Short Story

意識してます

 離れたいのに近づいてくる。どんなにつれない態度をとろうとも十和田は変わらない。
 百川との楽しい昼食の時間でも、十和田のことが頭をよぎり、ついため息をついてしまう。
「どうした五十嵐」
「ん、ちょっとね」
 百川は何でも話せる友達だが、十和田のことは話せないでいた。
 兄と従兄の友達というだけであり、自分は弟だから可愛がってくれただけだから。
「話し聞くよ?」
 いつも聞いてもらってばかりだからと、柔和な眼差しをむけた。
「なぁ、千坂さんのことがわからないと言っていたけれど」
 まさか自分がそれと同じ状態におちいっているなんて思わなかった。
 あの時、百川にはわかりやすいと返した。千坂はあきらかに好意をもっていたからだ。
 だが、十和田の場合は弟のように思っているだけだ。
「俺も同じ課にわからない先輩がいる」
「そうなんだ。何かされたのか」
「何かをされたわけじゃないんだけど、嫌な態度をとっているのにさ、優しくされるんだよ」
 自分だったらそんな相手に優しくできないだろう。大人の対応をしているだけかもしれないが、それでも嫌な気持ちになるものではないのか。
「ねぇ、それって十和田さんのこと?」
「そうだけど」
 そんなにわかりやすい態度をとっていたか。
「たまに怖い顔をしてこっちを見ているから」
「うそだろ」
 それには全然気が付かなかった。
 百川と話をしているとき、たまに千坂と目が合う時がある。しかも全然キラキラとしておらず、嫉妬丸出しという顔でだ。 まさか、それと同じだということか。それとも自分にはつれないくせにと思っているのだろうか。
「五十嵐、うしろ」
 百川の視線が円からさらに上へと向けられる。振り向くとそこに立っていたのは話題の人物が立っていた。
 タイミングがよすぎる。まさか話を聞かれていないだろうか。気まずいなと思いながら十和田に声をかけた。
「あ……、十和田さん。なにかご用で?」
「二人にお土産だ」
 とテーブルの上に紙袋を置く。袋にプリントされているロゴはコーヒーチェーン店のものだ。
「なんですか、これ」
「期間限定のラテ」
 袋を開いて中身を取り出す。ふわりと苺の匂いがした。
 新作や期間限定のメニューが出ると必ず買いに行く。隣で飲んでいるので十和田に聞かれたこともある。それで買ってきてくれたのだろう。
「あぁ、今日からでしたね。ありがとうございます」
 百川に一つ、そして円に一つ。十和田の分はない。
「まさか、発売日を知っていて買いに行ったんじゃ」
「昼を食べに行った帰りに、看板を見かけてな。珈琲を飲みたかったし」
 ついでだというが、円が気にしないようにそう言っているだけかもしれない。
 貰ったから、新作だって、美味そうだったから、そんなことを言いながら円が好きそうなものをくれるのだ。
 餌付けしようとしている、そうおもっていて、十和田の気持ちを考えたことなどなかった。
「円、もしかして具合でも悪いのか? 顔が赤いぞ」
 目の前にぬっと手があらわれて、驚いた円はそれを払いのけた。
「ひどいな、熱がないか触るだけだ」
「大丈夫ですから。これ、ありがとうございます」
 先に戻ります、そう告げてラテを一つ手に取る。
「あ、あぁ」
 百川にまたなといい、いったんデスクへと戻るとラテを置いてトイレに向かった。
 鏡に写った頬を赤く染める自分。それを冷ますように何度か顔を洗うが熱は簡単にひいてくれない。
「はぁ、なんだよこの顔は」
 何を意識しているのだ。そのままずるずると床へ座りこんだ。
「おい、大丈夫か」
 その声に驚いてそちらへと顔を向ける。
「なぜ、ここに」
 追ってくるのだろう。
「心配で戻ればトイレの方へ向かっていくのが見えてな。やはり具合が悪いのだろう。早退した方がいい」
 円がこうなっているのは目の前にいる男のせいなのに。
 意識して振り回されるより、十和田に気持ちを聞いてしまえばスッキリするのではないだろうか。
 口を開きかけるが、言葉がでてこない。
 どうして聞けないんだと心の中で自分に問う。
 結局、十和田に告げたのは、
「もう平気です」
 という言葉だった。
「いや、だが……」
「戻りましょう。ラテも楽しみですし」
 言いたいことを胸の奥にしまい込んで十和田の背中を押す。
「そうだな」
 何も言わない円に、十和田もそれ以上は聞いてこなかった。

