Short Story

怪我

 ――銃に薬、死体の処理までなんでもお申しつけください。

 スーツに身を包んだ男たち。その中にひときわ目立つ存在がある。
 まず、大抵の者は烏丸零(からすまるれい)の容姿に驚く。大柄な成金、強面、美女、優男などうわさがあり、本当の姿を見ることができるのは、彼にとって金払いの良い者だけだ。
 零は端正な容貌とマネキンのように均等のとれた体格をしており、笑みを浮かべれば女性だけではなく男性までも虜にするのだ。
 そして零の傍には屈強の男たちがいる。彼の剣となり壁となるためにだ。

 常に危険と隣り合わせ、冷静に周りの状況を見極め行動する。一つのミスが生死につながることもあるからだ。
 金色頭で長身の男である瀬尾(せお)は新参者だ。
 ゆえに兄貴分の指示を仰ぎ、慎重に行動することを心掛けていたのだが、抗争の際に兄貴分の一人を庇い怪我を負ってしまった。
 だが、この怪我は許されるものではなかった。零以外がつけた傷と痕だから。
 瀬尾は許しを乞うために病院を抜け出して零の元へと向かった。
 住処は数か所あり、それを知っているのは側近の一人、瀬尾の兄貴分である有働だ。
 居場所を聞き出すとタクシーに乗りこみ、館の一つへと向かい、到着すると真っすぐに零の部屋へ。
 入室の許可を得て部屋の中へとはいると、書斎机でパソコンをしている零の姿がある。
「先程は申し訳ありませんでした」
 腕を後ろで組み、深々と頭を下げて待つ。
 すると視線に綺麗な黒い革靴が見え、瀬尾の顎を硬い何かが押し上げた。
 その時、目に飛び込んできたのは零の冷たい目だった。
 美しい。はじめて出会った時もあの目に心を奪われたのだ。
 うっとりとしかけたところに、零が手にしていた鞭のグリップエンドで傷口を抉りはじめた。
 真っ白な包帯が血で赤く染まっていく。痛みに声をあげそうになるが必死でこらえた。
「……申し訳ありませんっ」
「お前に痕をつけていいのは俺だけだと、散々、その身体にに教えてやったはずだがな。俺を失望させるな」
 そう言うと零は傷口からをグリップエンド離し、今度はボディで打ちつけてきた。
「ぐはっ」
 血が包帯からしみだしてポタポタと床に落ち、高価な絨毯に瀬尾の血がしみこんで広がっていく。
 零の部屋を汚してしまった。急いでシャツで血をふき取るが、汚れがひどくなるだけだった。
 革靴がその手を踏みつけた。
「余計なことをするな。下がれ」
「はい」
 立ち上がり頭を下げる。血を失っているせいか意識が朦朧としている。
 ふらつく足でどうにかドアまでたどりつくと零の部屋を出た。
 一歩。また一歩。
 足を引きずる様に歩き、その途中で瀬尾の意識が途切れた。

 瀬尾は幼き頃からまっとうに暮らしてはいなかった。
 アル中の父親に水商売をしていた母親。親の愛情はなく、暴力と罵声の中で生きていた。
 だが、それも十二歳の時に終わりを告げた。
 母親は駆け落ちをし、父親は借金をしてやくざに追われどこかへ消えた。
 残された瀬尾に居場所などなく、街をふらふらとさまよっていた。
 次第に悪い奴らとつるむようになり、喧嘩に明け暮れる日々だったが、十五歳になり一人の男と知り合った。彼はゲイバーのマスターで、名前は恵子と名乗っていた。
 明るくて優しい人だった。赤の他人に暖かな場所と食事を提供し、親の代わりに愛情を与えてくれたのだ。
 悪い奴らから手を切り、彼女に恩返しをすることが瀬尾の生き方となったのだが、恵子はガンに侵され瀬尾が二十歳になると死んでしまった。
 もっとそばにいてほしかった。恵子を失い、心にぽっかりと大きな穴が開いてしまった。瀬尾は生きている意味を見失ってしまったのだ。
 あの時のように街を彷徨って。たどり着いた先は薄暗い路地のごみ箱の近く。
 そこに座り込んだまま虚ろな目をして座り込む。このまま人目に触れることなく朽ち果てることができればと願う。
 だがそれは叶えられることなく打ち砕かれることになる。

 急にあたりが騒がしくなり、ひとりの男が目の前に倒れこんだ。
 それを取り囲む、三人の男。そして離れた場所にもう一人。
「やれ」
 と声が聞こえる。
「助けてくれ……」
 丸くなりガタガタと震える男。
 その距離をじりじりと縮める三人の男。
 目の前で起きていることをぼんやりと眺めていれば、
「オイ、お前」
 頭上から聞こえて視線を向ければ、美丈夫の目がこちらをまっすに見ていた。
 なんと強い目をしているのだろう。まるで獅子のように自分は王だといわんばかりだ。
 畏怖。
 生きることをあきらめたというのに、自分はそんなものを感じていた。
 身動きもせずにただ見つめる瀬尾に、
「生きているのか」
 と、言葉を投げてよこす。
 低く色気のある声をしている。
 全身に鳥肌が立ち、瀬尾は両腕をこすった。
「おい、ゴミ」
 綺麗に磨かれた皮の靴がおもいきり腹に食い込む。
「ぐはっ」
 遠慮のないその蹴りに腹を押さえてうずくまる。
 髪を鷲掴みされ顔を引き上げらて、すぐ近くには凍り付きそうなくらい冷えた目がある。
 今、眠りから覚めたかのように意識がはっきりとした。
「なんだ、生きているのか。名は?」
「瀬尾、篤……」
「有働、こいつを綺麗にして連れてこい」
「はい」
 有働(うどう)と呼ばれた男は瀬尾と同じくらいの上背で、鋭い目つきをした男だ。
 立てと言われ、のろのろと立ち上がる。
 その時、冷たい目をした男へと視線を向ける。それは、絶望の後に見つけた光だった。

