獣人、恋慕ノ情ヲ抱ク

ブレーズの店

 朝、ゆっくりと目覚め、シリルと朝食を食べる。
 ランベールの姿はすでになく、森へ向かう話し合いのために出かけたという。
「迷惑かけちゃってるよなぁ……」
 手伝わせてと言われて甘えてしまったが、まずかったかなと今更思う。
「ドニ、僕たちは手伝うことをやめないからね」
 だから、それは言ってはダメだと指が唇へと触れる。
「シリル」
「さ、食べたら早速出かけるよ」
「わかった」
 食事を終えて一息ついたところで街へ出ることにした。
 それはドニが服を調達するのに行った場所だった。
「ここは人の子の店が多くてな。ドニも店を構えるならここがいいと思っているのだが」
 獣人だらけだとドニが落ち着かないだろうしと笑う。
「う、その通りだけどぉ」
 お店そっちのけで働く獣人を眺めてしまうかもしれない。
 だが、店を開きたくとも空いている土地がないと無理だ。馬車から見て回ってみたがどうもないように見える。
「誰かから話を聞けるとよいのだが」
「あ、それなら俺が洋服を買った店の店主に聞いてみない?」
 店主であるブレーズのことを思い出す。たれ目で甘いマスクをした人の子の男だ。
「そうだな。建てる時にどうしたのか聞いてみるか」
「うん」
 もう一度会いたいと思っていたのでその誘いにすぐにのる。
 店の中へと入れば、獣人の母親と娘だろう、二人がブレーズと話をしながら外へと出てくる。
「ありがとうございました」
 二人が馬車に乗り込んだ後、
「いらっしゃいませシリル様、ドニ」
 お辞儀をし、にこりと笑う。
「またブレーズに会えてうれしいよ」
 ブレーズの手を取ると、ドニの手を握り返してくれた。
「ドニから聞いている。会えてうれしいよ」
 とシリルとブレーズが握手をする。
「光栄です」
 こちらにどうぞと奥にあるテーブル席へと招かれる。ブレーズがパーテーションの向こう側へとむかい、お茶と菓子を用意してくれた。
「今日は、何かお探しでしょうか」
「実はねブレーズに聞きたいことがあって。ここに店を建てる時、場所はどうやって手に入れたの?」
「ここらの土地は獣人商売組合のものなんですよ。店を出せる許可が下りた後に空き店舗を借りることができますし、お金があれば買取もできますよ。それに、ここは安全ですから」
 大抵の人の子は獣人よりも力が弱い。ゆえに強盗に狙われるリスクがあり、守るために獣人商売組合が雇っている用心棒が目を光らせているそうだ。
「そうなんだ。やはり品物を先に作らないといけないね」
「そのようだな」
「ありがとう、ブレーズ」
「うんん」
 わからないことばかりだから話を聞けてよかった。
 この後は店の品を見せてもらおうかとシリルに言おうとしたが、すでに見る気でいたようで、
「次は買い物の時間だな」
 と尻尾をふりふりとしている。
「ブレーズの服、着心地がいいし、お洒落だよねぇ」
 成人の儀に着ていくために選んだ貰った服もすごくよかった。
 ゾフィードが用意してくれた服もサイズを合わせてもらったし、服がシンプルすぎるからと可愛い刺繍も入れてくれた。
「成人の儀で着ていた服がドニに良く似合っていて、僕も欲しいなと思っていたんだ」
 気になった品があると手に取り、鏡の前に立ち、服を当てていく。
「シリル、これ似合っているね」
「そうか」
「はい。今着ていらっしゃる服はかわいらしさがあるものですが、こちらは大人へとなりつつあるシリル様の、これからの服ですね」
 シリルは可愛さを残しつつ大人の雄へとかわりつつある。
 ドニは残念ながら成長が止まってしまったが、シリルは出会った頃よりも背が伸びている。
 ランベールと婚姻を結び、色香も出てきたのではないだろうか。
「うん、これを頂こう」
「はい。それでは寸法を測らせてください」
「ドニ、待っていてくれ」
「わかった」
 待っている間、服を見て回るとそこに手作りの花を見つけた。薄い布を丸めて薔薇の花を作ってある。
「よくできているなぁ。これに匂いがあったら楽しいかも」
 身につけるたびにふわりと花の匂いがしたら、自分だけでなく周りの人もうきうきとした気持ちになれるだろう。
 自分の店を持つことができたらブレーズと一緒に何か作ってみたい。
 夢が膨らみ、楽しくなってきて一人でにやにやとしていたら、
「ドニ、何をにやついている」
 と寸法を測り終えたのだろう、シリルが横から顔をのぞかせる。
「わっ、シリル」
 花が丁度耳のあたりにあって、それが似合っていて可愛い。
「お花、似合うねぇ」
 むふっと笑えば、
「ドニよ、これはコサージュといって胸につけるんだ」
 とそれを手に取り胸に当てる。
「耳につけるんだと思った」
「雌用なら耳につけるものもあると思うが。なぁ、ブレーズ」
「はい。男性用のコサージュはこちらになります」
 引き出しを開くと、中にコサージュが並べてある。
 女性用は可愛いものや品のある華やかなもの、男性用は落ち着いた色でかっこいいものがおおい。
「わぁ、羽がついているのとか、チェーンがついてたりしているんだ。それに宝石のもあるんだね」
「これを求婚するときに贈る獣人もいるからね」
 それは素敵だなと、妄想世界に入りそうになってシリルに止められた。
「まったく、ドニは隙あれば妄想に入ろうとする」
「えへ」
 妄想でしか相手に贈ることができないから。つい、夢を見てしまうわけだ。
「ドニの気持ちわかるな」
「え、ブレーズも妄想したりするの?」
「するよ。僕だって恋はしたいもの」
 寂しそうに笑うブレーズに、もしかしてとドニは気が付いてしまう。
 きっと自分と同じような恋をしていると。シリルも気が付いたか、
「もしも相手に嫌われていないのなら、好きな気持ちをやめてはだめだぞ」
 そういうとブレーズとドニの手を握りしめた。
 シリルも辛い恋をしていた。毛並みのことで悩んでいたし、好きな相手とは年の差があり、無理だろうと思いながらも好きでいるのをやめなかったのだから。
「シリル様はお強いのですね。ランベール様のことも思い続けていたのですか?」
「相手は大人だし雌に人気がある。いつか相手ができて結ばれてしまうのではと怖かった。だが、本気で好きなんだ。簡単には諦められぬ」
 そうきっぱりという。
「はぁ、シリル様、かっこいいです」
 ほう、とブレーズが息を吐く。
「うん、うん、かっこいいよねぇ」
 思えばブレーズも獣人が大好きな人の子だ。
「なんか、ドニが二人いるみたいだな」
 そう二人を交互に見るシリルに、ドニとブレーズは顔を見合わせて笑った。