家族ニナル
面会の日は晴天だった。日差しが温かく、歩いて王宮のある中央へ向かうのに丁度良い。
リュンは朝から元気がいい。お気に入りのウサギを胸のポケットへと入れてブレーズとセドリックの手を握りしめた。
「とうとう、この日が来たね」
「あぁ。今日は新たな一歩を踏み出す記念となる日になるだろう」
これから共に生きていくため、ミヒルとの面会の後にリュンに話すと決めていた。
牢獄は地下にあり、厳重に管理されている。
面会をするためには面会目的を告げ許可を待ち、許可が下りたら次は危険なものを持っていないかを検査する。そして地下へと降り、最後に質問を受けて許可が出たら面会となる。
ただし今回は特別に許可された面会ゆえにセドリックのほかに騎士が付く。
「面会は五分しかない。それ以上は無理だった」
本来は会うことすら許されない。だがリュンのためにセドリックはその時間を手に入れてくれたのだ。
「ありがとう、セド」
それはリュンにも伝わっている。
「ミヒル!」
「リュン」
ミヒルの縄をほどかない、一定の距離を開けるのも条件に含まれていた。
屈強な獣人がふたり、ミヒルを挟む形で立っている。
「あのね、セドとブレーズ、やさしくしてくれるしおいしいごはんもたべれるの。ルキっておともだちもできたし、ピトルさんはほんをくれたの。ライナーせんせいはおねつがでたときそばにいてくれた。エメのパンはおいしいよ」
「ふふ、そうだね。君と再会した時、笑顔でよかった。隣で手をつないでいてくれるが人の子だったときは驚いたけれど優しそうだったから安心した」
「ミヒルがボクをたすけてくれたから。それなのにおぼえてなくてごめんね。おれい、いってなかったのに」
ぼろぼろと大粒の涙を流してミヒルの元へと向かおうとするが、ミヒルの両脇に立つ獣人に阻まれる。
「ミヒルぅ!」
手を必死に伸ばすが届かない。その体をセドリックが抱き上げた。
「リュン、約束を覚えているか?」
「ふぇぇぇん」
わかっているけれどこの思いは抑えきれない。リュンの気持ちが痛いほど伝わってきてブレーズは胸に手を当てる。
「ミヒル、君のしたことは理解できないし憤りしかない。だけどね、バードとしての君は好きだったよ」
「バードとしての俺を好きと言ってくれてありがとうございます」
そう口にし、深く頭を下げた。
面会時間も終了となりミヒルはふたりに連れられて部屋を出ようとしていた。
「ぼく、ごはんをいっぱいたべておべんきょうもする。ミヒルがあいにきたとき、りっぱなおすになっているから」
「うん、楽しみにしているね」
そしてふたりをさえぎるように厚い扉が閉じた。
「ミヒル」
寂しそうな顔のリュンに、セドリックが鼻先をくっつける。
「立派な雄になるのだろう?」
「うん」
涙をぬぐい、ミヒルが去った扉から顔をそむけた。
「セド、おはなしさせてくれてありがとう」
「約束したからな。さて、次はリュンに話があるんだ」
「ボクに?」
セドリックと視線があう。リュンに例のことを告げるつもりだろう。
「話はここではなく別の場所でするから。馬車に乗って移動するぞ」
まずは馬車の待つ場所へと向かい、リュンとブレーズは中へ。セドリックは御者席へ乗り込む。
どこへと向かうのだろうと窓から外の様子をうかがうと、家のある方へと向かっていた。
話をするなら家の方が確かにいいだろう。
馬車で帰るなんて贅沢だなと、あまり乗る機会もないのでリュンと外を眺めながら楽しむのもありだろう。
「リュン、ほら、前にここ通ったでしょう? 綺麗なお花が売っていたよね」
「うん。いいにおいもした。あ、おかしのおみせ」
「あそこのクッキー美味しいよね」
また食べたいねと楽しく話していると馬車が途中で曲がった。
「え、なんで曲がったの?」
あの道はまっすぐ行かなければいけないのに、この先がどこへ続いているのかは知らない。
どこへ向かうのか不安になり、馬車が止まるのを待っていると、動きが止まりドアが開いた。
「ついたぞ」
そう告げてセドリックが手を差し出した。その手につかまり馬車から下へと、目の前に大きくて立派な家があった。
「ここは?」
リュンを抱き上げて馬車からおろした所でセドリックが振り向いて告げる。
「三人で住む家だ」
と。
「え、ここにすむの?」
「そうだぞ。前の家も良かったのだが、これから先のことを考えると部屋が欲しいというか」
ちらりとセドリックがこちらを見て、何を考えているのか気が付いてしまい顔が熱くなる。
「そう、だね」
夜の営みは夫婦には大切なものだ。
「ブレーズ、かおがまっかだよ」
