小さな食堂

ある日常

 好きな人が男だということを佐木《さき》に話してからというもの、やたらと店へ連れて行けという。
 郷田一太《ごうだいった》の相手である沖駿也《おきしゅんや》がどんな人物なのか気になっているのだろう。ゆえに店に連れて行きたくなかったのだが、流石、同じ刑事だけある。カウンター席にその姿をみつけたときには脱力した。
「よう、郷田」
 満面な笑みを浮かべ手を上げる。やたらと急いで帰ると思ったが、このためだったとは。
「郷田君の先輩なんだってね」
 河北が隣でビールを飲んでいる。
「こんなイケメンの刑事さんもいるんだね」
 と常連の一人がいう。
 はじめてきたというのに佐木は店に溶け込んでいた。郷田が受け入れられるのには時間がかかったというのに。
 郷田はいつもの席に腰を下ろす。すると沖がいらっしゃいとお茶とおしぼりを置いた。
 今日はカレーライスだ。何が食べたいと聞かれて郷田がリクエストをした。
 季節の野菜を使い作ったカレーなのだが、冬は豚肉、大根、蓮根、里芋が入っている。
 初めて食べたときは驚いたが美味くて、楽しみなメニューの一つとなった。
「今、用意するから。佐木さんと河北さんもご飯にしますか?」
「はい。お願いします」
「よろしくね」
 食事を用意する間、佐木が沖に話しかける。
「郷田がいつもこちらのお店の料理が美味いと話すものだから気になってて。念願かなってやっとお店に来れました」
「わ、ありがとうございます」
 にこやかに会話をする二人に、おもわず佐木を睨みつける。
「郷田ぁ、顔が怖いぞ~」
「もともとこんな顔です」
 佐木から顔を背けて沖を見ると、本当に怖いよと指で口の端を持ち上げられた。
「沖さん……」
 あなたまでそういうのか、そんな目をするといいたいことに気が付いたか、苦笑いを浮かべた。
「はい、カレー」
 三人の前にカレーを置く。
 なんとも食欲をそそる香りなのだろうか。
「いただきます」
 手を合わせてスプーンをつかんで一口。沖が郷田をみてほほ笑んだ。
「河北さん、いつもこうなんですか?」
「うん。駿ちゃんはあの食べっぷりに惚れたんだもの」
 聞こえるように話す二人に、照れた沖が話題をかえようと、
「佐木さんに色々聞いたよ」
 郷田に話を振る。一体、何を話したのかと佐木を見ればにやりと笑う。
 普段から強面な顔が、犯人に対するとさらに険悪となる。やくざに「俺よりやくざ顔だな」と言われたこともある。
 一度だけ、年上の女性に可愛いと言われたことがあったが、その時は佐木が大爆笑していた。
「佐木さんが褒めていたよ。足は速いし、もみ合いになっても負けないから頼りがいがあるって」
 純粋に、凄い、かっこいいと褒められて、しかもそれが好きな人に言われるのだから、嬉しくて口元が緩みそうなのだ。
 だが、佐木が見逃さないと刑事の目でこちらをみていた。
 絶対にからかわせないと口をきつく結ぶ。
 もしかすると店を教えなかったことに対する仕返しをしているのだろうか。
「佐木さん」
 郷田が何かに気が付いたことに佐木も気が付いたのだろう。
 仕返し、声に出さずにそう佐木が口を動かした。
「……勘弁してください」
「ん、何が勘弁なの?」
 理由がわからない沖が首を傾げている。
「いえ、なにも。カレー、おいしいです」
 沖のことを知られたくなかったなんて言ったら、子供っぽいことをしてと呆れられてしまうだろう。
 それでなくとも頼りにならない自分が情けないと思っているのだから。
「本当、郷田が通うのわかるわ。すごくほっこりする」
 そう、まるで沖のように。ここの料理は心を温かくしてくれる。
 佐木がここの良さをわかってくれたのが嬉しくて、
「俺の大切なものですから」
 そう口にしていた。
「きゃぁ、郷田君ったら」
 河北さんが女子のように声を上げる。
「いうなぁ」
 佐木がヒューヒューと茶化すようにいい、沖が真っ赤に頬を染めてしゃがみこんだ。
「そういうことなんで。佐木さん、食べたらすぐに帰ってください。沖さん、ごちそうさまでした。部屋で待ってます」
 というと、はやし立てる常連を後目に店をでた。

