Short Story

ハッピーハロウィン

 僕は愛されない子供だ。
 大人しい性格、そして地味な見た目と容量の悪さが気に入らなかったのか、母親に嫌われる原因となり、父親は元々、子供に興味がない人だったので、家の中に誰も味方がいなかった。
 学校でもそうだ。僕には友達がいない。それどころか、いじめられていた。
 視聴覚室へと向かう途中だった。クラスメイトに教材を取り上げられ、それを取り返そうとした時だ。足を踏み外して階段から落ちて怪我をした。
 怪我自体は擦り傷と打撲で済んだけれど、その相手というのは父親の会社の取引先で、友達同士がふざけていて怪我をしてしまったということになった。
 しかも、怪我の心配をするよりも周りの反応が気になる母親は、僕がとろくて隙があるからだと罵る。
 マンションの一室と大学までの学費を与えるかわりに家を出ろと言われた。
 もっとはやくそうしてくれたら、母も僕にいちいち腹を立てることもなかっただろうに。
 学校も二学期がはじまるのに合わせて転校した。
 そんなこともあり、人と付き合うことが怖くなった。関わらなければ攻撃されないですむ。
 故に新しいクラスメイトが話しかけてくれても仲良くすることはなかった。
 はじめは物珍しさもあって話しかけてくれたクラスメイトも反応のない相手にすぐに関心をなくしていく。
 昼はご飯を食べてぼっとベンチに座り過ごす。授業が終わると誰も待つ人のいないマンションに真っ直ぐ帰り、食事をして寝る。毎日、それの繰り返し。
 僕に話しかけてくる人はいない。それが楽だと思いながら、視線の先は友達と遊んでいる人達の方へと向いていて、本当は羨ましいんだろうと心の中で別の自分が囁く。
 自分の気持ちすら拒否することができず、怖くなって身体を小さく丸めた。

 今日もいつもと同じ。そう思っていたのに、誰かが僕の視界を遮るように立つ。
 見上げると同じ二年である深い緑色のネクタイが目につき、そして端正な顔たちの男と視線がぶつかる。
「君はいつもここにいるな」
 話しかけられて、驚いて喉がつまる。
 顔を背けて身体を縮こめて警戒する僕に、まいったなというつぶやきが聞こえた。
「別にいじめるわけじゃない。僕は五組の高沢(たかざわ)だ。君は?」
 と尋ねられたが、僕は何もこたえずに相手が諦めて去っていくのを待った。
 ため息が聞こえ、離れていく。ようやくあきらめてくれたようだ。
 だが、それが始まりだった。次の日も、また次の日も、しつこく声を掛けてくる。その度に自分自身を守り続けてきた。
 名は確か、高沢だったか。
 どこかで聞いたことのある名だと思っていたら、教室で話していた女子のグループからその名が出てきた。
「高沢クン、今日もカッコいい」
 二階の窓から校庭を眺め話している。窓際の席なのでそちらへと視線を向ければ、ジャージを着た生徒が見えた。
 毎日顔を見せるのですっかり覚えてしまった。
 あの顔が、真っ直ぐに目を向けて話しかける。女子はきっと黄色い声をあげるだろうが、僕にとっては居心地が悪いものだった。

 高沢は懲りずに話しかけてきて、クラスメイトはすぐに諦めてくれたのに相当しつこい性格をしている。
「一組の冴木(さえき)っていうんだな。二学期に転校してきた、と」
 僕が何も答えないから、自分で調べたのだろう。
 そんなことを知ってどうするのだろう。僕は仲良くする気がないのだから。
 無視しても高沢は気にすることなく一方的に話していく。
「十月にハロウィン仮装パーティがあるって話は聞いたか?」
 担任からチラシを貰っていていたので知っている。
 参加者は仮装をするらしく、自由参加と書いてあったので行くつもりはなかった。
 イベントには無縁な生活をしてきたので、特に楽しみだとはおもわないからだ。
「俺、イベントの手伝いをしているのだが、冴木にも手伝ってもらえたらなと思って」
 顔を背け興味がないことを示すが、
「頼むよ。ランタン作り、一人なんだ」
 と手を掴まれて、いきなりのことに驚いて、おもわず大きな声が出た。
「何するのっ」
 その手を振り払うと自分の手を握りしめると高沢を睨むが、何故か嬉しそうな表情を浮かべていて、意味が解らない。
「やっと声を聞けたな。いくら話しかけても無反応だったから」
「あ……」
 関わりあいたくなかったから無視していたのに。つい、触られて反応をしてしまった。
 なんか、ずるい。
「絶対にやらないから」
 これ以上、話をしたくはない。立ち上がると高沢から背を向けて教室へと戻った。