※※※

 意識が浮上し、ベッドから身を起こす。
 すると身体じゅうに痛みが走り、その個所を手で押さえる。
 痛いけれど動ける。ベッドから降りようとすると、
「絶対安静だよ」
 髪の長い、綺麗な男が立ち上がって寝るようにと身体をベッドに押し戻す。
 その時、さらさらと髪が流れ落ちて、とてもいい匂いがした。
「え、あ、どうしてここに」
 零の部屋にいたはずなのに、いつの間にかここに寝かされたようだ。
「意識が飛んでいるようだね。まぁ、無理もないか」
 瀬尾は零と兄貴分以外の人にあまり興味がない。だが、仕事上、顔を覚える必要があり、彼が誰だかを思いだす。
「あ……、バーのマスター」
 名は香月(かげつ)だったか。零のお気に入りの店で、たまに連れて行ってもらうのだが美味い酒をだしてくれる。
「はは、あれは趣味だっていったよね。僕の本業はお医者さん。病院から抜け出して心配したんだよ」
 あの病院は香月が務めているところだったのか。心配をかけてしまったことを素直に謝る。
「後でおじいちゃんに謝っておいてね。それにしても零ってば、怪我人を痛めつけるってどういう趣味なんだか」
「零様は悪くありません。俺が傷を勝手に作ってきたのがわるいんです」
 殴られて当然だというと、香月がため息をついた。
「瀬尾君はマゾなのかな」
「……そんなことはありません」
 流石にそういう趣味は持ち合わせてはいない。
「はぁ、どれだけ忠犬なんだか」
 寝ている場合ではない。まだ許しをもらっていないのだから。
 起き上がろうとすると、香月にダメと言われてしまう。
「これは零からの伝言。『三日間部屋を出るな』だって。本当は一週間は安静にしていないとダメなんだけどね」
「わかりました」
 顔を見たくないほどに怒っているのか。落ち込む瀬尾に、香月が頭をなでた。
「零なりに心配しているんだよ、瀬尾君を」
 零に心配をしてもらうなんておこがましいことだ。
 はやく役に立てるように身体を休ませることに集中しよう。
「マスター、あ、先生、でしたね。ご面倒をおかけしました」
「うんん。ゆっくり休んで」
 香月が部屋を出ると薬を飲みベッドに横になった。

◇…◆…◇

 香月(かげつ)は、美しい美貌を持つ男だ。彼は零の大学時代の友人であり医師をしている。
 実家の病院ではなく祖父の診療所を手伝っていて、確か、運ばれてきたときはここまで酷い怪我ではなかったはずだ。
 いなくなったと祖父から連絡を受け、有働に連絡をしたら零のところへいるという回答だった。
 瀬尾は零が拾ってきた。何が気に入ったのか傍にいることを許し、衣食住を与えている。
 言われた場所へと向かうと、有働に案内され部屋へ向かう。そこは零の部屋から近く、ドアを開くとベッド以外にあるのはクローゼットと棚だけだ。
 そこには香水が一本、財布、時計……、ほぼ何もないといっていいだろう。
 額に触れると相当熱い。傷のせいで熱がでているのだろう。
 怪我を一つずつ確認する。頬に殴り傷、これはもともとあった。
 肩の傷、包帯を巻いてあるのだが血が滲んでいる。
 腹にあざ。これもあった気がするが、鞭で打たれたようなあとがある。
「はぁ、零、けが人に何してんのさ」
 念のためにと治療道具を持ってきてよかった。
 治療をし、零の元へと向かう。
「零、入ってもいい?」
「あぁ」
 書斎で仕事をしていた零に、
「ちょっと、けが人に何してんのさ」
「俺の所有物だ。文句を言われる筋合いはない」
 鋭い目つきでこちらを見る。
 普段、零はここまで独占欲は強くない。瀬尾はそれだけ特別なのだろう。
「傍に置いておきたいなら、大切にしなよ。壊れてしまうよ?」
「ふん。あれは俺に陶酔している。そう簡単には壊れん」
「あのねぇ……」
「瀬尾に伝えておけ。三日間部屋を出るなと。それを伝えたら有働に送らせる。戻るのは明日でいい」
 うるさいから追い出そうとしているのだろう。有働を与えれば静かになると思っているのだろう。
 まぁ、悔しいことにその通りなのだが。
「わかった」
 部屋を出ると有働がこちらへと向かってくるところだった。
「随分、来るのがはやいじゃないの」
「零様から送るように言われていたからな」
 文句を言いにくることはお見通しだったというわけか。しかも有働は冷却材のかわりなのだろう。
「頭を冷やせって? ムカつくっ」
「まぁ、お前にとってはムカつくだろうが、そういうもんだ」
「はっ、俺は堅気のモンですから。有働たちの世界のことはわからないよ」
 有働の手が髪を撫でる。
 もし、彼が瀬尾のようにされたとしたら、香月は零を許せるだろうか。
「香月、そんなに強く握りしめるな」
 手の上に重なる。
「ごめん。瀬尾君のところによってから送ってくれる? 戻るのは明日でいいって」
「そうか。じゃぁ、店で酒を飲ませてくれ」
「いいよ」
 こういう世界で生きる人を好きになったのは自分だ。
 いちいち腹を立てていてもしかたがない。
 指が絡まる。隣を見れば有働がニカっと笑う。
「さ、用事を済ませて帰ろう」
「そうだね」
 手をつないだまま、二人は瀬尾の部屋へと向かった。