求愛される甘党の彼

口説く彼に、困惑する彼

 頭の中が煮詰まり、気分転換に散歩でもと家をでたが、帰りに寄ろうと思っていた喫茶店に珍しい人を見つけた。
 今日は約束などしていない。なので、彼は客としてここに訪れたのだろう。
 ドアベルの音があまり鳴らぬようにそっとドアを開け、自分に気が付いた江藤が口を開きかけた時、口元に指を当てて「内緒にして」のポーズをとる。
 江藤はすぐに何事もなかったように百武との会話に戻り、乃木は二人の傍へと忍び足で近寄る。
 そして、彼が甘党であることを知った。
 それが切っ掛けで百武と話すことができた。しかも、彼の事を少しだけ知る事も出来た。

 それからというもの、百武から目が離せなくなった。
 原稿を読む姿を眺めていたら、百武に気が散ると小言を言われ、それでも眺めていたら、鬱陶しいからとカウンターの席に行くように言われた。
「乃木さん、程ほどにしないと」
「うーん、そうだよねぇ。でも、気になりだすと駄目なんだよ」
 困ったねと苦笑いすれば、
「まるで恋をしているみたいですね」
 と言われて、流石にそれは無いと江藤を見てから百武を見る。
 真剣な表情を浮かべいた彼だが、ふっと口元に笑みを浮かべ。
 その表情を見た瞬間、胸が激しく高鳴り。
「え、ええっ!!」
 驚いて思わず大きな声がでてしまい、あわてて口元を押さえる。
 百武は読むのに夢中になっているせいか、こちらを気にする素振りも見せない。
「わ、乃木さん、いきなりどうしたんです!?」
「あ、いや、ごめん、なんでもない」
 お騒がせしたねと、静かに腰を下ろす。
 まさか、そんなはずはない。
 ただ、驚いただけ。
 そう思いながらそっと百武へと視線を向ければ、やたらキラキラと輝いて見える。
「参ったな」
 そうボソッと呟けば、江藤が不思議そうな顔を浮かべて見つめていた。

 百武を意識して見るようになり、いつの間にか大きく育ち恋心へとなる。
 それからというもの、色々な彼を見たくて目で追うようになっていた。
 あまりにジッと見つめていたせいか、視線に気がついてものすごく嫌そうな顔をされた。
「あんまり見ねぇでくれませんかね」
「あれ、俺、百武君の事を見てた?」
「えぇ。男に見つめられて喜ぶ趣味はねぇんで」
 そう言うけれど、女性に見られたらそれはそれで困る癖にとぼやきつつ。
「実はね。君の事が気になってしかたがないんだ」
 と思いを素直に口にする。
「な、俺のどこが、ですか!? 自分で言うのもなんですけど、顔は怖いし、愛想もねぇですし。一緒にいて楽しいとは思えねぇです」
 趣味が悪ぃです、と、自分の事をそこまで言わなくてもと逆に思ってしまう。
 今の百武はオフモードのようで、しゃべり方に遠慮がない。
 この話し方をする百武とは、先生と編集担当という間柄ではなく感じて嬉しくなる。
「君はそう言うけれど、自分の価値を解ってないよね」
「何を言っているんですか。自分の事なんで解ってますよ。からかうつもりなら、勘弁してください」
「そんなつもりはないんだけどねぇ。まぁ、君にそう言っても信じては貰えないのだろうけど」
「相手が乃木先生ですからね」
 なんか、傷つく。
 肩を落としてため息をつくと、百武の眉のしわが更に深さを増す。
 これ以上、彼の機嫌が悪くならぬよう、乃木は視線を外した。

◇…◆…◇

 出版関係の仕事につきたいと思うほどには本が好きだ。乃木の担当に決まり、他者で出版されているものも含め作品を全て読んだ。
 実に面白かった。
 彼と共に仕事をするのが楽しみで、しかも、原稿を一番に読むことが出来るのが嬉しかったのだ。
 作家としての乃木は尊敬しているし好きだ。だが、一人の男として見るならば苦手な部類に入る。
 今日も開閉一番に仕事の話をするより先に、どこかへ一緒に行こうと誘われる。
「一緒になんて無理です」
「行く前から、何故、無理だというんだ?」
「俺、乃木先生みたいなタイプは苦手なんです」
 二人の間にあった壁をいつの間にか越えていて。気が付くと乃木のペースに巻き込まれる。
 これ以上、近寄られたくない。
「少しぐらい強引にしないと、俺の事なんて考えてくれないだろう、君は」
 だから押しまくるよと、手を握りしめられる。
「それが嫌なんですって」
「でも俺は君と笑いあいたい」
 楽しませてあげるからと、引く様子は全くない。
「結構です」
 乃木の手を振り払い、原稿を渡してほしいと言う。
「そう言わずに、デートしようよ」
「しつこいです。しかもデートって、何時の間にそうなったんです!?」
 このままでは乃木のペースだと思いつつも口を出すをやめられない。それくらい頭に血が上っていた。
「兎に角、何度誘われようが乃木先生と一緒にどこかへ行く気はねぇんで。俺の事はあきらめてくれねぇですかね」
 イライラと腕組みをしながら二の腕を指でトントンとたたく。
 しかも乃木は何か企みがあるのか、目を細めて口角を上げる。
 それが更に百武の神経を逆撫でし、もう話しなどしたくないとだんまりをきめようとした。
 すると、
「なら、俺が書く新しいジャンルの話を読んでみたくない?」
 なんて、百武の前に餌をぶら下げてきて。
 しかも絶対に食らいつくと解っていての、とびきり餌を、だ。
「なんですか、それ。読みたいに決まっているじゃないですか!」
「なら、デートね」
 間髪入れずに言われ、グッと喉が詰まる。
 デートなんて絶対にしたくない。だが、新しいジャンルの話はそそられる。
「それを引き合いにするなんてずるいです」
「何だって手を使うよ、俺は」
 得意げに言われ、
「……わかりました」
 百武はとうとう白旗を上げるハメとなった。
「ものすごく嫌ですが、デートします。どこへ行くかは乃木先生が決めてください」
「了解」
 後で連絡すると言われ、今から憂鬱な気持ちになる。ここは新しい話の事を思いながら耐え凌ぐしかない。

 それから三日後、乃木からメールが届き、デートをする日取りが決まった。