リュンに見られて、ブレーズは頬に手を当てて隠し、
「何でもないよ。あ、セド、家の中を案内してよ」
そう話をすりかえる。
「わかった」
セドリックがクツクツと笑い、案内をし始めた。
「ここはドローイングルームとキッチン。風呂は大人がふたりで入っても余裕のサイズだ」
そのたびにリュンとふたりで「おお」「すごい」と声を上げていた。
「このへやは?」
キッチンにはドローイングルームにつながるドア以外にもう一つドアがついている。
それは引き戸となっており、
「ブレーズ、開けてごらん」
と言われて開くと部屋の中に作業台とミシンが置いてあった。
「え、えっ、もしかして僕の為に?」
「あぁ。この引き戸を開いておけば煮込み料理をしながら服を作ることもできるだろう?」
「うん。ありがとう、セド!」
今までも仕事を持ち帰ることはあったが、ミシンは店にしかないので手縫いで出来るものだけだった。
「まだまだ、これだけではないぞ。次は二階にいこう」
「おー」
二階に上がるとドアが三つあり、その一つを開いた。
「ここはリュンの部屋だ」
「ボクのおへや!」
「そうだ。そして引き戸を開けると寝室がある」
机に本棚、タンスなどが置かれている。その奥には引き戸があり、開くとベッドが置かれていた。
「すごい、おへやがふたつ!!」
リュンが嬉しそうに部屋を見渡し、そして机の椅子に腰を下ろした。
「ここでごほんをよむ!」
「そうだな。いっぱい買いに行こうな」
「うん」
この部屋が気に入ったようで、尻尾が揺れている。
よかったとセドリックと顔を見合わせた。
「リュン、この部屋で少し待っていてくれるか?」
「うん。ウサギさんにも見せてあげるの」
とポケットからウサギを取り出して机の上に置いた。
「ブレーズ、おいで」
寝室を見せるよと手を握りしめる。
「うん」
手を引かれ寝室へと向かう。そこにはタンスとベッド、そしてドレッサーがある。
「さて、ブレーズ。ドレッサーの一番大きな引き出しをあけてごらん」
そういわれて引き出しを開くと中に小さな箱が入っていた。
「これ……」
何色の石が好きか?
セドリックの言葉がよみがえり箱を開くと指輪が二つ並んでいた。
「セド」
「遅くなった。俺と番になってくれ」
今度は獣人が求婚するときのように、箱から指輪を取り出して薬指にはめた。
「ぴったり。なんで」
「ドニがペアリングを買いたいといわなかったか?」
言っていた。その時にはめてみませんかと店主に勧められて指のサイズを話したが、まさかとセドリックを見た。
「あれって、そういうことなの?」
「あぁ。俺が頼んで二人に協力してもらったんだ」
「わー、本当に買うんだと思っていたから、気が付かなかった」
「そうか。サプライズ大成功だな」
とブレーズを抱き寄せて口づけた。
「セド、ありがとう。大切にするね」
プロポーズの言葉をもらった時と同じくらい驚きと喜びで胸が落ち着かないほど波打っている。
愛おしく指輪をさすれば、セドリックが手をつかんで指輪にも口づけた。
さりげない行為がかっこよく、これ以上は心臓が持たないかもしれない。
落ち着かせようとセドリックの首毛に顔を突っ込みぐりぐりと動かすと、楽しそうに笑い声をあげた。
「はは、ブレーズ、くすぐったいぞ」
頭を撫でて、その手が首へと触れ、腕を伝い下りていく。
このまま甘い雰囲気になりかけ、いかんとセドリックが首をふるう。
「ぶふっ、セド、髪っ」
長い部分を三つに縛っているのだが、それがブレーズの顔に当たる。ふわふわで柔らかい毛をしている。
「ブレーズ、夫婦としてやるべきことがあるだろう! 俺たちの子供を」
「うん。迎えに行かないとね」
手を握りしめてリュンへふたりの気持ちを伝えに行くために部屋へと向かう。
「リュン、お待たせ」
「ようじはすんだの?」
部屋に入り声をかけると、椅子に座っていたリュンが下りてふたりへと抱きついた。
「あぁ。さて、話をしようか」
とふたりはリュンの視線に合わせるようにしゃがみこむ。
「なぁに」
「リュン、家族にならないか?」
「かぞく……?」
「そう、かぞく。セドリックと僕が親になるんだよ。リュンとずっと一緒にいたいから」
だめかな、とおでこをくっつけると、リュンの耳がピコピコと動く。
「うんん、だめじゃない。ボクもふたりといたいの。だからかぞくになる!」
「よかった。リュンにヤダって言われたら泣いちゃうぞ」
とセドリックが泣きまねをし、リュンがよしよしと頭を撫でた。
「ふふっ、大好き」
愛しき獣人たちの額にキスをすると、セドリックが目を細めて笑い、リュンが可愛い顔を見せた。