寂しがりやの君

弁当男子

 目つきの悪さとゴツイ体格が災いし、目が合うのも嫌とばかりにクラスメイトに露骨に避けられる。
 声を掛けただけなのに睨まれたとか、腹の居所が悪く殴られたとか、一度もしたことがない噂は絶えずある。
 いちいち訂正をするのも面倒なので放置した結果、不良でぼっち決定だ。
 遠巻きにされるのがはじめの頃は寂しいと思ったけれど、二年になり新しいクラスとなってからはどうでもよくなった。

 昼飯はいつも屋上で食べる。教室は居心地が悪いからだ。
 弁当の中身はバランスよくおかずが詰められている。忙しい両親の代りに家事をしてきた。今ではそれが趣味となりつつある。
「美味そうだな」
 ふいに声をかけられ、いつものように睨みつける。大抵の奴等はその顔にビビって逃げていくのだが、その相手は違った。
 しかも、葉月悟郎(はずきごろう)と、フルネームで呼ばれた。
「僕は神野聖人(こうのまさと)。葉月と同じクラスだよ」
 クラスメイトを覚える気など無いので、名前を告げられてもどうでもいい。俺は無視して弁当を食べ始める。
 うん、今日も上手く味付けが出来たな。皆、オイシイって食べてくれてっかな、なんて、家族の姿を思い浮かべながら弁当を食べる。
「葉月」
 まだ居たのか。ていうか、なんで隣に座ってパンを食ってんだよ。
「どっかいけよ」
 と手を払う。
「なんで? 一緒に食べよう」
 ニッコリと笑う神野は、やたらと爽やかなイケメンだ。身長は180センチの俺よりも少し低い位。女子が居たらキャーキャーと言いそうだな。俺は別の意味でキャーキャー言われるけどな。
 あー、自分で思った言葉にイラつく。
 神野を無視して食事を再開する。肉巻きは弟のリクエストだ。
 これだと嫌いな野菜でもちゃんと食べてくる。箸で掴もうとした瞬間、長い指が肉巻きをさらっていく。
「あっ」
「美味しい」
 声が重なり合い、そして指を舐める神野の顔が目の前。
「な、て、てめぇッ」
「お母さん、料理上手だね」
 とにっこり笑う。やたらときらきらしていてまぶしいなぁ、おい。
「こいつは俺の手作りだよ! ていうか、勝手に食うな!!」
「へぇ、葉月が作ったんだ。すごいね。あ、これも美味しい」
「また! てめぇは」
「葉月って、すごいな」
 褒められて、つい口元が緩みかけたが、それを見せまいとぎゅっと口を結ぶ。
 今、ちゃんと誤魔化せたよな?
 褒められて喜ぶとか、そんな単純な奴だって思われたくない。だが、やたらに顔が熱くてしょうがない。
「……い」
 ぼそりと神野が何かを呟く。
「あぁ?」
 多分、キモイと言いたいのだろう。
 くそ、誤魔化しきれてなかったかと、眉をよせて睨みつければ、更におかずを奪い、
「ごちそうさま」
 と俺に菓子パンを手渡す。
「なんだよ、これ」
「美味しいお弁当のお礼。甘いの、好きでしょ?」
 指差す先には、お茶のペットボトルと共に置かれたいちごミルク。
「いや、これはボタンを押し間違えて……」
 俺が飲んでいたらおかしいと思われるのではと言い訳をすれば、口元に笑みを浮かべて「またね」と手を振って行ってしまった。
 残された俺は神野が立ち去った後も、暫く、出入り口をぼんやりと眺めていた。
 そして我に返り弁当を見て怒りがわき上がる。残っているのは白米のみ。おかずは全て神野に食べられてしまったからだ。

 それからというもの、昼休みになると何処からか現れておかずを食べられてしまう。流石に毎回、白米だけを食うのはキツイ。
 お礼にと置いていく菓子パンのチョイスが俺好みだから拒否れなかっただけ、そうだ、それだけだ。
 どことなく憎めないアイツの姿を思い浮かべ、俺はため息をついた。

