Short Story

Monopoliser

 長谷がインターホンを鳴らすと直ぐに龍之介が応対する。押した相手が関町であったら嫌味の一つは吐かれていた事だろう。
 玄関のドアを開けた瞬間、龍之介と視線が合う。その表情は瞬時にして嫌なモノを見たとばかりに曇る。
「関町がなんでいるんだよ。ていうか、長谷さんといつの間に仲良くなった」
「今日、お店にいらして」
「姉から聞いている」
 何をしたんだと、まるで責めるように見ている。まぁ、実際にやらかしてしまったのでその目に気が付かないふりをするが、
「実は、嫉妬されちゃってね」 
 店での出来事を、あっさりとばらしてしまう。
「あ、長谷さん」
 それは言わないでほしかった。龍之介が眉間にしわを寄せる。
「あれは挨拶だっていっただろ」
 耳をつかまれ、上れと引っ張られた。
「痛いです」
 手は離してもらえたが、冷たい目つきのままだ。
「長谷さんもおあがり下さい」
 しかも長谷に対しては笑顔を浮かべるのだから、その対応の違い差に泣きそうだ。
「おじゃまします」
 長谷にまるで同情をするかのように軽く背中を叩かれた。
 リビングに入るとテーブルの上にはワインクーラーと食器が二人分用意されている。
 もともと、関町は龍之介にとって招かれざる客だ。
「長谷さん、こちらにどうぞ。関町はここに座れ」
 と本当は龍之介が座ろうとしていた場所を指さす。
「あ、はい」
「龍之介、これ約束の」
 ワインを手渡すと袋から出す。
「ヴァン・ルージュ(赤ワイン)」
 ワインクーラーが空だったのはそういう理由。持っていくと二人の間で約束していたのだろう。知らない遣り取りもだが、ワインの事は詳しくないので余計に胸がもやもやとする。しかも、龍之介がそれを気に入った事だけはわかった。
「あ、これは店で出す予定にしているヴァン・ルージュでね。龍之介にあげる約束をしていたんだ」
 落ち込んでいたのに気が付いたのだろうか。フォローするようにそう言ってくれる。
「そうなんですね。龍之介さん、嬉しそうだったからすごいワインなのかなって」
「関町君、あまり詳しくないんでしょ?」
「はい」
「今度、二人きりで教えてあげるよ」
 と手を掴んで撫でられた。
 優しい人だ。恋敵だというのに、つい甘えたくなる。
「何しているんです?」
 料理を手に、呆れた顔をして龍之介がこちらを見ている。未だ繋いだままの手を慌てて離した。
「そういえば、さっきの、アレって何?」
 一瞬、何の話だと顔を見合わせ、玄関で話していたアレだと長谷がいう。
「あぁ、ビズの事ですよ」
 龍之介が軽く睨む。
「だからか。可愛いねぇ、関町君って」
「え?」
 聞き間違いかと思い目を瞬かせる。だが、長谷は、
「俺ね、甘やかして面倒を見てあげたいんだ」
 とたたみかける。
「何を言っているんですか、長谷さん」
 何故、自分なのか。まだ出会ったばかりだというのに。
「龍之介はさ、すぐに俺を必要としなくなっちゃったから」
「俺は……」
 龍之介がその言葉に表情を曇らせる。やはり長谷に惹かれていたんだ。
 胸が痛み出す。
「関町君、俺はとことん甘やかしてあげるよ」
「でも、俺は龍之介さんが」
「じゃぁ、龍之介は関町君をどう想っているの?」
 龍之介の肩が震え、ゆっくりとこちらへと向き目が合うが、直ぐにそらされてしまった。
「別に。鬱陶しいだけ」
 それはいつもと同じ。
 どんなにつれなくされようとも、関町はあきらめるつもりはない。
「だって。見込みがないようだからあきらめなよ」
 どうして長谷に言われなければならないのか。それに対して胸が騒ぎだす。
 黙っていてと長谷を睨み、龍之介の本心を教えて欲しいという思いを込めて口にする。
「本当に、見込みはないんですか?」
 関町が見ていても龍之介は目を合わせてくれないし、こたてもくれな。それが返事と言いたいのだろう。
「……そうですか」
 どんなに気持ちを伝えても、心は届かなかったという事か。
「すみません、俺、帰ります」
 気が滅入る。今は龍之介の傍にいる事が辛くてたまらない。
「関町っ」
 龍之介が呼ぶ声が聞こえたが、足は止まることなく、部屋から逃げるように出て行った。

