総一④
今までも十分楽しかった時間が、気持ちに素直になった途端に輝きまで増している。
顔をみたいし触れたい。まるで恋人同士のように。そんな下心まで持つようになった。
待ち遠しいからなのか、今日は来るのが遅い気がする。先生にでも呼び止められたのだろうか。
時間ばかり気にして、そわそわと落ち着かなくなる。あと少し待って来ないようなら連絡を入れよう。
そんなことを思っていたらドアの向こう側に話し声がかすかに聞こえた。
廊下なのだから誰かが話をしながら通ることもあるだろうが気になるので席を立ち様子を伺いに向かう。
田中と呼ぶ声は冬弥のものだ。途中で会って一緒に来たのだろうとドアを開いたのだが、みつめ合うふたりに驚き、そして頭に血が上る。
それでもよく冷静な声がでたものだ。
「二人とも何をしているんだ」
まるで浮気を疑う人のような言い方になってしまった。
橋沼の様子がおかしいことを冬弥はすぐに気が付いたようだ。
一緒に飯をと誘ったが、それを断わり、教室へ戻ると行ってしまった。
田中も気が付いてはいるだろう。橋沼が不機嫌なことは。
ふたりとも大切な人だから仲良くなってくれたら嬉しい。そう思っていたのは嘘の感情だった。
自分の知らないところで仲良くされるのも、みつめ合うのも嫌でたまらない。
だがたった一言で気持ちは上昇した。橋沼が一番だといってくれたから。
嫉妬していたところに甘やかされたらたまらなくなってしまった。
好きだ。
好きだ。
好きだ。
その気持ちが暴走し、田中にキスをしていた。
涙で濡れてそこに真っ赤な色その姿が橋沼をさらに煽った。
誰にも田中を渡したくない。自分がこんなにも嫉妬深い男だったとは思わなかった。
※※※
こんな感覚を味わうのは久しぶりだ。中学生だった頃、初めて告白をしたときも気持ちがふわふわとしていた。
「なんかご機嫌だなぁ」
教室に戻り席に着くと、橋沼の元へ冬弥がきて自分の口の端を指で持ち上げてみせる。
「え、顔に出ているか」
「口元が緩んでいるよ。何かあった?」
「秀次に告白した」
「なんだって!」
声が大きい。クラスメイトが何事かとこちらをみている。
「冬弥、声」
「わるい」
冬弥が橋沼の首へと腕を回してこそこそと話しだす。
「はー、田中は特別だったからなぁ。昼休みに美術室から戻ってきて、にやにやとしながら田中が可愛いって」
「そうなのか」
「うん。もしかしてラブのほうなのかなって」
無意識に言葉と態度に出てしまっていたのか。自分はずいぶんとわかりやすい男だったようだ。
「うわ、気恥ずかしい」
顔が熱くなって手で扇いで風を送る。
「ふ、ふ、ふ。照れろ、照れろ」
ぺちぺちと背中を叩き、そして掌をくっつけたまま、
「応援するからな」
といってくれた。同性というだけで変な目でみる人はいるだろう。三芳のように冬弥もそんな目でみることはなかった。
「ありがとう」
「それにしても告白したんてなぁ」
どこか楽しそうに、スマートフォンを取り出して操作し始めた。
「何をしているんだ」
「彰正にね」
冬弥は弟の彰正と仲がよく、無料通話アプリでやり取りをしているのだが、まさか告白したことを教えたのではないだろうか。
「冬弥ぁ」
「大丈夫。彰正はいい子だからいいふらさない。それに田中に伝言があったし」
そういうと、可愛い動物のキャラクターがムフフと笑うスタンプをみせる。冬弥に話しをしてしまったことがバレるだろう。
スタンプと同じ表情をしている冬弥に、憮然とした表情を浮かべた。
「ちょっと、そんな顔をしないでよ」
「面白がっているだろう」
「そりゃ、ね。田中みたいなタイプを攻略するには守りより攻めだな。こちらから動かないと友達のままにされるぞ」
それはあり得るかもしれない。友達になりたいというくらいだから。そのままでいいと思ってしまうかもしれない。
橋沼の想いは告げたのだ。これから先、ひとりの男として田中に意識して貰えるように行動あるのみだ。
「そういうわけでデートの約束を取り付けないと」
「買いものに付き合って貰おうとは思っていたが」
キャンバスを買いに田中と冬弥に付き合ってもらおうと思っていた。
「そうなんだ。じゃぁ、ほら」
目で促される。まぁ、デート気分で行くのもいいかもしれない。
「わかった。メッセージを送るから」
文章を打ち込んで送信。すると返事がすぐに送られてきた。
「了解だって」
「そうか。じゃぁ、教室まで迎えにいかないと」
なぜか冬弥がうきうきとしていて、楽しそうだなと橋沼は小さく笑う。
「そうだな。あ、冬弥にも買いものに付き合ってほしいんだ。いつもの画材・文具店の前で待ち合わせをしたいのだが」
「は、なにをいってんのさ。デートだよ。お邪魔虫にはなりたくない」
話の流れでは田中とふたりきりのデートとなっているがそれは途中までだ。
「どうしても冬弥にも付き合ってほしいんだ。理由はそのときに話す」
美術部に復帰してから皆が楽しそうにキャンバスに絵を描く姿をみて、自分も描きたい気持ちになった。
だが、いざとなったらあの日のことを思いだしてしまうのではないかと少し怖い。だから橋沼を救ってくれたふたりに勇気を貰いたかった。
「うーん、そういうのならわかった。画材店の前で待っているよ」
しつこく聞いてこないのは互いを信頼してのこと。
「わるいな付き合わせて」
「いいよ。今度何か奢ってくれよ」
「了解」
約束を取り付けて話しはおしまい。ちょうどチャイムがなり冬弥は自分の席へと戻っていた。
チャイムが鳴り、冬弥は席へと戻っていく。
まだ授業はあるが頭の中は放課後のことでいっぱいだ。
いつもは田中に授業をきちんと受けるようにいうくせに、今日は自分のほうは注意をされるべきだ。
浮かれた顔をみられないように口元に手を当て隠し、ホワイドボードを真っすぐみつめた。