Short Story

待ち人来る

 とうとう隆也が帰国する。
 桜と一緒に空港へと行き、到着ロビーで帰国を待つ。
 そこには待ち合わせをする目印となるように番号の書かれた大きな時計台があり、二人は1と書かれている時計台の近くにいて、もうすぐ隆也の乗った飛行機が到着する。心臓が張り裂けそうなほど高鳴っている。
 思い出の中では、隆也は大人になりかけの少年であったが、今はどんな姿になっているのだろう。
 亮汰のことを見て誰だろうという顔をしないだろうか、そんなことを考えると顔が強張ってしまう。
 何十年かぶりに会うのに不機嫌な顔を見せたくはない。強張りをほどくように頬を叩く。
「あら、やだ、亮汰ってば緊張しているの?」
 落ち着きがないことに気が付いたか、桜が亮汰の肩を軽く叩いた。
「フランスに行ったのって俺が中学の時だぞ。お互いに歳をとったしさ」
「あら、亮汰は今も可愛いわよ。ほらスマイル~」
 と口の両端を指で持ち上げられた。
「桜ちゃん」
 完全に遊ばれている。むくれる亮汰に、桜は笑いながらごめんといい、
「ほら、亮汰、そろそろくるよ」
 到着ロビーでは、帰りを待つ者達が目当ての人を見つけて声を掛けている。
「隆也」
 桜が声を掛けた相手、亮汰の目の前にすらりと長身の男前が立っていた。
 久しぶりに会う従兄は、大人になりかけの少年だった頃から良い年の取り方をしていた。
 大人の男が醸し出す色気があり、人を惹きつける魅力がある。これでは女性が離してはくれないだろう。修業以外でも楽しんでいたに違いない。
「迎えに来てくれたんだ。ありがとう」
 しかも久しぶりに聞く声は、低い耳ざわりの良いものであった。
「亮汰、久しぶり」
 亮汰を抱きしめて左右の頬にキスをする。
 隆也の姿に惚けていた。ゆえに反応が少し遅れてしまった。
「おいっ」
 声をあげたときには、桜に同じことをしていて、亮汰の声にどうしたのというように首を傾げた。
「ここは日本だ」
 向こうでは挨拶でこういうことをするかもしれないが、大抵の日本人はこういうのには慣れていない。
「あぁ、そうか。ごめん」
 目を軽く見開き、納得したように頷く。
 隆也にとっては挨拶でしかない。自然としてしまうのだろうが、亮汰のように慣れていない人にとっては驚きでしかない。
「それにしても大きくなったなぁ」
 としみじみと言うものだから、
「あたりまえだ。何年たったと思っているんだ」
 と刺々しく言葉を返してしまった。
「そうだったね」
 隆也の中では、中学生で成長が止まっているのだろう。あれから目つが悪くなったし素直さもなくなった。可愛げなどすっかりなくなってしまったのだ。
「このまま帰ってこないかと思った」
「いやぁ、向こうに居るのが楽しくてね。女性も魅力的だったよ」
 やはりそうか。亮汰自身もそう思っていたというのになんだか面白くない気持ちとなる。
「へぇ、楽しそうだな」
 料理の修行だけでなく、色んな意味で楽しめたようだなと、少々、軽蔑してしまう。
「ほーんと。楽しそうだこと」
 と桜にまで言われて隆也は苦笑いを浮かべた。
「それよりも、亮汰、結婚おめでとう」
 と抱きしめられて背中を叩かれる。
 本当に喜んでくれている。互いに大人になった。しかも長い間、会わないでいたというのに、今も弟のように思ってくれているのだろう。その気持ちは嬉しいが、亮汰には複雑でもあった。
「どうも」
「もう結婚する歳なんだな」
 としみじみという。
「隆也こそ、とうに子供の一人や二人いるかと思ったのにねぇ」
 桜の言葉に、
「うわ、いわれると思った」
 と苦笑いを浮かべた。
 実際にどうなんだと隆也をみれば、その意図に気が付いたか、
「まだいないよ」
 そう言葉が返る。
 内心ホッとした。共に過ごせなかった時間を少しでも取り戻せたらと思っていたからだ。もしも隆也の隣に妻や子供がいたとしたら、離れていた時間を取り戻すことができなくなりそうだ。
「俺は当分いいや。桜ちゃんの子供たちと、亮汰の子供ができたら溺愛するから」
 カバンを叩き、たくさんお土産を用意したというアピールをする。
「あら、じゃぁ子供たちに言っとかないと」
 たかるわよと笑顔を見せる桜に、隆也はお手柔らかにと苦笑いだ。
「ふっ」
 昔から仲の良い姉弟だった。またこうして一緒の時間を過ごせるのが嬉しかった。

