獣人、恋慕ノ情ヲ抱ク

獣人の子供

 ブレーズの親が始めた服屋は評判で、小さな店から大きなお店へと変わったとき、貴族からも服を頼まれるようになった。
 自分も将来は店で働くつもりだったが、十二歳の時に今後の運命を左右するできごとがあった。
 獣人が王宮へくるときは国を挙げて歓迎パレードを行うのだが、一度も見たことがなく獣人のことを話で聞くだけだった。
 理由は簡単。親が忙しくて誰も連れていてはくれなかったからだ。本当は見てみたいと思っていたが忙しい親に言い出せずにいた。
 そんなブレーズをパレードへ連れて行ってくれたのは兄であった。
 すでに店で働いていたが一度は見てみたかったんだと休みをもらったという。きっとブレーズの気持ちに気が付いていたのだ。
 パレードがはじまる前だというのに興奮していた。どんな姿なのか、話通りなのかと。
 そして獣人の姿を見た衝撃を受けた。そう、あのまま死んでしまうのではないかと思ったくらいに胸が飛び跳ねた。
 人のことは違う姿。気高く美しい毛並みと気品あふれる姿に目は話せず、パレードは終わった後も熱が冷めず、兄の手を握りしめていた。
 それからというもの獣人の姿が離れず、獣人の国へと行き服を作りたいという夢ができた。
 思いは歳を重ねても冷めることなく両親にそのことを相談すると、行って来いと背中を押してもらった。
 獣人の国では人の子でも働くことができる。まずは入国許可書を取得し、商売許可書を手に入れなければならない。
 しかも商売ができるのは男性のみで、獣人から推薦を貰わなければならない。
 入国審査は国の役所へ書類を提出することになる。それの合否は早くて半月かかる。
 ただし獣人の国からの招待客は入国許可書を所得する必要がないそうだ。
 許可をもらうと証明書が発行される。それが身分証となるので三年に一度、申請のために人の子の国へと戻らねばならない。
 そして商売をするためには獣人からの推薦状があると有利となる。それは父がコネを使い用意してくれた。しかも店を出すための資金もだ。家族の応援と獣人愛でブレーズは頑張った。
 店を始めるにも誰も知り合いがおらず、心細い時もあった。そんな日は買い物をするために街に出るのだが、別の場所へもいってみようと歩いていたら道に迷ってしまった。
 セドリックはブレーズにできた初めての獣人の友人だった。
 まだ獣人の国に慣れていないころ、道に迷っていたところを助けてくれたのがはじまりだ。
 たてがみともふもふな首毛をもった真っ白い美しい毛並みの獣人だ。
 獣人は人の子よりも体格に優れているものが多く、彼も二メートルはあるだろう。
 ブレーズは背は一七六センチあるが、人の子の国では別に自分の背丈を低いとは感じなかったが、獣人の国へときてからは店へくるお客を見上げることが多い。
 黒い制服を着てマントをしていた。それがとても似合っていて見惚れてしまった。
 その時に彼が騎士であることを聞き、自分はこの国で店を開くのだと話をしたわけだ。
 オープンをしたら遊びに行くよと言ってはくれたが本気にはしていなかった。だから店のオープン日にはスタンド花を贈ってくれた時は驚いたし、数日後に店に来てくれたことが嬉しかった。
 気さくで優しくて頼りがいがある。そんな彼を友として好きになるのはあっという間だった。
 だが、この頃はなにか様子がおかしい。
 セドリックを見るとやたらときらきらとして見てるし、今まで通りに話をしているだけなのに顔を見ると胸が弾むのだ。
 その正体に気が付いたのは、セドリックの口からよく出てくる「ドニ」という人の子の存在でだ。
 ドニのことを話すときのセドリックはとても楽しそうで、まるで恋をしているかのようだった。
 友が恋をしている。驚きとともに心の奥底には黒くもやもやとしたものを感じた。
 その子を店に連れてきたとき、ブレーズはセドリックを応援しようと心に決めた。
 ドニは自分よりも低く体も細い。そして目がくりっとしていてタレ目な自分とは違い可愛い顔をしている。
 しかも獣人に対する愛が強く、自分も同じなので素直にそれは嬉しかったし仲良くしたいと思った。
 だが全てはブレーズの勘違いだった。セドリックはドニが好きな人がいるのを知っていて、鈍い雄のためにと当て馬になったというわけだ。
 そこには恋愛感情ではなく大好きなふたりに幸せになってほしかった、早い話はセドリックはおせっかいを焼いただけだったのだ。
 その話を聞いて胸のもやもやの正体に気が付いていしまった。それからというものブレーズはセドリックに片思いをしていた。

