甘党な男達と先輩後輩
真野は、泣ける映画を見てたらこんなになってしまったと明るく言っていたが、大池の目には無理をしているように見えた。
隣の席へ座った真野を心配そうに見れば、
「大丈夫ですよ、大池さん」
と微笑んで見せるが、その表情が余計に大池を心配に刺せる。
「真野……」
「さてと、お仕事はじめよかな」
パソコンを立ち上げてファイルを開きはじめる真野に、
「真野、後で話そう」
良いなと肩を叩けば、真野が顔を強張らせる。
「……大池さんは騙せないか」
解りましたと、後で話をするという約束をしてくれた。
昼休み、大池は真野を連れて外にあるベンチへと向かう。
暖かい日はそこでランチをする人もいるのだが、今日は天気も良くないせいか人気が無く都合が良い。
真野を座らせて暖かい缶コーヒーを手渡す。
それを両手で包み込むように持ちながら真野がポツリと話しだす。
「俺、ふられちゃいました」
昨日、信崎に会議室へと連れ込まれて告白してしまったのだという。
「信崎さん、俺の話を真剣に聞いてくれて。嫌われていると思っていたから驚いたって。俺の事を好きになってくれてありがとうって言ってくれたんです」
江藤さんが言っていた通りでしたと、素敵な人に恋をすることが出来て良かったですと微笑むが、
「結果、振られてしまったけれど、これですっきりできるって思ったのに。どうしても愛おしいって気持ちがなくならなくて。苦しくて、つらくて、ずっと涙が止まらなくて」
胸を押さえながら辛そうに顔を歪ませた。
「やっぱ、こういう時はやけ食いですかね」
そうしたら気持ちが晴れるでしょうかと、ぽとぽとと真野の目から涙が流れ落ちる。
「真野」
誰かを慰める事なんてしたことがなかった。
きっと江藤なら真野を上手く慰めることが出来ただろう。だが、自分にはこれが精一杯だ。
「すまんな、こういうのに慣れてなくて」
ぎこちなく真野を抱きしめて背中を擦ってやれば。
「大池さん、優しいなぁ……」
ぎゅっとスーツを握りしめてむせび泣く。
大池は真野が泣き止むまで抱きしめて背中を摩り続けた。
真野の目は更に真っ赤に腫れあがってしまい、流石に周りに何かあったと勘ぐられてしまいそうなので、体調が悪いからと早退させる事にした。
「真野、江藤先輩の所で待っているんだぞ」
良いなと両肩に手をのせて顔を覗き込むようなカタチて言えば、ハイといつもの明るい姿を見せる。
真野を見送った後に職場に戻ると、信崎が目配せして席を立ち大池はそれに気が付いてついていく。
会議室の窓を開けて煙草を吸い始める信崎に、大池は彼が口を開くのを待つ。
それから暫く沈黙が続き、灰皿に煙草を押し付けてもみ消し。
「話しは聞いたか?」
と聞かれ、はいと答える。
「目が更に酷い事になってしまったので、体調不良で早退させて江藤先輩の所へ行くように言っておきました」
「そうか」
懐から煙草を取り出して咥えようとした所で火をつける事無く煙草を元に戻す。
「ただ嫌われているだけなら会議室に連れ込もうなんてしなかった」
真野が見る目は、以前、近くで見たことのあるものだったからと大池を見る。
それは江藤が大池に片思いをしている時の頃で、相談相手になっていたそうだ。
「江藤が、お前の事を辛そうに見ている時があってな。お前、江藤と恋人同士になる前までは付き合い悪かったもんな」
仕事以外の事で話をしようとしなかった、あの時の自分。
江藤も自分の事を真野のような想いで見ていたと言う事か。
「俺、江藤先輩に悲しい思いをさせてたんですね」
今になって昔の自分が恨めしくなる。
落ち込みそうになる大池の背中を信崎が乱暴に叩いた。
「今が幸せなら良いじゃないか」
今更過去の事をどうこう言ってても仕方がないだろうと慰められる。
「はい。すみません、信崎さんの話を続けてください」
といえば、信崎は先ほどの話の続きをしはじめる。
「でだな、真野に江藤の件の事を話して反応を確かめた訳だ」
真野の反応は信崎の思った通りのものだったという。
「真野から好きだと言われた時は驚いたけれど嬉しかった。こんな俺の事を好きだと言ってくれたんだから」
だから自分の想いを誤魔化すことなく素直に真野に伝えたと、そう辛そうに微笑む。
「結果、あんなに泣かせることになってしまって。目……、真っ赤だったな」
「信崎さん、真野が素敵な人に恋をすることが出来て良かったですって、そう微笑んでましたよ」
だから、そんな顔をしないでほしいという思いを込めて信崎を見れば、
「大池、お前、本当変わったよな」
と笑い。
「ありがとうな」
真野の事をよろしく頼むと煙草を咥える信崎に、大池は「はい」と返事をし会議室を出て行った。