 空港から車を走らせること二時間くらい。ようやく地元まで戻ってきた。
 亮汰の住むマンションがあるのは、大通りから曲がり、市道へと入る。
 そこには昔、薄暗く不気味な森があった。小学生の頃、そこで白い影を見たとか、宇宙人が居たとか、そんな噂があった。
 夏に肝試しをしようということになり、夕暮れ時にその森に行ったが怖くて途中で逃げてしまった、そんな思い出がある。 それが今では開けてマンションが建ち並ぶ。
「ここってね、小学生の頃にオバケがでるって噂のあった森があった場所よ」
「あぁ、あのオバケの森か」
 懐かしいなと隆也が笑う。やはり、夏に肝試しにいったんだと言って笑った。
「あれ、実家ってここの道を通るんだっけ?」
「行けば解るわ」
 と言うと、車はあるマンションの地下駐車場へと入っていく。
「え、マンション?」
 引っ越しをしたのかと口にするが、
「ふふ」
 含み笑いをして質問に答えぬまま、マンションの地下駐車場へと入って行く。
 車を止めて外へと出ると、ついて来てと桜が先に歩いていく。エレベーターで五階へ昇り、一番奥の部屋へと向かい鍵を開けた。
「さ、入って」
 とドアを開け、隆也はスーツケースを玄関に置いたまま上へとあがる。
 一番奥にリビングダイニングキッチン。シンプルな部屋はどうみても女性というより男性が好むような内装だ。
「ここって……」
 隆也が何かに気が付いたようで、ゆっくりと亮汰の方へと顔を向ける。
「当たり」
 そう、ここは亮汰の住まいだ。
「実家はね、私の家族が一緒に住んでるのよ。だから隆也の部屋がないの」
 桜の旦那は婿養子で、二人の間に三人の子供がいる。元々、親とは一緒に住むつもりだったとかで、どうせならと家を建て替えて広くした。
 建て替えが終わった後、亮汰の家族が招待され、その時に部屋は全部見て回った。
「家のことは全て桜ちゃんにまかせっきりだったし、そのことに関しては俺は何もいわないよ。そういうことなら、当分の間はホテルに住むよ」
 流石に亮汰に悪いというが、
「俺から言い出したんだ」
「え、亮汰が?」
 流石に本人を目の前にして断りにくいと思ったか、額に手をやりため息をついた。
「そうよ。隆也が居た頃と変わってしまったから、不便がないようにってね」
「そうなんだ」
 どこか困ったような、そんな表情。もしかして有難迷惑というやつだろうか。
「あのさ、隆也さんが一人がいいっていうなら……」
「いや、折角の申し出だもの。お世話になるよ」
 亮汰の言葉をきるようにキッパリという。
「そうしなさいな。私もその方が安心だもの」
「はは、俺は子供かよ」
 母親みたいだと桜にいうと、こんな大きな子供はいないと隆也の背中を叩いた。
「いてっ。桜ちゃんの馬鹿力」
「うるさい。亮汰ぁ、ごめんね。こんなおっきい子供の面倒を押し付けて」
「いいよ。桜ちゃんにはお世話になっているし」
 隆也がいなくなってから桜は亮汰のことをよく気にかけてくれた。それでどれだけすくわれたことか。だから桜の頼みは断れない。
「ちょっと、二人とも」
 流石に情けない顔で隆也が見ている。桜は亮汰と顔を合わせて笑い、
「ふふ。じゃぁ、私は帰るから」
 と隆也の肩を叩いた。
「うん。桜ちゃん、ありがとうね。明日、実家に行くから」
「わかった。お母さんに言っておくわ」
 玄関まで桜を見送り、手を振って別れると二人はリビングへと向かった。