獣人、恋慕ノ情ヲ抱ク

幼馴染

 エメ、ジェラール、ルキンスは幼馴染だ。
 公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵の爵位と、準貴族(準男爵、騎士)がある。準貴族とは貴族と平民の中間に位置する。
 ジェラールの母親がパンを買う店がエメのところで、一緒に連れられてきた彼とすぐに仲良くなった。
 それからルキンスも加わり三人で遊びまわっていたものだ。
 三人の中に隠し事はないと思っていたのに。
「エメはわかるとして、なんでルキンスも番を持つことになったんだよ」
 寝耳に水だった。だがそれは自分だけ。エメは知っていたのだ。
「えー、やっとエメが片付いたし~、俺もって」
 そんな軽く番になるものではない。
「ピトルさん、よく待っていてくれたよね」
 ピトルとはルキンスの義理の兄で、獣人商業組合の職員だ。エメとジェラールにとっても兄のような存在である。
「番になってっていったらね、泣いちゃって。『義理とはいえ兄ですから私ではだめだと思っていました』って。俺のことずっと好きだったって。うれしいよねぇ」
 ふにゃっと表情を緩めて笑うルキンスを見ると幸せそうで、大切なふたりの幸せは嬉しいのだが、
「だ・か・ら! 俺は知らなかったぞ」
 それだけにどうして教えてくれなかったのだろうか。それが引っかかるのだ。
「んー、そうだっけ?」
 いつもの調子でこたえるルキンスにカチンときた。しかも、
「見てたらわかるじゃない」
 とエメにまで言われてしまう。
「どうせ鈍いよ俺は!」
 なんだか仲間外れにされた気持ちになりジェラールは二人に背を向けて走り出した。

 飲んで帰ろうかと街にきたのだが、そこに知った顔を見つけた。
「おーい」
 ふたりに手を振ると気が付いて手を振り返してくれた。
「ジェラールさんもプレゼントを買いに来たんですか?」
 店の看板には雑貨・小物と書かれていて、ふたりが何を買いに来たのか気づいた。
「エメのお祝いか?」
「はい。それとルキンスさんにも」
「え、ルキンスも番をもつことを知っていたのか」
「はい」
 ふたりも知っていたということにますます機嫌が悪くなる。
「へー」
「ジェラールさん、眉間にしわが」
 とルネに言われて唇を突き出した。
「だってよ、俺は知らなかったんだ」
 ルキンスから聞いていたなら、素直に祝いの言葉を口にしていただろう。
「え、そうだったんですか」
「きっと仲の良いお友達だから、口に出さなくても伝わっていると思ってしまったんでしょうね」
 ギーの言葉にハッとなる。
 言葉を交わさなくとも互いにしてほしいことがわかることがあり、仲間からはさすが幼馴染だなといわれる。
「僕達もそうなんですよ。ね、ギー」
「あぁ。目と目で語り合う、みたいなかんじです」
「仕事のことなら気が付くけれど、恋の方は鈍いからなぁ俺は」
 だからいまだに番になりたい相手もいないわけだ。
「あー、なるほど」
 ルネがジト目でこちらを見ている。
「ん?」
 どうしてそんな目で見るのだろうとギーへと顔を向けて首を傾けた。
「えぁ、ルネ」
 ギーがルネの横腹を肘で突く。
「いえ、ジェラールさんはかっこいいんですから、もう少し周りに目をやったほうがいいですよ」
「かっこいいなんて、照れるなぁ」
 綺麗な子にそう言ってもらえるのは嬉しい。
 だけどルネの目は少し冷ややかな気がする。
「えっと、褒めてくれたんだよ、ね?」
「はい。ジェラールさんはカッコいいです」
 ギーにまで言ってもらえた。
「ありがとう、ふたりとも」
「ギー、僕は向こうを見てくるからジェラールさんと一緒に探しなよ」
 いいですよね、とルネに言われて、なんとなくそうしなければいけないと感じて頷いた。
「なんかルネの機嫌が悪いような……俺が邪魔しちゃったからか」
「あ、いいえ、そうじゃないです」
「そう? それならいいけれど」
 ギーとふたりきりになるのはエメとライナーを庭園に送っていった時以来だ。
「この前は楽しかったな」
 もともと綺麗だけど、着飾った姿はいつもよりも大人びて見えてドキドキとしたものだ。
「はい。馬車に乗るの、騎士の方々に保護をしてもらった時が最後です」
「そうなんだ」
 緊張しているなと思ってはいたが、そういうことだったのか。
 それでも乗ろうと思ったのは、ひとりよりもふたりの方がという理由なのか。
 お供がいたおかげでジェラールは楽しく馬車をひくことができたが。
「付き合ってくれてありがとうな」
「そんな、俺は、ジェラールさんとご一緒できて、楽しかったですよ」
 はにかむ姿はとても愛らしく、どきっと胸が跳ねた。
「たまには可愛い子とピクニックをするのもいいな」
「え、そう思ってくれるんですか!」
 食い気味にくるギーに、よほど楽しかったのだなと口元が緩んだ。
「今度はルネも一緒に誘おうな」
「あ、はい。そうですよね」
 あきらかにテンションが下がった。尻尾と耳も垂れている。
 一緒の方がギーも楽しいと思って言ったまでだ。
「えっと、ルネを誘うのはまずいか?」
「いえ、そんなことないですよ。俺よりルネの方がいいですよね」
 どうしてそうなるのだろう。どちらかひとりを選ばなければならないということか。
 もしもそういうことなら、
「どちらかといえばギーの方がいいな」
「本当ですか!」
 尻尾が大きく揺れて、どうやら喜んでもらえたようだ。
「だってよ、ルネはちょっと怖いよなぁ」
「誰が、なんですって?」
「ひぃ、いつの間に!」
 気配を察知できなかったとは。
「いや、ナンデモナイデスヨー」
「まったく。ここで僕を選んでいたら尻尾を踏んでいたところですよ」
 こそっと言われてジェラールは自分の尻尾を抱きしめた。
「ルネ、何かいいものあった?」
「うん。こっちに」
 とギーの手を握りしめて歩いていく。
 引っ張られるかたちとなったギーが隣に並び、
「プレゼントを持ってルキンスさんにお祝いの言葉を言ってあげてください」
 と笑う。その笑顔と言葉にきゅんと小さく音が鳴る。
 先にその場所へと向かうふたり。その姿を眺めながら胸に手を当てる。
 優しくて可愛い双子だ。
「ジェラールさん、なに、ぼけっとしているんですか」
 ルネが手招きをしている。
「あぁ、今行く」
 ふたりの元へと向かうと、間に入るかたちとなる。
 エメとルキンスと一緒に買い物をするときも自分が真ん中になるなと思い浮かべる。
 番ができてしまったふたりとはこうして並んで買い物をすることは少なくなる、もしくはないかもしれない。
「あ……俺は寂しかったのかな」
「そりゃ、そうでしょうね。僕もギーに番ができたら嬉しさと寂しさを感じるかと」
 とルネに。
「それでも寂しいのは一瞬です。だって、大切な人の幸せそうな顔を見ていれば心がぽかぽかになりますから」
 とギーに。
 そしてふたりがジェラールの手を握りしめてくれた。その優しさに表情が緩んだ。