 佐木は郷田が出て行ってすぐに、また来ますと店を後にしたそうだ。
「『郷田があんなことをいうなんてな。いい人に出会えてよかったな』って。あの時の佐木さん、優しい顔をしてたな」
 郷田はつまらない男だった。感情が乏しくて話もあまりしない。しかも強面だから、交番勤務の時は随分と怖がらせてしまった。
「俺は移動になってからいい出会いばかりなんです」
 仕事の面では相棒の佐木がカバーしてくれる。プライベートな時間では沖が傍にいてくれるのだから。
「いいよなぁ。一太君と佐木さんの関係。話を色々聞いたんだけど信頼しあってるって感じ」
 一緒に住むことになり、二人きりの時は名前で呼び合うようになった。
 はじめは互いに照れていたが、今は名前呼びもなじんだ。
 台所で熱いお茶を入れ、ソファーに座る。
「そうですね。相棒が佐木さんで良かったと思ってます」
「それ、ちょっと妬けるな」
 クッションをつかんで抱きしめる。拗ねる姿が可愛くて郷田はその身を抱きしめる。
「駿也さんと出会えたことも、ですよ」
「ほんとう?」
 嬉しそうに顔を緩ませる沖に触れるだけのキスをする。
「一太君……」
 じっと何か言いたげに見つめる沖に、なんだろうと見つめ返す。
 だが、何も言わずに微かにほほ笑んだ。
「どうしました?」
「うんん。明日、早く家を出るんだよね」
「はい」
 違う話をしてごまかした。遠慮せずに言ってほしいのに、恋人同士となった今でも沖は郷田に遠慮する。
 どうやって口を割らせようか。沖を腕の中に抱きしめ、そのまま布団の中へと入る。
「え、いった、くん!?」
「駿也さん、俺に何か言いたいことがありますよね?」
 唇を親指でなでると、目元がトロンと垂れる。
「ん、何もないよ」
「素直に自白してください」
 ゆるりと首をなでると、ふるっと小さく震えた。
「いつもは怖い顔して取り調べをしているって聞いたよ」
「俺、今、どんな顔をしていますか?」
「ん、優しい顔をしている」
 目じりを親指がなでる。それくすぐったくて、口元がゆるむ。
「俺といるときはこんなだよ」
 だけどこれは俺専用、そういって首に腕を回して抱き寄せられた。
「駿也さん」
「ごめんね、仕事、早いのに」
 顔が近づき、その目は潤み欲を含んでいる。
「体力には自信があります」
 それよりも自分に対して遠慮をしないでほしい。
「駿也さん、言ってください」
「一太君の、たべていい?」
「はい。お腹いっぱいになるまで食べてください」
 腕を腰へと回しキスをする。
 沖の身体はどこもかしこも敏感で、郷田の指がふれると喜びで身体が跳ね上がり、 広げた足から見せる後孔は、押すとぱくぱくと食いついてきた。
「可愛いですね」
「一太君、意地悪しないで」
 いつまでも入口付近をいじる郷田に、しびれを切らして沖が切ない表情をしている。
 もう少し見ていたい気もするが、自分のほうも限界で、指を奥まで入れて解し始めた。
 結局、郷田のほうが我慢できず、沖に負担をかけてしまった。
 それなのに郷田よりも早く起き、朝食の用意をしてくれた。
「一太君、俺に申し訳ないと思っているでしょう?」
 その通りなのでうなずくと、山盛りのご飯を手渡された。
「一緒に住もうって言ったのは、朝、一太君に温かいご飯を食べて仕事に行ってほしいから。それって俺の我儘なんだよ」
 俺の癒しの時間なんだからという。
 自分にとっても沖との時間は大切なものだ。遠慮された時は悲しかった。まさにそれと同じだ。
 だから沖に言うのは謝る言葉ではなく、
「ごはん、いただきます」
 だ。
「はい。召し上がれ」
 選んだ言葉は正解だったようで、沖は微笑みながら見ている。
 ほこほこと湯気を立てる白米に、焼き魚とみそ汁。それだけでも十分なのだが、そこにトメさんから譲り受けたぬか底で作った漬物と卵焼き。
 漬物をつかみ白米を大きな一口。
 一緒に食事をする沖の箸が止まり、こちらを眺めている。
「駿也さん、今日も美味しいです」
 料理はもちろん、駿也さんと食卓を囲んでいるから。そう付け加えれば沖が目を見開き、頬を真っ赤に染めた。