Short Story

愛をください

 生徒会は特に忙しくない日は集まってもすぐ解散となる。春日部は少しだけ書類の整理をしていくと残り、残りのメンバーは帰ることにした。
 神楽は寮へ帰るために昇降口へと向かい外へ出た。
 すると何人かの生徒に話しかけられ、囲まれながら歩いていると、門の前にいる四人の男女が目に入る。
 その中に三年の学年カラーである緑色のネクタイをしめた陵の姿があり、女子と楽しそうに話をしながら歩いていった。
 嫉妬で狂いそうだ。強く拳を握り、爪で自分の手のひらを傷つける。
「神楽君、血が」
 流れ落ちる血に気が付いた一人が声をあげる。
「あ、本当だ。保健室に行ってくるね」
 ついてこようとする人に笑顔を向けて大丈夫だからといい、一人で校舎へと引き返した。
 向かう先は保健室ではなく生徒会室。 
 ドアを開けると春日部が驚いた顔を向ける。
「どうした?」
「先輩」
 春日部を見た瞬間、涙があふれ出た。
 その様子に、ただごとではないと感じ取ったのだろう。生徒会室のドアを閉じ、神楽を抱きしめた。

 身体が怠く、そして傷が熱をもってじくじくとした痛みをかんじる。
 どうにか寮まで戻り、そして自室のドアを開く。
「おかえりなさい、神楽先輩」
 同室の後輩である大洋(たいよう)が声を掛けてくれる。名前の通りに明るくまるで太陽のように暖かい子で、神楽にとって癒しの存在だ。
「ただいま、タイヨウ」
 自然と笑みがこぼれる。自分はまだ心から笑えるのだなと思わせてくれるのも、大洋がいるお蔭だ。
「ご飯、食べに行きましょう」
 時間が合う時はご飯を一緒に食べる。沢山食べる姿を見るのが好きで、小食だった神楽だが、つられて前よりは食べるようになった。
 沢山食べると大洋が安心した顔をして、それが嬉しくもあった。
 だが今日はあまり食べたい気分ではなかった。しかし、食べないと大洋が心配する。だから、
「いこう」
 とその誘いにのることにした。
「今日はハンバーグですよ」
 寮の夕食でカレーにつぐ人気メニューだ。神楽にとってはあまり嬉しくない。
「楽しみだね」
「はい」
 明るく振る舞いながら部屋を出た。

 食堂では座る場所がだいたい決まっている。
 特に神楽は特別で、三年が座る席の近く、前は大洋が座り、そして斜め横には陵の姿がある。普段は隣に春日部の姿があるのだが、今はいないようだ。
 一気に気持ちが落ち込んでいく。
 それを誤魔化すようにご飯を口の中へと押し込んで飲み込む。
 そんな食べ方をしていたからか、ご飯は半分は減ったが、ハンバーグは全然手をつけず、
「タイヨウ、ご飯でお腹がいっぱいになっちゃったから食べて」
 とおかずを全て押し付ける。
「え、神楽先輩」
「ごめんね、部屋に先に戻ってる」
「え、あ」
 心配そうな顔をする大洋に、大丈夫だからと笑顔を向けて食堂を後にする。
 向かった先は部屋ではなく、共同トイレへだった。
 部屋にもトイレがついているので、この場所を利用するものは滅多にいない。
 気持ちが悪くて吐き戻していると、誰かが中へと入ってきて、ばれたくなくて気配を押し殺してやり過ごそうと思ったが、
「大丈夫か?」
 と声を掛けられて、その相手に胸の鼓動が跳ね上がる。
 何故、ここに?
 頭の中はその言葉でいっぱいとなる。
「おい、伊藤」
 ドアが叩かれる。
 返事ができないほどなのかと、誰かを呼ばれても困る。
「なんでしょうか」
 とできるだけ冷静に返した。
「大丈夫か。出てこれるか?」
「大丈夫ですよ。お腹が痛くて我慢できなかっただけですから」
 心配いりませんと、戻るようにいうが、出ていく気配がない。
 仕方なくドアを開けると陵が神楽の顔をみて驚いた。
「顔色が悪い。腹痛ではなく吐いていたのか」
 酸っぱい匂いで吐いたことがばれてしまった。労わるように大きな掌が背中を摩る。
「ひっ」
 傷ついた箇所に触れ、おもわず声が出てしまった。
 慌てて離れようとするけれど、ふらついて床へと崩れ落ちた。
「神楽!」
 久しぶりに名前で呼ばれた。それだけで胸が熱く焦がれる。
 惚けたまま陵を見上げていると、手を掴んで起こしてくれた。
「大丈夫か、お前」
「すみません。しゃがんでいたから足がしびれてしまっただけです」
「そうか。熱があるんじゃないか」
 身体が熱かったと言われ、はっと我に返る。そうだ、惚けている場合ではなかった。
「大丈夫ですから」
 陵は目敏い人だ。同室だったころ、具合が悪いのを隠していてもすぐにばれてしまったし、今も具合が悪いことに気がついて追ってきたのだから。恋愛には鈍い癖にだ。
「わかった」
 これ以上、何をいっても無駄だとわかったようで、陵はトイレからでていく。
 一人残った神楽は深く息を吐き、その場にしゃがみ込んだ。

 部屋に戻った時には既に大洋の姿があった。
 その表情は不安げで、部屋にいなかったことで心配をかけてしまったのだろう。
「神楽先輩、どこに行っていたんですかっ」
 肩を掴まれる。その手が微かに震えていた。
「ごめんね。お腹の調子が悪くなっちゃって」
 今までトイレにいたと、もう大丈夫だと告げて大洋の手を掴んだ。
 神楽はよく体調を悪くする。隠していたつもりなのだが、同室の彼にはばれてしまう。
 まるで陵みたいだと、胸がちくりと痛んだ。
「そうだったんですね」
 それで納得してくれたかなと大洋の様子を窺うが、どうもうまくいかなかったらしい。
「ですが、顔色がよくないので、今日は早めに休んでください」
 とベッドを指差した。
「わかった」
 このままだとベッドに横になるまで監視されそうだ。それなら素直に従っておいた方がいい。
「俺はもう少しだけ課題をやりたいんで、共同スペースにいますから」
 共同スペースは本とテーブルがあり、話をしたり勉強をしたりする。
「何かあったら電話ください」
「うん」
 大洋が部屋を出て一人きりになる。
『神楽!』
 陵に呼ばれるだけで自分の名前が特別なものに感じる。
 もう二度と、そう呼ばれることはないだろうと思っていたのに。
「やばいな」
 興奮している。身体が熱を帯びる。
 下半身のモノに触れ、こすりあげる。
「はぁ、陵先輩」
 背中に触れた大きな手。あれでここに触れて欲しい。
 優しい声で名前を呼んで、中に入りたいと彼のモノを押し付けられたい。
「ふ、あ」
 ガクガクと身体を小刻みに震わせて欲を放てば、なんともいえぬ痺れと気持よさを感じるのだが、すぐに虚しさが襲い
涙がこぼれ落ちてくる。
「先輩」
 少しやさしくされたくらいで自分はこんなになってしまう。
 現実はどうだ。陵には親しそうな女性がいたではないか。
「あ、あぁっ」
 苦しい。
 胸が痛くてぎゅっと服を握りしめて身体を小さく丸める。
「先輩、せんぱい……」
 このままでは心が寂しすぎて死んでしまいそうだ。