◇…◆…◇

 教室で話しかけて来る奴など誰もいない。
 だが、弁当の一件以来、朝と帰りに神野が俺に挨拶をするようになった。
 はじめの頃は教室がざわついたが、いつしかクラスメイトを無視できない優しいよねと女子が言い始めて、男子までもが流石とだなと感心しだす。
 俺に言わせれば迷惑なだけだ。なのであいさつをし返した事は無い。
 だが、それが気に入らないようで、女子のグループの一人が、
「ちょっと、挨拶してんだから返したら?」
 と言いだした。
 神野に良い所を見せたいのだろうか。俺はその女子の言葉も無視をして席へ座る。すると、男が一人俺の机の傍までやってきた。
「おい、何無視してくれてんの?」
 体格が良い男だ。殴り合いになれば自分の方が強いと思っていて、しかも仲間もいるから強気に出るのだだろう。
 だが、そんな事でびびる俺じゃない。その男の事も無視をする。
「てめぇ」
 胸倉をつかまれた所で、
「田中、俺が勝手に挨拶しているだけなんだから、ね」
 神野が間にはいりこんで場を鎮める。
「お前がそれでいいなら良いけど……、葉月、あんま調子に乗んなよ」
 と言い捨てて席へと戻って行った。
 別に調子に乗っている訳じゃない。お前のせいだと神野を見れば微笑まれてムカついた。
 
 あんなやり取りがあったというのに、当たり間のように隣に座り、弁当のおかずをさらっていく。
「いい加減にしろよ。てめぇのせいで迷惑したっていうのに」
「あぁ、あの女子も、君に絡んできた男子も、良い所を見せようとか思っちゃって迷惑だよね」
 俺はお前のせいだと言いたいのに、当の本人はどこ吹く風だ。
「はぁ!? てめぇが、俺に挨拶なんかするからだろ」
「俺はしたくてしてるだけなのに」
「二度と俺に話しかけんな。ついでに昼も教室で食え」
 突っぱねるようにいうが、
「じゃぁ、葉月も一緒に」
 それすら気にしない様子で誘ってくる。
「人の話を聞けよ」
 イラつきながらそう口にするが、神野の口元には笑みが浮かんでいる。
 馬鹿にしているのかと胸倉をつかむと、その手の上に手が重なった。
「聞いているよ。でも、俺は葉月と一緒にお弁当を食べたいし話もしたい」
「それが迷惑だって言ってんだよ」
「じゃぁ、皆には友達だって言うから」
 全然わかってねぇ。
「友達じゃねぇしッ」
「えぇ、俺はそう思ってるんだけどなぁ」
 と最後のおかずを口の中へと詰め込んだ。
「あぁっ、また食いやがって」
 また白米のみの弁当となってしまった。
「ゴチソウサマ。葉月の作るの美味しくってさ」
「どうせ食うなら白米も食えっ」
 そう弁当と突き出した。
「えぇ、オカズないじゃん」
「食っちまうからだろうが」
「ご飯は遠慮したんだよ?」
 遠慮するなら、はじめから食うな。
「煩い」
 タッパーを取り出して白魚と大根の葉で作ったふりかけをかける。
「美味そう」
「美味そうじゃなくて美味いんだよ」
 と菓子パンを取り上げた。
「んんっ、ほんとだ、美味しい。これ、何? ほうれんそうじゃないし、青菜?」
「大根の葉」
「え、食べれるんだ、あれって」
 葉っぱのついた大根はたまにしか手に入らず、冷凍庫で保存してある。
 美味そうにそれを食べる姿を見ていると、弁当を取られてしまった事もどうでも良くなった。
 
