獣人、恋慕ノ情ヲ抱ク

真実を知り意識する

 予約の客がくるそうなのでブレーズの店を後にし、家へと向かうことにした。
「シリル、あそこのお家だよ」
 家を指さすと、シリルが目を輝かせた。
「可愛い家じゃないか。庭もあって日当たりも良い」
「そうなんだねぇ。乾燥させる作業があるからすごく助かるんだよね」
 ドニが住んでいた場所よりも庭も広い。納屋をたてても十分にスペースはあるだろう。
 家の門の前で馬車が止まり降りると、セドリックが家から出てきた。
「セドリック」
 ゾフィードが出迎えるとばかり思っていたので驚いた。
「森に行くんだってな。そのことでランベール様に呼ばれてな。二人が来ることを聞いていたのでかわりに俺が待っていた」
「そうなんだね。ありがとう」
「ドニ、中に入っても?」
「うん、どうぞ」
 シリルを連れて中に入ると、部屋の中を興味深そうに眺めている。
「おお、入ってすぐにキッチンがあるのだな。向こうはくつろぐための空間か?」
「そうです。庶民が住む一般的な家の間取りはこんなです。入ってすぐにリビングで奥にキッチンがあるとか、リビングキッチンだったりするんですよ」
 ドニが前に住んでいた場所は二部屋しかなかった。この家は上にも部屋があるので随分と広い。
「そうなのか」
「シリル様、ドニの部屋へまいりましょうか」
「ドニの部屋かっ、見に行こう!」
 階段を上がり寝室とは逆の部屋。ドアを開けると机と棚があり、窓には可愛いカーテンがつけられていた。
「え、これって……」
 セドリックが用意してくれたのかと振り向けば首を横にふるう。
「これはゾフィードが作ったんだ。作業をするのに必要だろうからってね」
  机にも棚がつけられていて、そこにランタンがぶら下げられるようになっていた。
「上にも棚がつけられているから調合途中の瓶をおいたりできそう」
「この棚には透明な扉がついていて中がわかりやすくなっているぞ」
「すごい」
 一つ一つ、ドニのために作られているのがわかる。
 ここにゾフィードがいないのが残念でならない。いたら絶対に抱きついていただろう。
「アイツは手先は器用だがここが不器用だからな」
 とセドリックは自分の胸を親指でさした。
「ドニ、ずっと話さなければいけないと思っていたのだが、聞いてくれるだろうか」
 ピンと背筋と耳を立て、セドリックが頭を下げた。
「ドニ、すまん。お前を番にしたいといったのは嘘なんだ」
「そうだったんだ」
 正直に言えばウソで良かったと思っている。想いは届かなくともドニにはゾフィード以外は考えられない。
 セドリックには本当によくしてもらった。だから申し訳ない気持ちもあった。
「あの鈍感を煽るためだとしても言うべきではなかったな。ドニを困らせてしまったな」
 と頬に触れる。
 ほっとしたのが顔に出てしまっていたようだ。
「ごめんねセドリック。俺のためにしてくれたことなのに」
「いや、そんなことは……」
「番の話はランベールから聞いていたが、僕はいい案だと思っていたから黙っていた」
「えぇ、そうだったの」
 シリルも嘘だということを知っていたのか。どうしようと悩んでいた自分が恥ずかしい。
「あれの効き目はあったと思うぞ。ドニよ、あ奴は素直ではないから手こずるだろうが頑張るのだぞ」
「シリル」
「ドニの味方だからな」
「セドリック」
 甘えるように二人に手を伸ばして抱きしめると、ぽんぽんと背中を叩かれる。
 両手に獣人の状態で、もふんと顔を埋めて感触を楽しむ。
「こら、ちゃっかりモフモフタイムを楽しむなっ」
「えぇっ、嬉しいのとモフモフとした感触がまざりあってさ、興奮するぅ」
「はは、ドニらしいな」
 そうセドリックは笑い頭を撫で、シリルはゾフィードが言うみたいに変態めと口にした。

 二人が帰った後、ゾフィードの帰りを待つ。
 素敵な部屋にしてくれたことが嬉しくて、ドニの頬は緩みぱなしだ。
 ドアを叩く音。そして、
「ドニ、帰ったぞ」
 とゾフィードの声だ。
 鍵を開けて扉を開くとゾフィードに抱きついた。
「ただい……、うおっ」
「ゾフィード、机と棚ありがとう。机に棚が付いているから調合途中の瓶とか置くのにすごくいいし、棚の扉のところ、透明になっていて何を置いたかわかるようになっているんだね。すごく使いやすそう!」
 興奮しながらまくしたてる。
「そうか」
 表情は変わらぬが尻尾がゆるりと揺れ、耳がぴこぴこと動く。もしや嬉しいのを顔に出さずに我慢しているのだろうか。
「もうっ、可愛いぃ」
 ちゅっと頬にキスをし、耳の後ろを掻く。
「ドニっ」
 ふにゃっと耳がたれて、ごろごろと喉が鳴り出す。
「ん、そこに、触れるな」
「ごめん、少しだけ」
 耳に口づけようとしていたので息がかかり毛が逆立った。
「あっ」
「こら、変態。触れるなといっただろう」
 ガードするように両方の耳を手で押さえて隠してしまう。
 前に触れたときは爪を立てて歯をむき出しにしてゾフィードに怒られた。だが、今は同じことをしても怒られるだけで何もされない。
 まぁ、あまりしつこくしたら本気で怒られるだろうからドニは撫でたい気持ちを抑えて、
「むふふ、ごろごろ頂きました」
 とふざけ気味に言う。
「まったく。油断も隙も無い」
 そういいながらも、尻尾が揺らいでいるのは嫌じゃなかったということかと、都合よく考えることにする。
「そうだ、いまので大事な話をするのを忘れるところだった」
 二日後に森へ行くことと、準備でゾフィードとファブリスは忙しくなるのでロシェがここに泊まりにくるという話をする。
 ロシェが来るのが嬉しいが、ドニのせいで二人に忙しいおもいをさせることになってしまった。
「俺のお願いのせいで迷惑をかけちゃったね」
「いや。今回はランベール様が大隊長に話をつけてくださってな、若い奴らを連れて行くことになってな。よい訓練になる。だから双方に得ということだ」
 そういうとポンと頭に手を置く。
 セドリックが真実を話していなかったら、ドニは意識をしなかったかもしれない。
 一度振られているのだ。だからただ優しくしてくれているだけだと思っていた。
 だが、あの日からゾフィードはドニに対して甘くなったかもしれない。
『ひどいよ、俺をどれだけ苦しめるの?』
 あれはドニが勘違いをして、泣いてしまったのだが、
『ちがう、そうじゃなくて。あぁっ、くそ、お前を泣かせるようなことを言いたかったんじゃない』
 と抱きしめてくれた。しかもベッドが大きくておちつかないといえば一緒に寝てくれた。
 少しはドニに対して好意を持ってくれたから優しくしてくれるのだろうか。
「ドニ、お前はそれでなくとも体力がないのだから、明日はご飯をよく食べて疲れたら休め。あと、夜更かしは禁止だぞ」
「わかった」
 期待して、もしも勘違いだったら。今度こそドニは立ち直れないかもしれない。
 だからゾフィードの口から聞くまでは今まで通り友達として甘える、そうしておいた方がいいだろう。