 プレゼントを買いルキンスの元へと向かう。
「機嫌治ったぁ?」
 いつもの調子のルキンスへラッピングされた箱を渡した。
「どうしたの、これぇ」
「おう、祝いだ。とっておけ」
 彼に押し付けるように箱を渡すと、それを受け取ったルキンスが目を細めた。
「お祝いしてもらえないかと思った」
「そんなわけあるか。お前は大切な友達だからなっ」
「うれしい。ありがとうジェラール」
 尻尾を振りながら抱きついてくる。
「遅くなったが、おめでとうな」
「うん」
 ルキンスは三人の中では弟キャラで、甘やかしたくなる。
「あの、そろそろいいでしょうか」
 声を掛けられて毛が逆立った。そうだ、ギーとルネも一緒だった。
「お、おうっ」
「仲良しですね」
 とギーが言い、ルネが頷く。
「ルキンスさんには遊んでもらい、ピトルさんには読み聞かせや勉強を教えてもらってました。なのでふたりが番になって嬉しいです」
 ピトルにくっついて一緒に施設に行っていたのは聞いていた。
 ルキンスは小さな子と遊ぶのが好きで、人気もあった。
「ありがとうね」
 お祝いができてよかった。心から嬉しそうなルキンスを見て、素直になれなかった自分の背中を押してくれた双子に感謝だ。
「よし、プレゼントを渡せたしお祝いも言えたから帰るわ」
「そうだねぇ。また今度、一緒にご飯しよ」
「おう。エメとルキンス、そして番のふたり、俺、ギーとルネでな」
 大好きな人たちとだから楽しい食事会になるだろう。
「そーだね」
 ルキンスとルネがギーの頭を撫でている。
 その意味がわからずに首を傾けた。
「ジェラールさんも番ができるといいですね」
 そういうとルネが笑う。ただし目は怖い。
「うーん、鈍感なのはエメ以上なんだよねぇ」
 確かに鈍感なところはあるが、側にいてあんなに好かれているのに気が付かないエメよりはましだと思っている。
「ふたりとも、なにがいいたいのさ」
「べつにぃ」
「なんでもありませんよ」
 けしてこたえは教えない。
「えーっと、ギー、教えてもらっても?」
 一番答えてくれそうな人に話を振るが、
「ルネ、帰ろう。それじゃ失礼します」
 ルネの手をつかんで帰っていく。
「あ……」
 ギーに見捨てられてしまった。これではずっとわからぬままになってしまう。
「ルキンス」
「ギーに聞いちゃダメでしょうよ。ジェラール、自分で答えはだしてね」
 またね、と手を振ってルキンスも帰ってしまった。
「えぇぇ」
 一人残されたジェラールはしばらくの間、この場に立ち尽くした。

 答えは、「俺も番を作って一緒に食事ができるといいな」と言っていたら正解でしたねー。
 好意をみせても見込みがないと思ってしまうよ。
 友達二人が番をもったのに欲しくならないのかなーと。
 意識してほしんですよねぇ