 あの場所へはもういけない。きっと懲りずに彼は来るだろう。
 どこで時間を潰そうかと、お弁当を持って教室から出ようとしたとき、女子がざわつく。
 まさかと顔をのぞかせれば、そこに高沢がたって、
「一緒に昼飯を食おう」
 手にしていたお弁当を掲げる。
 うんざりとした顔を彼に向ければ、何故か笑われた。
「やっぱり嫌な顔されたか」
 解っているのなら僕の前に現れなければいいのに。
 だが、高沢は図太い性格をしているようで、僕の手を握りしめて強引に引っ張っていく。
 背が低く身体の細い俺は簡単に力負けしてしまう。
「や、離して」
 大きくて暖かい手。ぶわっと胸がざわついた。
 手を繋いだのなんて何年振りだろうか。だから余計に緊張するんだ。
 ふいに目頭が熱くなってきて、手を振り払おうとするが離れない。
「逃げない、無視しない。それを約束してくれるなら」
「わかったから」
 手が離れた。温もりを消そうと握られていた手を摩り、少しだけ気持ちが落ち着いた。
「空き教室を借りているから、そこへ行こう」
 と目的の場所へ向かい中へと入る。
 長テーブルの上にオレンジ色のかぼちゃがおいてあった。しかも、歪にくりぬかれている。
「あ、これは……」
 恥ずかしそうにそれを段ボールの中へとしまった。
 まさか、あれは彼が作ったジャック・オー・ランタンだろうか。
「不器用なんだ」
 顔が良いだけでなく、器用になんでもこなしていたら完全に僻んでいただろうな。
 欠点を見つけて少しだけ高沢を近くに感じた。
「あぁ。なぁ、冴木は器用か?」
「さぁ。作ったことがないし」
「弁当を食べたら作って見せてくれ」 
 どうして僕がと思ったが、作るまでしつこくされそうな気がする。
 食事を終えてかぼちゃを手にて作り始める。これが意外と難しい。
 結果、歪なジャック・オー・ランタンが出来上がった。
「俺と似たり寄ったりな」
 確かに。だけどあそこまで酷くはない。
「僕の方がマシ」
「ほう、そういうなら、もっと作ってみろ」
 とかぼちゃを渡された。
 それから夢中で何個か作った。作業に慣れてきたのもあり、そこそこの出来栄えだ。
「良いじゃないか」
「高沢は駄目だな」
 いつまでたっても不格好。こればかりは数をこなせばとはいかないようだ。
「いうね」
 髪を乱暴に撫でられた。
「やめて」
「あ、すまん」
 僕が反応するのが嬉しいのか、だからといって触らないでほしい。
 こういうのには慣れていないから。
「一人で作らせるよ」
「勘弁してくれ」
「不器用なのに、何故、一人で?」
 高沢が手伝ってとお願いすれば喜んで手をかしそうなのに。なぜ、そうしなかったのだろう。
 そうすれば僕が手伝う必要はなかったのに。
「それは……、ほら、皆、忙しいからな」
 助かったよと手を合わせる。
 何か引っ掛かるけれど、詳しく知る気が無いのでそうなんだと言っておく。
「そういうことで、ランタンは俺と冴木で完成させる。昼休みと放課後はここに集合な。こないと放送で呼び出す」
 なんだそれ。本当に強引だな、高沢は。
 だけど逃げない、無視しないを約束してしまったからな。
「暇だったらな」
 素直にうんとは言いたくなかったのでそう返事する。
「よし、明日から頼む」
 決定とばかりに言われて、暇だったらなと、もう一度くちにした。

 二人でお弁当を食べてランタンを作る。
 一人でいる事を望んでいたはずなのに、高沢の側は居心地が良くて、いつのまにか楽しみな時間となっていた。
 未だツンとした態度をとってしまう僕に、いつでも優しくしてくれる。
 そして、時折、感じる視線。
 心が落ち着かなくなるからやめて欲しいけれど、けして嫌なものではなかった。

 金曜日は体育が終わってから空き教室へ向かうことになるので少し遅れる。
 それまでお弁当を食べずに待っていてくれる。だから少しでも早くと思ってきたのに。
 中から話し声が聞こえる。一人は高沢のモノ、そしてもう一人は……。
「お前も下手じゃないか」
「うるさいなぁ」
 そっとドアを開き、隙間から中を窺う。
 綺麗な人だ。楽しそうにランタンを作っていて、二人はとても良い雰囲気だった。
 胸が痛い。
 二人で完成させると言ったのは高沢だ。なんだか裏切られた気がした。
 それに、楽しそうな二人を見ていると、僕の居場所はもうないように思えて、そっとその場を離れた。

 あの日から僕は空き教室に行っていない。
 体調が悪く、学校を休んでいからだ。
 どうして高沢に心を許してしまったんだろう。
 悲しい、悔しい、こんな感情を味わいたくなど無かった。
 自分が判断を誤ったから、馬鹿な自分、と、頭の中でそんな事ばかり考えている。
 このままパーティが終わるまで学校にはいかない。
 逃げないという約束は反故することになるが、もう、高沢の傍にいたくない。
 胸が痛むのも今だけ。すぐに慣れるだろうと布団の中でまるくなった。