恋をする甘党の彼

何気ない時間が幸せなんだ

 この二週間はなんだかんだと忙しく、恋人とゆっくり過ごす時間すらなかった。
 それも要約おちついて、金曜の夜からお泊りをさせて欲しいと言ったら二つ返事でOKを貰った。
 いっぱい甘えようと思っていたが、急遽、浩介を預かることになったと言われ、二人きりの時間は土曜の夜までお預けだけど、浩介君に会えるのは嬉しいので良いですよと返事をした。
 江藤の喫茶店で待つ浩介君をお迎えに行き、一緒にお泊りする事を伝えると可愛い顔をして喜んでくれた。
 その表情に癒されながら、途中でファミレスで食事をし、信崎の住むマンションへと向かう。
「あ……、真野、入る前に言うけれど、俺達は残業続きですごく忙しかったよな」
 何かびくびくとしながら信崎が真野を見る。
 なんとなく察しがついた。
 なので、
「あぁ。大丈夫ですよ。俺だって流石に部屋を掃除する余裕がなかったんですから。信崎さんは俺よりも忙しかったんですし、多少の荒れようは大丈夫です」
 そう言ってやれば。
「そうか」
 表情を明るくさせ、玄関のドアを開く。
 目を疑う様な惨状。
 そうだ、仕事が忙しかったから仕方がないんだ、と、自分に言い聞かせるしかない位に酷いありさまだ。
「な、な、な……」
 部屋を眺めながめ震える真野に、ごめんねと言って信崎はてへっと首を傾ける。
「可愛くないですから、全然」
「てへ」
 浩介が真似をして首を傾げて、その仕草は文句なしに可愛い。
「信崎さん、浩介君と一緒に風呂入っててください」
 なんか前にも同じようなセリフを言わなかったけ? と思いつつ。
 汚い部屋に進み、綺麗そうなバスタオルと下着を手にしてバスルームへと置く。
 浩介君の服はリュックに詰められおり、そこから出して置く。
「遊んでいていいですから、出来るだけゆっくり入っていてください。いいですね!?」
 真野の迫力に、信崎は素直にうなずいて浩介を抱き上げて中へと入っていった。
「よし、やるか」
 腕を捲りまずは使ったまま放置されている食器をシンクに、服は洗濯かごに、そして新聞や雑誌をまとめる。
 ごみは一先ずベランダに置き、掃除機を掛けてテーブルを拭く。
 どうにか人が住めるくらいには綺麗になっただろうと部屋を見わたせば、丁度、風呂から上がった二人がリビングへと来る。
「おお、綺麗になってるぅ」
「すごい、すごい!」
 目をキラキラさせて真野を見る二人はさすが親子だと思う。
 同じ反応を見せるものだからつい笑ってしまった。
「真野ぉ、何笑ってんだよ」
 頬をぷにぷにと摘み顔を近づけてくる信崎に、真野の表情は緩みっぱなしだ。
「だって、可愛いんですもの、二人とも」
 このやろうと散々と頭やら頬やら弄られ。満足した信崎が、片付けありがとうと礼を言う。
「いいえ。さて、次は洗い物をして洗濯をして……」
 やることを口に出して確認している途中で、
「なんか、良いな、こういうの」
 と、真野を優しく見つめていた。
「!」
 好きな人からそんな顔をされて嬉しくない訳など無い。
 口元に手の甲を当て照れる真野の、その額に唇が触れる。
「可愛いな、お前」
「の、信崎さん! 浩介君がいるんですよ」
 ソファーに座りテレビに夢中になっている浩介へチラッと視線を向ける。
「そうだったな」
 と、恍けて。浩介の視界に入らぬようにキッチンへと連れ込まれる。
「もうっ」
 それでも自分に触れてくれることが嬉しくて。
 信崎の袖を掴み引っ張れば、唇に柔らかいモノが触れた。
「ん……、のぶさきさん」
 このままキスしながらベッドに押し倒され、感じる場所の全てに触れて欲しい。
 ちゅっちゅと音をたてながら唇を啄み、手が服の中へと入り脇腹を撫でる。
「ふぁ」
 信崎を求めるように真野の方から舌を絡めれば、目を細めて唇が離れる。
「あ、ん」
 切なく呟かれる声に、
「続きは明日の夜までお預けな」
 その時は覚悟しておけよと、親指で濡れた唇をなぞった。
「……はい」
 名残惜しそうに上目使いで信崎を見れば、ふっと笑って背中に腕を回してぽんと触れる。
「エロくおねだりしてくれるの、楽しみにしているからな」
 と冗談交じりに言われて。
 真野はカッと頬を赤く染めて、馬鹿と言って信崎の腕を叩いた。

