小さな食堂

ある日常 2

 郷田は土日、公休日だ。朝、一緒に食事をし、掃除と洗濯をしてくれる。
 昼は店にきて食事をし、後片付けを手伝う。
 午後からは二人の時間となり、家でまったりと過ごすことが多いのだが、今日は買い物に出かけなければいけない。
「明日でしたね。ゲートボールの試合」
 近所の公園で沖の祖母であるトメがゲートボールをしている。
 明日は孫たちと一緒にゲートボールをするらしく、お弁当を頼まれた。
「えっと二十人プラス、三人前かな。河北さんも応援しにくるって」
 ゲートボールに付き合ってくれる孫は五人。付き添いのお母さんが五人。トメの仲間が十人だ。
 子供にはハンバーグ弁当、大人は幕の内弁当にする。
 幕の内弁当は、俵型の握り飯と数種類のおかずを詰め合わせたもので、芝居の幕間に食べる弁当として考案されたそうだ。
「蒲鉾は買うとして、黒豆と蓮根のきんぴらをばぁちゃんが作ってくれるって。カリカリ梅はあるし、卵も大丈夫。エビと豚挽肉、鮭の切り身、レタスを買えば、後は家にあるので足りるね。あと、お弁当の容器」
「わかりました。それじゃ行きましょう」
 二人で暮らすようになって、中古の軽自動車を購入した。沖は免許を取得したがペーパードライバーで、運転は郷田の役目だ。
「助かるなぁ」
「役に立てて嬉しいです」
 沖のために何かするのが嬉しいようで、この頃はお願いするようになった。
 店につくとカートにカゴをのせて必要なものを入れていく。お弁当の材料以外に今日の夕ご飯の食材も買うつもりだ。
「今日の夕食、大根とスペアリブ煮込みとサラダ、他に何か食べたいものあるかな」
 ここまでだと食堂で出す定食のメニューなのだが、そこに二品ほど作りたい。
「そうですね、しじみの味噌汁と焼き魚で」
 郷田は好き嫌いがない。だが、貝類が特に好きで、食べる時に目じりが少し垂れるのだ。それが可愛くて沖の密かな楽しみだったりする。
「わかった」
 冷凍庫に砂抜き済のしじみとあさりはストックされているのでそれを使えばいい。あさつきは買わないとないので籠の中へと入れた。弁当で使う食材もカゴへといれた。
 精算をしにレジへと並び、それも済むと荷物を段ボールと袋へと詰めた。
「一太君と一緒に買い物にいくと楽しいし、重いものを持ってくれるから楽できちゃう」
「俺の役割だと思っているんで。気にしないでください」
 平日は沖にまかせっきりなのだからというが、休日には必ず手伝ってくれる。
「うん。これからも遠慮しないから」
 疲れているのだから休日くらいはゆっくりしてほしいが、郷田は手伝いを申し出てくれるので遠慮はしないことにした。そのかわりに自分ができることで郷田を少しでも癒したい。
「一太君も俺にして欲しいことがあったら遠慮なく言ってね」
「はい」
 家に帰り買ってきたものを冷蔵庫へとしまう。
 あと一時間くらいはゆっくりできそうだなと時間を確認していたら、後ろから郷田が抱きしめる。
「少しだけ、俺に駿也さんの時間をください」
 耳元に息がかかる。なんて甘い声でささやくのだろうか。
 身体がしびれ、熱が上がる。
 明日のこともあるので夜はそういうことができない。身体のことを考えると休みにしか触れ合えないので、明日までお預けかと思っていたが、郷田から求めてくれたのは嬉しい。
「いいよ」
 特に筋肉があるわけでもなく、綺麗な白い肌もしていない。
 普通の男であり、色気も皆無。だが、郷田はそんな身体を愛おしそうに撫で興奮してくれる。
「んぁっ、いったくんの舌、きもちいい」
 唇を這わせ甘く噛みながら、胸の突起し部分を摘まんで動かされ、ごつい指で弄られてもっと触ってほしいと身体がのけぞる。
「欲に素直でかわいいですね」
「あっ、あぁ……、ん」
 甘えた声を上げ、何処に触れても良い反応を見せた。
「駿也さん」
 熱におかされた目で、愛おしく名を呼ばれて
「いったくん、きて、俺の中に」
 胸を弄る手に沖の手が重なる。沖の唇を奪い、つながりあうように舌を絡めあった。

