
王にこの件を押し付けられてどうしようかと困っていた王太子にとっては、それは良い提案に聞こえたのかもしれない。
呆気ないほど簡単に、「そうだな、騎士隊長が参加するのはいいかもしれない」と手をうち、早速話をつけてくるよと言っていた。
王太子の頼みをフェラルドは断ることなどできない。
その立場を利用し参加させようだなんて狡い考えだが、こうでもしなければ彼は大会に参加しないし全力で戦ってはくれないだろうから。
◇…◆…◇
白銀の衣装を纏う王宮騎士は東西南北に宿舎を構えており、東は雷、西は風、南は水、北は炎を紋章とし、色別された腕章をしている。
その中の一人、南の隊長であるフェラルド=リースは王太子の言葉に戸惑いを隠せないでいた。
まさか自分に武闘大会への参加の話がこようとは。
「王太子、何故、自分が?」
「其方は王宮騎士隊長であるしルージェに仕えていて互いに良く知って仲であろう?」
騎士隊長のエントリーに誰も文句が言えぬだろうと、まるでナイスアイデアだとばかりの表情を見せる。
「王太子、私はまだ若輩者です。故にルージェ様を伴侶を決める為の武闘大会に参加することなど恐れ多いことです」
この話はお断りさせて頂きますと畏まれば、
「なんだ、好きな奴でもいるのか?」
と聞かれてぐっと喉が詰まる。今まで友達以上の関係になった女性はおらず、現在恋人募集中の状態だった。
「ルージェは可愛くて賢い子だと言うことを、フェラルドは良く知っているだろう」
王太子のその言葉にフェラルドの表情がかたまる。
確かにルージェは美しい容姿をしているし、外の評判はすこぶる良い。
ただそれは内側のルージェを知らないだけで、南の騎士達は彼がとんでもなく我儘で面倒なことを知っている。
なので武闘大会に南の騎士から参加すると言う者は一人もいなかった。
「頼む! 一人の兄としてルージェが心配なんだ。どこぞかの馬の骨とルージェを婚姻させることはできぬ」
両手を強く掴み何度も頼むと言われ、臣下として断ることなどできるわけがない。
自分にも弟がおり、兄として弟を想う気持ちは痛い程わかる。
「わかりました。武闘大会に参加いたします」
「おお、ありがとうフェラルド」
安心したとばかりにホッと息を吐き胸をなでおろす王太子に、片膝をついて手を胸に当て深くお辞儀をする。
王太子はフェラルドの肩に手を置き、頼んだぞと言うと立ち去っていった。
暫くはお辞儀をしたままのフェラルドだったが、そのまま深いため息をつく。
隊長クラスの者で唯一の独身者である北の騎士隊長は想い人が居るので出場はしないだろうし、王太子が圧力をかけて自分以外の騎士の出場を制限しそうな予感さえする。
「厄介なことになった」
どんなに婚姻を望んでなくとも、彼には勝ち続ける道しか残されていない。
南の騎士隊長として負ける訳にはいかないからだ。
武闘大会の日。
悲しくも天候に恵まれ、武闘大会日和となってしまった。
気が重い。戦う前はため息ばかりついていたが、いざ剣を握りしめれば戦いに集中する。
フェラルドの剣術の腕はかなりのものだ。一方的な試合展開は王宮騎士隊長の強さを見せつけるかのようだった。
どんなに大きな相手にも引くことはなくガンガンと攻めていく姿は観衆を味方につけ。
コロシアムがフェラルドに対する声援に沸き、優勝を勝ち取った時には「おめでとう」という言葉が飛び交った。
優勝の座を勝ち取ったフェラルドはその日に行われた王宮での祝賀会に参加していた。
王から賛辞と感謝の言葉をもらい、感謝の言葉には一瞬疑問に思ったけれどありがたく頂戴する。
心から賛辞をおくる者、そして結果を面白く思わない者からは妬みを含んだ目で見られる。
フェラルドがいらぬ恨みをかう羽目となってしまった原因を作った張本人がグラスを手に傍へとやってきた。
きらきらと輝く淡い色の生地で作ったやわらかくふわりとした衣装が美しいルージェにとても良く似合う。
「おめでとう、フェラルド」
グラス掲げて微笑むルージェに周りからため息が聞こえる。
「ありがとうございますルージェ王子」
手を胸に当ててお辞儀する。
「貴方が武闘大会にエントリーし、優勝を勝ち取ってくださり私はとても嬉しいです」
安心しましたと胸に手を当てて微笑むルージェ。
その言葉にフェラルドは心の中で舌打ちする。
彼ならばいい縁談話がたくさんあっただろう。だが、ルージェの我儘でこうなったのだ。
王や王太子を困らせただけでなく、自分までもが巻き込まれる羽目となったのだから。
祝賀会には各の騎士隊長と南からは副隊長が出席していた。
皆から祝辞を受ける度、胸にもやもやしたものが溜まっていくようだ。
息苦しさを感じてそっとバルコニーへと移動し、一人きりになるとやっと息が付けた。
「主役がこんな所に居ていいんですか?」
そう声を掛けてきたのは副隊長で、今、もっともフェラルドの気持ちを理解してくれている一人である。
「少し休憩していただけだ」
とテラスに両腕を置いて華やかなパーティから背を向ける。
副隊長も同じような恰好をし隣に並ぶ。
「物好きですね」
「言うな。この後のことを考えると嫌になる」
これは本意ではない。そのことは長い付き合いながら騎士の面々はなんとなく理由も悟っていた。
結局は自分たちが良く知った、それも身分もそれなりにある相手の元へと嫁がせたいという理由だろう。
「それにしても……、あの我儘坊ちゃんがやっていけるんでしょうかね」
俺達としては嫁いでくれてありがたいですがと部下の一人が言う。
「無理だろう。今までのような暮らしはさせてはやれぬからな」
フェラルドは長男でありリース家を継ぐ身。その伴侶であるルーシェはフェラルドのかわりに家を守らねばならない。
その為に覚えなければいけない事柄は多く、今まで様に我儘など言ってはいられない。
きっと慣れない暮らしに音を上げてすぐに離縁を申し渡されよう。
だが、フェラルドの予想に反してルージェからは離縁の申し立てをされること無く日々は過ぎていった。