後輩は先輩に片思い中
会社の先輩である信崎に恋をして、想い悩んでいたのはつい最近の事。
告白をしてふられてしまったけれど、
「もっと信崎に自分の事を知ってもらおうよ、ね」
そう喫茶店のオーナーである江藤に励まされ。真野はこの恋愛に終止符を打つことなく進もうとしている。
信崎は真野の気持ちを知っても、今までと変わらずに後輩として可愛がってくれる。
いくら男同士に理解があるからといっても、いざ、自分に好意を向けられたとしたら困るだろう。だが、そんな素振りを見せる事もない。
だから真野が信崎の優しさにつけこむのは仕方がない事。
酒に酔った勢いで、下心いっぱいに好きな人に甘え、うまく家へとお持ち帰りしてもらった。
なのに、だ。部屋を見た瞬間に酔いは一気に醒めた。
――なんだ、このゴミ屋敷は。
出かかった言葉を咄嗟に口を押える事で飲み込んだ。
「いやぁ、忙しくて掃除する暇なくてさ」
そう頭をかきながら笑う信崎に、真野は身を震わせながらボソッと呟く。
「……掃除」
「ん?」
「掃除するから信崎さんは風呂に入っていてください!!」
籠の中に突っ込んだままのバスタオルと下着を手渡してバスルームへと押し込む。
「え、あ、真野くん」
何か言いたそうだが無視をして袖を捲りあげる。
せめて座れる所は確保したい。
散乱している雑誌類をひとまとめにした後、干して乾いている洗濯物は箪笥の中へとしまい、洗濯物は籠の中へと入れる。それから洗っていない食器は流し台に置きごみを拾い袋へと捨てる。
どうにか片付いた所に、風呂上りの信崎が髪を拭きながら「随分と綺麗になったな」と言われて、引きつりそうになりながらも如何にか微笑んで見せた。
あの部屋を見てしまってから真野は掃除を口実に休みの日に信崎の所へ行くようになった。
信崎は家の事をするのがあまり好きではないようで、助かるよと言いながら真野に全てを任せてくれる。
真野が掃除や洗濯をしている間、信崎はソファーに座って本を読んだりテレビを見ている。
信崎の為に何かをしてあげることが嬉しい。
何か面白い事があると呼ばれて、ソファーに並んで座り一緒にそれを見たり、掃除をしている自分を見ている信崎の視線を感じ、意識してしまう時がある。
そんな些細な事が幸せで、信崎が好きだと胸が熱くなる。
「真野、いつも悪いな」
そう、時折、大きくてゴツイ手で、頭を優しく撫でてくれる。それがすごく嬉しい。
掃除が終わると俺を駅に送りがてら昼をご馳走してくれる。
真野はこっそり心の中で「ランチデート」と思いながらその時間を楽しみにしている。
「そうそう、今度の土日に泊まりに来る奴がいてさ。掃除はいいや」
その言葉に、楽しい気持ちは一瞬で吹き飛ばされる。
泊まりに来る人は家族? それとも恋人……?
もし、後者だとしたら。
そう思うと胸が押しつぶされそうに苦しみだして。それに耐えるように真野は無理やり笑みを浮かべる。
「わかりました。部屋、汚しちゃ駄目ですからね」
「はい。出来るだけ頑張ります」
そう自身無げに言う信崎に、真野は頑張ってくださいと言い。すっかり食べる気が失せてしまったが、残っている食事をムリヤリ口の中へ詰め込んでいく。
全く味を感じなくなて、食べる事がとても辛い。
いつもは残さず食べるのに、今はとてもではないが無理そうだ。
信崎と話しながらゆっくりと駅へ向かう。それもデート気分を味わえて真野にとっては大切な時間なのだが、今日は買い物があるからここでと言い店を出てそのまま別れた。
一人になると信崎の家へと泊まりに来る相手の事ばかり考えてしまい、女性とベッドで抱き合う姿を思い浮かべて落ち込む。
信崎はだらしない所があるが、見た目も中身も良い男だ。彼女が居ない訳がない。
部屋に女性っ気を感じなくて安心していたが、彼女の所に泊まっているかもしれないと、どうして思わなかったのだろう?
信崎が何も言わない事を良い事に、毎週、休みになると押しかけて。それも、遠慮しないといけないかもしれない。
(でも、会社に居る時だけは、後輩として甘える事を許してください)
そう心の中で呟くと真野は胸の当たりでぎゅっと手を握りしめた。