寂しがりやの君

君は俺のモノ

 待つということが、こんなにも辛いものだったとはな。
 連絡をしなくなってから三日たつが、気がつけばスマホを眺めていたり、他の人の着信音に反応をしてしまう。
 しかも、秀次の声が聞こえたような気がして、その声の方へと顔を向けるが、勘違いとわかりため息をつく。
「お前、重傷な」
 流石にこんな状態の俺に呆れて冬弥がぼやく。
「秀次不足だよ、俺は」
 デカい身体を丸めていじけていると、クラスの女子が通りがけに慰めてくれる。
 今欲しいのは女子の手ではなく、秀次のゴツイ手だ。
 このままじゃ駄目だ。秀次を求めて教室に押しかけかねない。
「ちょっと癒しを求めに行ってくる」
「え、まさか秀次のクラスへ行くんじゃ……」
 だから、そうならないように癒されに行くんだよ。
「ブニャの所」
「あぁ、猫か。行ってらっしゃい」
 煮干しをポケットに入れ、ブニャの元へと向かう。
「おーいブニャ、餌だぞ」
「ぶにゃぁ」
 煮干しを掌にのせ、ブニャの前へと差し出すと、それを咥えて食べ始める。
 その姿を眺めていると、秀次と一緒に餌をあげていたころを懐かしく思う。
 また一緒にブニャに餌やりをしたい。癒されにきた筈なのに、隣に居ない事が寂しくなってしまう。
「はぁ、ブニャも寂しいよな」
「なー」
 掌をざりざりと舐められる。もしかして慰めてくれるのか?
 だが、どうやら餌の催促だったようで、尻尾を揺らし待っている。
「わかった。待ってろ」
 煮干しを取り出していると、電話の着信音が鳴る。
 冬弥かな。それなら少しぐらい待たせてもいいだろう。ブニャが優先だ。
 煮干しを取り出して掌にのせる。
 それを咥えてブニャは奥へと行ってしまった。
「あ、うるさかったか」
 わかった。今出るから。
 ポケットからスマホを取り出すと、着信の相手は秀次だった。
 連絡をくれるのを待っていたぞ。着信が切れぬ間にと急いで通話ボタンを押した。
「秀次」
「総一さん」
 俺の名を呼ぶ声を再び聞くことができた。これって夢じゃないんだよな。
 その後の言葉は途切れてしまったが、きっと、秀次も俺と同じ気持ちだと思う。
「美術室に来い。待ってるから」
 会って、話をしよう。そう言いたいんだよな?
 俺はそれだけを言うと通話を終え、美術室へと向かう。
 ベランダに出ると、あの日、一人きりで座っていた秀次の事を思いだす。
 あれから友達になり、それ以上の想いに気が付いて、告白して……。
 秀次、お前が俺をこんなに夢中にさせたんだぞ。
 ドアが開く音がする。
「総一さん」
 不安そうな秀次の声だ。美術室内に俺の姿がないからだろう。
 声を聴いた途端に、胸と目頭がじわりと熱くなる。
 ぎゅっと拳を握りしめ、俺は立ち上がり、
「ここだ」
 と窓から顔を覗かせる。俺を見た途端にほっとした表情を浮かべると、ベランダに出て隣に並んだ。
「はじめて秀次にあったのはこの場所だった」
 そうだなと、秀次が下を覗き込む。
「一緒に弁当を食べるようになって、俺にとって昼休みは特別な時間になった」
「俺だって、そうだ。教室に居づらくて、ここでブニャに会って、総一さんと昼を過ごせるようになった。楽しくて……」
 そう俺の方へと顔を向ける秀次の表情は柔らかく、それを見ていたら胸が切なくなってきた。
 秀次を抱きしめたい。
 俺は秀次の手をつかみ中へと入ると、腕の中へとひきよせた。
「ずっと寂しかったぞ」
 声を聴きたかった。温もりを感じたかった。
「ごめん」
「恋人として無理だとしても、友達でいて欲しい、俺はそう言った」
 それすら答えてくれなかったよな。
「……ごめん」
「けして恋人になれなくても、お前が傍にいない方が辛いよ、俺は」
 だから、友達としてやり直させてほしい、そう秀次に告げた。
「ごめん、無理だ」
 何度も謝らないでくれ。それって、俺と一緒にいるのは無理だと、そういうことなのか?
「それも駄目か」
 嫌だ、俺はもう、お前無しでは生きられない。
 さっと血の気を失う。足元から崩れ落ちてしまいそうだ。
 頬に暖かいものが触れる。それが秀次の手だと気づき、ビクッとして肩が揺れる。
「あぁ、駄目だよ。友達よりも欲しいものがあるから」
 友達よりも?
「それって……」
 何?
「恋人にしてほしい」
 恋人、いま、そう言ったよな。
 緊張が解けて顔が緩む。
「はぁぁ、心臓に悪いぞ、秀次」
 完全に振られたかと思ったと、肩に頭をのせる。
「もう、何があっても離れねぇよ」
「そうだぞ。約束しろ。俺に寂しい思いをさせないって」
 互いの額をくっつけあい、
「誓うよ」
 と手を掴み、指を絡ませて、ゆっくりと唇が触れた。
「指輪があれば結婚式みたいだな」
 ほう、と息を吐き、そんな事を呟く。
「指輪はないけれど」
 今はこれで。俺と秀次の小指に赤いペンで円を描く。
「運命の赤い糸、なんてな」
「ばっかじゃねぇの」
 と照れる秀次。小指につけたハートマークのおまけに気がつき、
「ちょっと」
 何だよこれというように俺の方へと向けた。
「愛してるって証」
「じゃぁ、総一さんの方にも描けよな」
 俺につけても可愛くないから。ペンを奪おうとするが、とらせないとペンを高くあげると、つま先立ちしても届かない。
「だめ、これは秀次だけ」
「ずりぃ。俺も愛してるって証をつけさせろ」
 それでもペンを奪いにかかる秀次に、
「わかった。ここにマーキングしていいぞ」
 と鎖骨を指さした。キスマークをつけろって意味なんだけど、どうやら気が付いたようだな。
「なっ、ふざけんな」
「ま、次のお楽しみってことで」
 真っ赤な顔の秀次に、頼んだぞと頭の上に手を置いた。
「は、噛み痕をつけてやらぁ」
 いいなそれ。独占されているようで。どうせならくっきりと痕が残るくらい噛んでもらおう。
「約束な」
 と、秀次の手を取り、小指のハートマークに口づけをした。

 どん底に落とされた後にこんな幸せがまっていたなんて。
 家に帰ると、ばぁちゃんに「仲直りしたんだね」といわれた。
 秀次のために弁当のおかずを多めに入れて貰っていたのに、元に戻してといった日から気にしていたみたいだし。
 機嫌がいい俺の姿を見て、ほっとしたようだ。ごめんな、心配かけて。
「ばぁちゃん、明日からまた多めで宜しく」
「はぁい。任せておいて」
 食事と風呂を終え、後は寝るだけの状態。
 ベッドに横になりスマホを弄っていたら、秀次からメッセージが届く。
「なになに……」
<赤い糸が切れた>
 というメッセージと共に小指の画像が添付されていて、あまりの可愛いさに気持ちが高ぶる。
「何コレ、やばいだろっ」
 俺の心臓もやばいな。落ち着かせようと胸に手を当てて深呼吸を繰り返す。
 これは秀次専用フォルダーに保存確定だな。これから先、ここに沢山の画像とメッセージを残せるといい。
 いつかこれを一緒に見る日を楽しみに思いながら俺はデータを保存させた。