※※※

 その子供の獣人はルクス系で羊のようにもふもふとした毛並みをしていた。だが、よく見ると毛玉ができており酷いありさまだ。
「え、まさか……」
 獣人の国は中心が王都、その周りを囲むように東国、西国、南国、北国とわかれており、第二王子であるヴァレリーと北国へ視察へと出かけたのは一か月前のことだ。
 ブレーズがセドリックと知り合ってから北国へ偵察へ向かったのは三度目。
 こんなに魅力的な男なのだから、自分の知らぬところでそういうことになる可能性はあるだろう。
 その時に関係をもった雌との間に子供ができた?
 もし、その通りだとしたらと頭が真っ白になり体が強張った。
「ちょっと、ブレーズまで皆と同じ反応しないでくれよ。視察を終えた帰りに王都と北国の境付近で行き倒れになっていて保護をしたんだ」
「え、そう、なの?」
 セドリックの子供ではない、その言葉に安堵して唇がひくっと震え綻びそうになるがそれは抑える。
 向こうはそれには気が付いていないようで話をつづけた。
「診療所に入院していて、今日、やっと退院となったのだが、記憶を失ってしまってな。家族を探す間、俺が面倒を見ることになったわけ」
「そうなんだ。こんにちは。僕はブレーズだよ」
 セドリックの後ろに隠れている少年に視線を合わせると、恥ずかしさからか顔を引っ込めて耳だけだしている。
「……リュン」
 今にも消えてしまいそうなか細い声で名を告げて、セドリックの足に抱きついた。しかも尻尾を股の間に挟んでいる。
 恥ずかしいのではなく恐がっている。ブレーズはセドリックを見上げた。
「大丈夫だ、リュン。この世界には二種類の生き物がいる。俺たち獣人と彼のような人の子だ。何も怖いことはしない」
 そう優しく頭を撫でると、セドリックを見つめた後にブレーズの方へと視線を向けた。だがまだ怖いのだろう。耳が垂れたままだ。
 ブレーズは立ち上がり奥へと向かう。そして戸棚に飾ってあったものを手にしてリュンの元へと戻った。
「リュン、このことお友達になってくれる?」
 リュンの前にうさぎのぬいぐるみを差し出した。
「え?」
「うさぎっていうんだよ」
「うさぎ?」
 興味はある。尻尾が揺れているから。だが手を伸ばさずにセドリックを見上げた。
「お友達になりたいって。触ってごらん」
 そっと手を伸ばして顔に触れると笑顔を見せ、怖い思いをしてほしくはなかったのでその表情を見てホッとした。
「リュン、よかったな。お友達だぞ」
「うん!」
 すっかりうさぎのぬいぐるみに夢中のリュンを眺めながら、
「やはりブレーズのところに連れてきて正解だったよ」
 という。どういう意味なのかを尋ねると、
「倒れているところを見つけて保護したといっただろう? 目を覚ました後に大人を怖がってパニックになったんだ。それのせいなのか自分の名前すらわからなかった。リュンという名は俺がつけたんだ」
 恐怖で記憶を失った。そうセドリックは考えているようだ。
「そうしたら俺に懐いてくれて。この子の親が見つかるまで俺が一緒にいることになったんだ」
 セドリックは一人者だし忙しい身だ。そこに子育てが加わるとなると大変ではないだろうか。今まで受けてきた恩を返すチャンスだ。
「ねぇ、僕にも手伝わせてくれないかな?」
「ブレーズならそう言ってくれると思ってた!」
 ぱぁっと明るい表情を浮かべ、尻尾を揺らしている。そこでなにかに気が付いて首を傾げる。
 もしや、セドリックははじめからそのつもりでここにリュンを連れてきたのだろうか。
「セド、もしかして」
「いやぁ、助かるなぁ」
 ブレーズの両手をつかみ上下に揺らす。どうやら正解のようだ。
「もう。都合よく思ってない?」
 そういいながらも頼られるのが嬉しい。
「思うものか。心強いよ。一緒にこの子を幸せにしてやろうな」
 とリュンを片手で抱き上げて、もう片方の手をブレーズの腰に回した。
「えっ」
 セドリックがふたりを抱きしめるようなかたちになり、顔が熱くなるのをとめられない。
「セ、セド」
「まるで夫婦だな」
 その一言に、力が抜けてよろめいた。それは獣人の国でいう番のことで、人の子の国の言葉だ。
 それを口にするなんて。ブレーズを何度キュンとさせれば気が済むのだろうか。
「おっと、大丈夫か?」
 さらに体を引き寄せられて心臓が飛び出そうになったが、リュンの尻尾がブレーズの顔にもふっと当たった。
「あっ、シッポ」
 リュンがそれを両手で隠す。よく見れば顔が強張っている。毛並みのことで何か嫌なことを言われたことがあるのだろう。
「僕はリュンの尻尾、大好きだよ」
 そう口にすると、大きな目をぱちぱちとさせて、
「ほんとう?」
 尻尾を隠していた手を放した。
「うん。さてと、リュン、まずはお風呂だね。洗ってあげる。その後はブラシね」
 獣人はブラシをするとゴロゴロと喉を鳴らしたり尻尾を揺らして喜んでくれる。
「ブラシ、すき」
 まだぎこちないけれど強張った顔がほぐれた。
「いいな、俺も! シャンプーもお願い」
 細い尻尾が揺れる。獣人は爪が鋭いので洗う時は専用のブラシを使う。
 一度だけシャンプーをしてあげたことがあるのだが、それが非常に気持ちよかったようで、やってほしいと強請られるのだが、気持ちを意識してからは身が持たないから断っていた。
「いいよ。今日は特別」
 リュンがいればどうにか気持ちも誤魔化せるだろう。本当はあの逞しい体をまた洗ってあげたいと思っていたのだから。
「よし、そうと決まればブレーズの家へいくぞ!」
「待って、片づけるから」
「おう、あ、それとリュンに着るものを頼めるか?」
「わかった」
 今は間に合わせに店にある子供服をと着れそうなものを数点手に取る。
 帰る途中でリュンの下着と、食料品を買い足した。町でもセドリックを知る人は多い。店に行くたびに声を掛けられる。
 大抵の貴族は偉ぶるものなのに、セドリックは気さくで親切、困った人がいると手を差し伸べる。
 そういうところも友として誇らしく、そして愛おしく思う。