◇…◆…◇

 朝、寝ぼけた浩介君にママと足元に抱きつかれて、キュンとなった。
「浩介君、おはよう」
 と頭を撫でれば、母親ではなく真野だという事に気が付いたようで。
「あ、お兄ちゃんだった」
 そういって笑顔を見せる。
「くぅ~!! なんて可愛いんだ!」
 その体を抱っこして寝室へと向かう。
 気持ちよさそうに眠る信崎を見ていたら、ちょっとした悪戯を思いついた。
「ねぇ、浩介君、お布団の中に潜ってパパをくすぐってきて」
「うん!」
 元気よく布団の中にもぐっていき、くすぐりはじめた。
「ん……、ぐは、ちょっと、そこは」
「こちょこちょ」
 そう口にしながら手を動かす浩介君。
「や~め~ろぉ~、浩介ぇ」
 くすぐったくて身をよじる信崎に、
「目、覚めました?」
 と頬を撫でる。
「わぁ、起きるから、浩介、やめて」
「浩介君、もういいよ」
 と布団を捲りあげて浩介君を抱き上げた。
「楽しかった」
「そう。じゃぁ、朝ご飯を作っちゃうからパパにお着替えさせて貰ってね」
「はーい」
 手を上げてよいお返事をし、服の入ったリュックの傍へと向かう。
「なんか、真野にパパって言われると、本当の夫婦みたいだな」
 そう嬉しそうに言う信崎に、真野も照れつつ。
「実はですね、さっき、寝ぼけた浩介君にママって言われました」
 キッチンでの出来事を口にする。
「そっか。じゃぁ、浩介を着替えさせてくるな、ママ」
 と、ママの部分をやたら甘く耳元で囁き。
 耳を押さえながら信崎の方へと顔を向けると、口角を上げて浩介の傍へむかう。
 真野は寝室を出てリビングのソファに倒れ込むように身を投げる。
 恥ずかしい。ものすごく恥ずかしい。
「アレはやばいって」
 足をばたつかせてクッションに顔を埋める。
 ドキッとした。
 浩介に言われた時は微笑ましく思っていたのに、信崎が相手だと胸の鼓動が落ち着かない。
 唸り声を上げている所に、脇腹にくすぐったさを感じて。
「ひゃっ、え、何?」
「こちょこちょ攻撃」
 と浩介が真野の脇腹をくすぐっていた。
「ちょっと、浩介くぅん」
「さっきの仕返し。ほら、もっとだ、浩介!」
「え、信崎さん、ひゃはっ、もう、だめぇ」
 降参と、掌を浩介の方へ向ければ、信崎が良くやったと浩介の頭を撫でまわす。
「えへへ」
 得意げに見上げてくる浩介君と信崎に、真野はキュンとしながら二人に朝食にしようとキッチンへ行くように言う。
「はーい、ママ」
 なんたる不意打ち。
 声を合わせて言う二人に、真野は目を大きく見開いてかたまる。
「な、なっ」
 そんな姿に、悪戯が成功したとばかりに手を合わせてキッチンへと向かう二人。
「あぁ、もぅッ!」
 この親子、どうしてくれようか。
 一人、真っ赤になる真野に、キッチンから信崎が呼ぶ声が聞こえる。
「はい、今行きます」
 なんだかんだ考えた所で、結局は好きな人の笑顔の前に勝てるわけがない。
 真野はしょうがないよねとため息をつき、愛しい人の待つキッチンへと向かった。