捕らえられる
荷馬車も目立たぬように家より少し離れた場所に止めて家へと向かう。
ファブリスは目立たぬようにフードを深くかぶっている。
「圧搾機はこれか」
「うん」
「これは俺が運ぶ。当分はここにこないだろうから別れを告げてくるといい」
とファブリスに言われ、二人は家の中へとはいり、思い出としばし別れを告げた。
「さ、ファブリスの元へ行こうか」
「あぁ」
家の中から出るとタイミングよくエイダがやってきた。
きっと様子を窺っていたのだろう。
ロシェがあからさまに嫌な顔をするが、それを見ているのにエイダの態度はしおらしい。
「ドニ、この前はごめんなさい。どうかしていたわ」
そう深く頭を下げた。一日たって冷静になれたのだろう。謝ってくれたことにドニは警戒をといた。
「ロシェも、ごめんなさいね」
「ロシェ、謝ってくれたんだから許してあげようよ」
そうドニがいうと、ロシェはどうでもいいとエイダから背を向けた。
「そう、よかったわ。単純で」
にやりとエイダが笑う。
「え?」
騙された。
村では厄介者ではあった。だが、それでも同じ村の人だからと信じていたのに。
精神的にダメージを食らい、何も考えられなかった。だから目の前に現れたダニエルと大柄な男を前に呆然と立ち尽くしていた。
「ドニ!」
ロシェの叫ぶ声がする。だが、ドニの意識はそこで途絶えた。
意識が浮上し、頭に痛みが走った。
「くっ」
手で押さえようとするが縛られていて身動きが取れない。
「え、なに、これ」
「ドニ、気が付いたか」
隣には同じ状態のロシェがいる。
たしかエイダが謝りに来て、そこにダニエルと大柄な男が現れた。たしかあれは長男のクリフだったか。たまに村で見かけたことがある。
「俺、殴られて意識を失っていたんだ」
「あぁ。すまない、二人の存在に気が付くのが遅れた」
ロシェを人質に、大人しくついてこいと言われ夫婦の家の納屋へと閉じ込められたそうだ。
ドニが簡単に信じてしまったからだ。ロシェまで危険な目にあわせることとなってしまった。
「ロシェ、ごめんね。俺が」
「違う。こんな真似をするやつが悪いんだ」
と納屋の入り口を睨みつける。丁度、三人が納屋の中へと入ってきたところだ。
「本当、ドニは扱いやすいわ。子供が病気だって薬草を貰いに行ったときも、全部嘘なのに信じちゃって」
ケタケタとエイダが笑う。
「おじさん、おばさん、どうしてこんなことを」
「ドニ、ごめんね。大人しくしていてくれたら酷いことはしないから」
クリフは大きな体を丸めて手をもじもじとさせている。
「クリフ、お願いだから二人にやめてって言ってよ」
彼は大人しい男だ。きっと親に言われてやらされているだけだろう。ドニの言葉を聞き、両親の様子を窺っている。
「クリフ、お前は親の言うことが聞けないのかい!」
エイダの声にびくりと体を震わせる。そういわれ続けて生きてきたのだろう。二人の後ろへと隠れてしまった。
「さてと、金目の物は……、おや、ロシェ、随分といいもん持っているじゃないか」
ロシェの耳に光る宝石へと触れた。それはファブリスとの愛の証。ロシェにとって大切なものだ。
「これに触るな」
ロシェが嫌がるように首を振り、エイダがそれに逆上し平手を打った。
「お前は、置かれている状況がわかっていないようだね。ドニがどうなってもいいの?」
ロシェでは手が負えないからドニを狙う。
「クソが」
「おばさん、それだけはやめて」
自分のせいだ。
捕まったのも、その後も、自分が弱く愚かだから。
必死でかえしてくれお願いするが、エイダはすでに自分のモノのように宝石を眺めていた。
「はぁ、綺麗だね。こんなの見たことがないよ。本当、村のお荷物も役に立つものだ」
ほぅ、とため息をつくエイダに、ダニエルが自分にも手を伸ばすがその手を払いのける。
「クリフ、もっと金目のものはないか調べな」
「う、うん」
クリフがドニの体を調べ始める。
「お願いだから宝石は返して」
「返せ、クソがッ」
縄をほどこうと暴れるロシェに、ダニエルが蹴りを入れる。
「ぐはっ」
それが鳩尾に入りロシェが苦しそうに倒れこむ。
「お前みたいな醜い火傷を負ったやつに、こんなきれいな宝石は似合わないよっ」
エイダが鼻で笑う。その言葉に、びくりとロシェの体が震えた。
どうしてそんな酷いことを口にできるのだろう。ドニは一気に怒りがこみあげてきてクリフに体当たりをして突き飛ばすと立ち上がった。
「そんなことない。ロシェが身に着けているから宝石もさらに輝くんだ! お前にその価値がわかってたまるか」
悔しくて泣くまいと涙をこらえながら叫ぶ。
「……ドニ」
ロシェが泣きそうな顔をしている。くだらない欲をだし傷つけた。それは決して許せない。
「は、何もできやしないくせに。まぁいいわ。あとはこいつらと引き換えに金をたんまりと頂かないとね」
「あぁ、そうだな」
エイダとダニエルが顔を見合わせて笑う。クリフはおどおどとしながら二人を見ていた。
「お前らにこれ以上は奪わせない」