※※※

 あの時、なぜ言えなかったのだろう。
「おはようございます」
「おはよう、円」
 十和田はいつもと同じく円と呼び笑顔を向ける。
「なんだ、そんなにみられると恥ずかしいな」
「え?」
 目を瞬かせる。
「円に見つめられるなら大歓迎」
 と両手を広げる。
「何を言っているんですか」
 その変わらぬ姿になぜかホッとすると、十和田が顔をほころばせていた。
「なんです」
 その姿にドキっとしながら、相手を軽く睨みつける。
「なぁ、今日こそ一緒に飯を食いかないか」
 誘われてもいつもは断っていた。だが、例のことを聞くチャンスかもしれない。
「いいですよ」
 その誘いを受けると、十和田はそれが信じられないのか、目を瞬かせた。
「え、本当に!?」
「本当です。美味しいところに連れて行ってくださいよ」
「任せておけ」
 とニカっと笑い胸を張る。
 昔はこんなふうに笑っていたなと、懐かしい気持ちがこみ上げる。
 久しぶりに会った十和田は、大人の色気のある男になっていたから余計に近寄りがたかった。
 だが、同じ課になってからは、自分の前で子供っぽい一面を見せるから、一緒にいると少しだけ気が緩む。
 十和田の手が前髪へ触れる。
「な、に」
 それをよけるように後ろに引いて両手で前髪を抑える。
「いや、触りたかっただけ」
 再び手を伸ばし、今度は乱暴にかき混ぜられた。
「わー、ちょっと」
 ご飯を食べに行くだけなのに明らかにご機嫌な十和田に、ふ、と息を吐く。
 そんな円を見て、十和田の目が優しく細められ、その表情に妙に胸がときめいた。

 十和田はいつもの通りに仕事をしている。だが、一ノ瀬に言わせればそうでないようだ。
「円、十和田に何かしたか」
 と聞かれた。しかも円が何かをしたと思われている。
「別に。ご飯を食べに行く約束をしただけ」
 眉間のしわがとれ、目が驚きの色へとかわる。そんなになるほどかと円は苦笑いをする。
「大げさ」
「そりゃ驚くだろう。あんなにつれなかったのに」
「ん、そうなんだよね」
「まぁ、仕事はしているようだからよいが」
 食事に行くくらいで、仕事が手につかないなんてことは流石にないだろう。
 それで残業になるようだったら、食事はキャンセルするだけだ。

 あれから仕事は順調に進み、残業をすることなく終える。
「円、行こうか」
「はい。お先に失礼します」
 周りに声をかけエレベーターへと向かうと、女子二人に話しかけられる。
「お疲れ様です。上がりですか?」
 上目遣いで十和田を見る。可愛い仕草だ。
「あの、これから二人でご飯に行くんですけど、一緒にいきませんか?」
 美味しいご飯に可愛い女子。きっとたのしい食事になるだろう。ただ、それは十和田のみ。円の方には一切視線を向けない。
 親が社長という肩書なしで円がモテたことはない。別に女顔というわけでもなく、背丈も175センチはある。だが、男としての魅力がないのだろう。
 なんか嫌な気分だ。
「あの」
 帰りますと言おうとしたが、
「今日は五十嵐と約束しているから、一緒には行けない」
 円の背中をぽんと叩き、彼女たちには笑顔を向ける。
「そうなんですね。また今度」
「誘ってくれてありがとうな」
 二人に手を振り、そのまま円を連れて階段へと向かった。
「え、下まで歩くんですか」
「あぁ。円との時間を邪魔されたくない」
「何を言っているんですか」
 その言葉に口元が緩みそうになり、あわてて手で隠した。