 今日の授業が終わり、帰ろうと下駄箱へ向かった所で三人の男子に囲まれ、それを無視して避けようとしたところに腕を掴まれて振り向いた。
「離せよ」
 一人だけ俺と背丈が同じ位の奴がいて、俺のシャツを掴んで顔を近づけてガンをつける。確か、田中とか呼ばれてたな。
「逃がさねぇよ。朝の続きでもしようぜ」
 少し離れた場所で女子がこちらを見ている。あぁ、そういう事か。良い所を見せたいって訳。
 くだらねぇ。
 やる気のない俺の頬に田中がパンチを食らわせた。それが意外と重く、唇の端が切れ血が流れた。
 多少、腕に自信があるのだろう。だから喧嘩を吹っかけてきたのか。
 だが、俺は昔からこんなだから喧嘩は強い方だ。一発殴り返してやった所に、タイミングよくそこに神野が現れた。
「何しているの?」
 こんな神野は知らない。
 俺でも怯むような、ゾクッとくるような鋭い目つきでこちらを見ていたからだ。
「こいつが喧嘩を吹っかけてきたんだ」
 と殴った奴が俺を指す。
 本当かと怖い顔をしてこちらを見ている神野に、俺は小馬鹿にしたように笑う。
 神野はこいつらの仲間だ。きっと彼らを庇うだろう。だから何を言っても無駄だと思ったからだ。
「ムカつくんだよ、こいつ等。だから殴った」
「そうだ、コイツが」
「……なんてね。そういう事を言いそうだなって証拠を撮ってた」
 スマホの画面を見せる。そこには相手が先に殴った証拠が撮られていた。
「なっ」
 まさか初めから見られていたとは思わず、俺も相手の男達も黙り込む。
「なんか様子がおかしいから、君達の後をつけてきたんだけど、こんなことになっていて驚いたよ」
 と肩をすくめ、
「喧嘩両成敗って事で良いよね? クラスメイトが処分されるのは嫌だからさ。ねぇ、君らもそう思うよね」
 と木の陰から見ていた女子に声を掛ける。
「うん、私もそれは嫌だな」
 いい子ぶって可愛さをアピールする女子にウンザリとする。男どもをけしかけたのは彼女たちだろう。
 神野に本当は止めようと思ったけど怖かったの、と、まとわりつく。あざとくて気持ち悪い。
「ほら、君達は彼らの怪我の手当てをしてあげて。葉月は俺がするから」
 そういうと腕を掴まれて無理やり引っ張られた。
 その瞬間、女子の視線が俺へと向けられ、その眼がつりあがっていた。
「おい、離せ」
 腕を振り払おうとするが、意外と強い力で掴まれていて離せない。
 保健室へと向かうと思いきや人気のない場所へと歩いていく。
「おい、いい加減にしろよな」
 離せと手を払えば、今度は簡単に払い除けることが出来た。
「それは俺のセリフ。なんで嘘をついた?」
「あ?」
「喧嘩を吹っかけたのはあいつ等だろう!」
「あぁ、その事か。どうせあいつ等の言う事を信じるだろう? だからだよ」
 学校の奴等は噂を信じて俺を不良だと決めつけた。
 きっと彼らがついた嘘が真実になり、俺が話した真実は嘘へと変わる。
 信じて貰えず傷つく位なら、はじめから不良らしい態度をとるだけだ。
「俺は信じるさ。だって、葉月って、人が良いもの」
「はぁ、お前、何を言っているんだよ」
 この学校で、そんな事を言ってくれたのは神野がはじめてで、なんだかそれがくすぐったいというか。
「口、ふよふよってしてる」
 ふにっと人差し指で唇を押される。
「あぁ?」
 恥ずかしさのあまりに神野を睨みつける。
「……い」
 なんだ、今度は怖いとか言いたいのか?
 目つきが悪いせいで睨むと余計に怖がられる。いけないと頬を叩いて睨むのをやめる。
「ゴホン、葉月、俺は味方だから」
 あ、そうか。さっきのは喉が詰まっただけか。俺はポケットに手を突っ込んで飴玉を取り出す。
「ほら、舐めとけ」
 それを神野に投げ渡せば、
「え、飴?」
 と小首を傾げた。
 俺は自分の喉を指さして、
「咳してたから」
 そう言えば、
「あ、あぁ。うん、ありがとう」
 神野がふわりと笑顔を俺に向けた。なんてイケメンの無駄使い。俺じゃなくて女子に使えよ、それ。妙に照れるし。
「お、おう」
「じゃぁ、保健室に行こうか」
「なんだよ、ここでするんじゃねぇの?」
「はやく二人になりたかっただけ」
 そんな理由でここに連れてきたのか。
「馬鹿じゃねぇの。俺は帰るわ」
 心が落ち着かない。
「えぇ、治療するからさ」
 引き止めようとする神野の手を振り払う。
 これ以上、一緒にいたら心臓がパンクしちまうんじゃないか。
 ポケットに手を突っ込んで歩き出す俺の後から、
「また明日」
 と神野が言う。きっと笑顔で見送ってくれているんだろうなと、その声から想像する。
 俺は返事のかわりに片手を上げ、それを軽く振った。