 スマートフォンにセットしたアラームが鳴る。朝五時、そろそろ起きて準備を始めなければならない。
「おはようございます」
「おはよう、一太君」
 一度のアラームで二人とも目が覚める。ただ、この温かさから抜け出したくないという気持ちが起きるのを邪魔する。
「起きなきゃね。ばぁちゃんが来るし」
 いまだ寝ていたら怒られてしまう。しぶしぶ布団から抜け出ると、郷田が布団をたたんで押し入れにしまった。
 ご飯は店の炊飯器で炊く。ハンバーグは焼き色をつけてからオーブンで焼く。エビフライはトメが作ってくれるのでエビの下処理のみしておく。
「駿也」
「あ、ばぁちゃん」
 玄関の扉が開きトメが中へと声をかける。そこには義理姉と共に鍋が二つ置かれている。
「ばぁちゃんと義理姉さん、おはよう」
「おはよう。それじゃ帰るね」
「うん」
 鍋を持ち台所へと向かう。テーブルに置き蓋を開けるといいにおいがしてくる。
「ばぁちゃんのきんぴらと黒豆」
「美味そうですね」
 つまみ食いをしたいところだが、トメに蓋をしめられてしまう。
「ほら、駿也、手ぇ動かしな。一太は魚を焼く」
 トメは沖と郷田が恋人同士だということを知っている。家に来た時に話をしたからだ。
 あの時のことを思い出すと今でも顔がにやけてしまう。
 正座をし、まっすぐにトメを見て、
「駿也さんとお付き合いさせていただいております」
 と頭を下げたのだ。
「駿也、なにニヤけているんだい。一太を見習いなよ。真面目でいい男だし、あたしが若けりゃ奪ってやりたいよ」
 そう、トメは郷田が気に入っている。来るたびにいい男だというくらいだ。
「ありがとうございます」
 しかも郷田も丁寧に頭をさげるものだから、トメからの好感度が上がるわけだ。
「ばぁちゃん、俺の彼氏を誘惑しないでよ」
「ははっ、一太、あたしは駿也よりも美味しいご飯を作るよ。どうだい、旦那にならないかい?」
 確かにトメの料理の腕にまだまだ追いつけないが、
「だめ。一太君は譲れないよ」
 と郷田の腕に手を絡ませた。
「トメさんの作ってくださるごはんは魅力的ですが、俺は駿也さんの作るご飯が一番好きです」
 愛されている。そう感じて胸が高鳴った。
「ははは、こりゃまいったねぇ」
 ごちそうさまとトメが郷田の背中をたたいた。

 弁当の用意ができ、容器に詰めていく。
「完成だね」
 お弁当を入れるクーラーボックスは借りてある。飲み物は河北が用意するといっていた。
「はぁ、それじゃ俺たちもごはんにしようか」
 納豆とだし巻き卵、なめこと油揚げの味噌汁、ぬか漬け。
 時間がないのでそれしか作れなかったが、トメの作っただし巻き卵は絶品だ。
「はぁ、さすがばぁちゃん」
 郷田は聞かなくてもわかる。美味そうに食べる姿を眺めていたら、トメも一緒に眺めていた。
「いいねぇ。じぃさんもさ、一太みたいに美味そうにあたしの作るご飯を食べていたよ」
 祖母ゆずりだったのか、自分の作ったご飯を美味そうに食べる人に惚れてしまうのは。
「すごく美味かったです。ごちそうさまでした」
 二人が郷田を眺めている間に山盛りのご飯と卵焼きはなくなっていた。
 沖ですらすごく美味いとまでは言ってもらえてない。確かにトメの作ったものを食べるとまだまだだとは思うが、好きな男がほかの女を褒めるのは少し妬けてしまう。
「なんだい。嫉妬かい」
 トメがにやりと笑う。
「そうだよ、嫉妬している。彼氏を満足させられないのは俺の腕と舌がまだまだだから」
「いえ、そんなことはありません。駿也さんとのセックスは最高ですよ」
「ちょ、一太君!」
 真面目な顔をして何を言い出すのだろうか。
「俺の言っているのは料理のことだからっ」
 目をぱちくりとさせ、短くあぁと呟く。
「すみません、朝から」
 再び真面目な顔で訂正するものだから、トメが腹を抱えて笑い、沖は恥ずかしさのあまり手で顔を覆った。
「俺、洗い物をしてきます」
 しかも、勘違いをした本人は食器を重ねて台所へといってしまう。
「はぁ」
 熱い顔を冷やすように手で仰ぎ、トメを見ると嬉しそうにこちらを見ていた。
「よかったよ。駿也にいい人ができて」
「うん。ばぁちゃん、ありがとうね」
「ほほ、ありゃ夜も相当だろうねぇ」
 と先ほどの発言もあるせいか、トメのいじりは続く。
「ご想像におまかせします」
 そう口にして、この話はお終いと立ち上がる。
 これ以上は恥ずかしさに耐えられない。
「一太君のせいだからね」
 洗い物の途中である郷田の隣に立ち、食器を布巾で拭いてしまう。
「腕と舌なんていうものですから、てっきり」
「もうっ」
 切れ者なのかと思いきや、意外と天然な部分もある。そういう所がまた愛おしい。
「ほれ、いちゃいちゃは夜だけにしておきな。そろそろ出るよ」
 いつの間にか背後にトメがいる。
「では続きは夜に」
「ちょっと、一太君」
「ほほっ、言うねぇ」
 楽しそうに笑うトメに、郷田の口元にも笑みが浮かんでいる。
 そういう自分も、きっと笑顔なのだろう。こういうのもいいなと思っているのだから。
 ゆっくりとトメのほうへ振り向けば、嬉しそうに孫を眺める祖母の顔をしている。
 相手は同性で普通の人のような家庭を持つことができない。それでも、駿也が幸せならそれでいい、孫がもう一人増えて嬉しいとトメはいってくれた。
 そして、一生幸せにしますと、沖の手を握りしめて郷田はそう誓ってくれた。
「駿也さん、行きましょうか」
「うん」
 手を差し伸べられ、沖はそれを両手で握りしめた。