 失恋とはこんなに辛く悲しいものだったんだ。
 今まで味わった事のない喪失感。このまま消えてしまいたいくらいだ。
 強く握りしめた拳は爪がくいこんでじくじくとするが、心の痛みに比べたら大した事は無かった。

◇…◆…◇

 関町が部屋を出ていく。
 途中から変な空気になりはじめ、修復できぬまま、悪い結果となる。
 龍之介がつれない態度をとるのはいつものことだ。それでも関町はあきらめる事無く絡んでくる、そういう男じゃなかったのか。
「あ……、飲みましょうか」
 ソムリエナイフをとり、ボトルネックの下の当たりに刃をあてるが、長谷の手が重なりそれを止める。
「龍之介はさ、俺と同じようなタイプなんだよ」
 急に何を言い出すのか。ふ、と彼を見れば、
「だって、君はすぐに俺の手を必要としなくなったもの。自分でなんでもしちゃうでしょ」
 そう話を続ける。
「それは、貴方に迷惑をかけたくなくて」
「それ所か、俺に何かしてあげたいって思ってたでしょ、あの頃は」
 そうだ。されるばかりじゃ嫌だった。必要とされていない気がして。
「俺だって必要とされたかったんです」
「そうだよね。俺もそう思っていたから」
 それが重たいとフラれる理由にもなっているんだけどねと、長谷は笑う。
「長谷さん、何が言いたいんですか」
「自覚していないよね……。まぁ、いいや。関町君の事、あまり冷たくすると俺がとっちゃうよ」
 きっと長谷はうまくやる。優しくて包容力のある男だ。
 自分だって憧れた。関町だって、長谷の良さを知ったらすぐに懐くだろう。
 男としても龍之介よりも格段に上なのだから。
 胸がモヤモヤとし、それに耐えるように胸のあたりを掴んだ。
「でもあいつは、俺の事が好きなんですよ?」
 勝っているのはそれだけ、そう思った途端に我に返り長谷を見る。
 楽しそうな表情を浮かべていて、一気に顔が熱くなった。
 何を言っているんだろうか自分は。これではまるで長谷に渡したくないと言っているようなものだ。
「素直になりなよ。関町君を傷つけて、君はそれに気が付いて真っ青になってたよ」
「そんなことはありません」
「しかも『俺の事が好きなんですよ』だって? 君は意外と独占欲が強いんだね」
 長谷に諦めろと言っているようなものだ。
「長谷さん、あんまり俺の事を苛めないでください」
 耐え切れず顔を両手で隠す。
「ふふ、俺にとって龍之介は可愛い弟だもの」
「俺、用事ができたので長谷さん、帰ってくれますか」
 もう、こうなったら開き直るしかない。
 そして、もやもやとする想いを関町にぶつけてスッキリしたい。
「うわぁ、冷たいのね。泊まって行って下さいじゃないの」
「あいつが妬くので」
「うわ、開き直ったよ。わかりました、かえりますー」
 結局、手つかずの料理とワインは関町と二人でどうぞと言われてしまった。
「……貴方は関町の事を本気で?」
「さて、どうだろうね」
 それは笑顔ではぐらかされてしまった。

 長谷をタクシーに乗せ、関町の住むマンションへと向かう。
 インターホンを押すが反応がなく、向かう途中で何度か連絡をしているのだが出てくれない。
「はぁ、何処へ行ったんだよ」
 部屋のドアの前に座り込む。
「関町、早く戻ってこい」
 ぎゅっと手を握りしめ彼の帰りを待ち続ける。そういえばいつも待たせてばかりだった。店が終わる間、関町はどんな気持ちで待っていたのだろう。それなのにつれない態度をとり、相手にしなかった。
 そんな男なのに、めげる事無く想い続けてくれた。
 それなのに、自分はどうだ。素直になれなくて傷つけてしまった。本当はとっくに関町に惚れていたといのに。