大切な宝石も、思い出も……。
「うわぁぁぁっ!」
ドニはエイダめがけて突進していく。
だが、二人には届かない。後ろからクリフにつかまれてしまったからだ。
「クリフ、よくやった」
「放せぇっ!」
懸命に離れようと動くがクリフは力が強くしっかりと抱きかかえられていている。
「ドニ」
ロシェが立ち上がる。
「おっと、動くなよ。ドニがどうなってもいいのか?」
とダニエルに言われてロシェは歯を食いしばった。
その時、納屋の扉が吹っ飛んだ。皆が一斉に視線を向ける。
「ドニとロシェに何をした」
ファブリスだ。耳と膨らんだ尻尾が立ち上がり、目をつりあげて牙をむき出しにうなり声をあげる。
怖い。初めて獣人をそう思った。体が強張り動けなくなる。
「ひぃぃ、化け物っ」
エイダとダニエルは震えながら抱き合い、クリフはドニを床に落として逃げてしまった。
「許さぬぞ、人の子よ」
鋭い爪で引っ掻く、もしくは牙で噛みつく。それを強調するように二人へと詰め寄っていく。
「お許しください」
許しを請うように手をすり合わせてファブリスを見上げていた。
「ファブリス、おばさんからロシェのピアスを取り返して。ポケットのどこかに入っているから」
その言葉に、エイダは咄嗟にエプロンの左ポケットを手で押さえた。
「そこか。素直に差し出すなら何もしない。だが、これ以上、俺を怒らせるような真似をしたらどうなるかわかるな?」
歯をむき出しにし、爪をたててエイダの顔の前へと持っていく。
「エ、エイダ、は、は、早く、それ、それを返すんだ」
ダニエルはすっかり恐怖に支配されていているが、エイダはそれでも欲が勝っているようでふてぶてしい。
「嫌だよ、これは私のモンだ」
「頼む、それだけは返してくれ。俺の大切なものなんだ」
頭を下げるロシェに、エイダは驚いた顔を見せて、
「くっ、返すわよ! だから許してよ、ねっ、ね」
そうロシェの掌にピアスを置き、ドニとファブリスへと顔を向ける。
「調子がよすぎる。あんな酷いことをしたというのに」
だが、ピアスが戻ってきて大切そうにそれを手の中に包み込むロシェの姿を見ていたら、ファブリスの逆立っていた毛は落ち着き、尻尾を揺らし始めた。
「ロシェ」
ファブリスがロシェを抱き寄せた。
「心配をかけた。こいつらは放っておいても大丈夫だ。もう変な真似はしねぇだろ?」
「……あぁ」
また同じような真似をするなら次はない。それがわかったのだろう。エイダとダニエルは大人しくなる。
「ドニ帰ろう」
「うん。おじさん、おばさん、さようなら」
納屋を出て荷馬車へと向かう。
ファブリスがドニとロシェを抱き寄せ、
「怪我はないか」
と顔を覗き込む。
「うん。頭を殴られたけれど大丈夫」
「俺は大丈夫だ」
そういうとファブリスはホッと息を吐き、交互に二人の額に自分の額を合わせた。
「二人に何かあったら俺は自分を許せない」
彼らにも怪我を負わせてしまっていたことだろうと、落ち込んでいるようで耳と尻尾をたらしている。
もしファブリスにそんなことをさせてしまったら、ドニは余計に自分を許せないだろう。
「ごめんね、ファブリス。ごめんね、ロシェ……」
自分の行動ひとつがほかの人まで巻き込んでしまうのだ。
「もういい。反省をしているのだろう?」
だからもうおしまいだと丁度、頬に首肉がくるようにしゃがむと後頭部へと手を添えてそこへ押し付ける。
もふんとした感触にドニは泣きそうになった。
その気遣いと優しさに。
「ファブリス」
そこへ頬ずりをすれば、ロシェに首根っこをつかまれて引き離された。
「もう落ち込んでいないようだぞ」
少しムッとしているのはやきもちか。ドニの口元が綻び、そして二人も口元に笑みを浮かべた。
「はは。それなら屋敷へ帰ろうか」
「うん」
荷馬車へ乗り込むと屋敷に向けて走りだす。
やっと一息付けた。
「ドニ」
「ん?」
ロシェがドニの手をつかむ。
「ドニが『ロシェが身に着けているから宝石もさらに輝くんだ!』と言ってくれた時、すごくうれしかった」
耳元の宝石に触れ、そしてほほ笑む。いつも男らしい彼が綺麗でドキッとした。
「はぁ、ファブリスがメロメロとなる気持ちがわかるかも」
そう口にすれば、すぐにいつものロシェが顔を出した。
「ドニ、頭を殴られたんだっけな。今頃になって症状が出たようだ」
大丈夫かと頭を撫でられる。
「もうっ、さっきは綺麗だと思ったのに、可愛くなーい!」
両頬をつかんで引っ張ると、ジト目で見られて余計に可愛げがなくなった。
「はぁ、いつものロシェだ」
と笑うと、お返しとロシェに両頬をつかまれる。
互いに変な顔になって、腹を抱えて笑いあう。
こうしあえるのも大切なものを奪われずに済んだおかげだ。
「ドニ、無事でよかった」
「うん。ファブリスありがとう」
御者をするファブリスの背中に二人そろって抱きつくと、尻尾がゆるりと揺らぐ。
「そろそろ屋敷につくぞ」
視線の先に屋敷が見えてきた。
帰ってきた。それが二人の気持ちをさらに安堵させた。