生涯の伴侶

求婚する男

 盗賊らしく周の心を盗む。
 そう告げてから、クレイグの家に住むようになった周に夜這いをかける事、数回。まだ、事にいたってはおらぬが、この頃は酒が用意さるようになった。
「貴方はいつも窓から入ってくるのですね」
 ため息交じりに言われ、博文はその腰に腕を回して抱き寄せる。
「あぁん? なら堂々と扉から入ってきて良いのかよ」
 けして中には入れてくれない癖にと唇を親指で撫でれば、やめてくださいと身を離す。
「……お酒、飲みます?」
「そうだな」
 漢栄の料理を振る舞ってくれる。特に辛みのある料理が好きで、豆味噌と鷹の爪を使いホウホウ鳥の肉と野菜を炒めたモノをだしてくれた。
「良い匂いだなぁ。周の作ったモンを食える日がこようとはねぇ」
「材料はすべて貴方が持ってきたものですから。ホウホウ、狩りに行ってきたんですね」
 子供が狩りを習う時に狩る獲物は、まずはピョンから初めて慣れてきたらホウホウを狩る。
「あぁ。自給自足できるモンはできるだけな。それにちび共が大きくなった時、自分らでやっていけるようにしねぇとさ」
「あの子達は盗賊にしないのですか?」
「しねぇよ。その為に色々と教えてんだ。盗賊は俺だけでいい」
「そんな事を言っても、貴方達のようになりたいって思う子だっている筈です。貴方らが盗賊をやめない限りね」
 痛いところを突くと、髪をガシガシと掻く。
「俺はそういう生き方しか知らねぇんだよ」
 他の者は自分らの生き方を軽蔑するだろう。だが、博文にとっては生きていくために必要だった。
「なら、盗賊ではない生き方を、俺と探しませんか?」
「周……」
「あれからずっと考えていたんです。貴方が盗賊をやめるのなら、騎士をやめて貴方と共に生きてもいい」
 それならお互い様でしょう、と、微笑む。
「何、言ってやがる。お前にとって騎士は大切なものじゃねぇのかよ!」
「大切ですよ。でもね、貴方だけにやめろというのはズルいでしょ?」
 真っ直ぐなその視線に、博文は心を射抜かれた。
「おめぇはすごいな」
 盗賊はやめられない。でも周の心は欲しい。だから盗賊らしく盗む事しか考えていなかった。
 なのに彼は自分の好きな事もやめて共に生きる事を考えてくれた。
「まじで惚れ直すわ」
「そういう選択もあるという事を考えておいてください」
 というと開いた皿を手に席を立つ。
 美味い酒と料理を十分に堪能し、そろそろお暇しなければいけないかと思いつつ、もう暫く一緒にいたいという気持ちになる。
「博文、泊まっていきます?」
 その言葉に、気持ちを読まれたかとドキッとした。
 周がそういってくれるのは初めての事で、変に期待を持ってしまいそうだ。
「……泊まって良いのかよ」
 もしや、周も同じ気持ちなのかと様子を窺う。
「言っておきますが、寝る場所は別々ですから」
「ちぇ、なんだよ。夜のお誘いかと思ったのに」
 やはり周だった。苦笑いをしながら残念と呟く。
「俺の許可なく手を出したと父とクレイグさんに言いつけますから。血相をかえて貴方の元に行くでしょうね」
「うひゃ、そりゃ怖ぇ」
 二人は周をとても大切にしている。きっと半殺しじゃすまねぇなと武者震いする。
「おやすみなさい」
「おう、おやすみ」
 ベッドに横になり周の言葉を思い出す。
「盗賊のままの俺じゃ、アイツの隣にいる資格はねぇ」
 真剣に盗賊としての自分に向き合うなんてはじめてだ。
 本気で周が欲しいなら、まずは自分を変えなくてはいけない。

 考え事などあまり得意ではない。いつのまにかぐっすりと寝てしまっていた。
 ドアが開く音がし、
「起きてください」
 と身体を揺さぶられる。好きな人に起こされる朝も悪くない。
「食事の用意は済んでいます。俺はもう行きますね」
「あ、待て」
「なんでしょう……、んっ」
 我慢できなくてがっつりと濃厚なキスを食らわせた。
「ぷはっ」
「な、何を考えているんですか!」
 唇を押さえる周に、満足げにニカっと笑う。
「こういうの、良いな」
「良くありません。後は勝手にどうぞ」
 怒って部屋を出て行った。

 この幸せを手に入れる為に、ある場所へと向かう。そう、ここは博文にとって、天敵ともいえる場所であった。
「よう、リカルド」
「朴博文」
 まだリカルドが第一隊の隊長をしている頃からの付き合いだ。
 今の今まで捕まらないで済んでいるのは街の人の協力があってのことだけで、何度も窮地に追い込まれたものだ。
「……ハァ、よくぞ入り込んだものだな」
「この時間は食事を摂る奴が多いだろう? 結構穴だらけだぞ」
「それは困ったものだ」
 情報が盗賊に漏れている事、そして簡単に侵入を許してしまった事に対して頭が痛いようだ。
 額に手を当てるリカルドに、
「俺だから侵入できたんだよ」
 と慰めにもならぬ言葉を掛ける。
「で、自ら捕まりにきたか、それとも何か用事か?」
「あぁ。周の事で話がある」
「シュウの?」
 手を借りる為にここへときた。それ故にリカルドには包み隠さず話をし聞かせる。
「は、いい歳をして随分と若いのに惚れこんだな」
「まぁな。枯れてないんで」
 互いに顔を見合わせて笑いあう。
「で、シュウがお前の心を動かした訳か」
「あぁ。こんな俺と一緒に生きる道を考えてくれた。俺だけにやめろって言わねぇでさ、自分も騎士をやめるって」
「シュウらしいな」
「ますます惚れるってもんだろう。でだ。そんな事はさせられねぇって思った訳よ」
 周を騎士のままで居させるためには、自分が彼をあきらめて傍から居なくなればいい。
 だが、それが出来ないから、プライドなど捨てて博文は深く頭を下げる。
「リカルド、助けてくれ」
「これは驚いたな」
 顎を撫でつつ、如何にも楽しい物を見たとばかりに口元をニヤニヤとさせる。
「笑いたければ笑え。でも、俺一人じゃ思いつかねぇんだよっ!」
「好きな人が出来ると人は変わるのだな」
 リカルドは席から立ちあがり、博文の肩に手を置いた。
「有能な若者をやめさせるのは忍びないからな。助けてやろう」
「本当かっ、ありがてぇ」
 持つべきものは好敵手だな、と、手を握りしめれば、やめろと振り払われた。
「これから長い付き合いになるのだからな」
 と、悪巧みを考える顔をする。
「長い付き合い……?」
 リカルドのようなタイプは、できればあまり付き合いたくはない。
 早まったかと思ったが、どうせ自分ではどうすることも出来ないだろう。
「では、まずはお前には足を洗って貰おうか。後は私が上手く処理してやるから」
「手配書はどうするんだよ」
「任せておけばいい。そのかわりだな、私の頼みを一つ聞いてもらおうか」
「頼みか。わかった」
「ほう、内容も聞かずに返事をくれるのか」
 借りはかならず返す。それは博文が盗賊になった時から決めていた事だ。
 どんな頼み事を言われるかヒヤヒヤだが、それを叶えてやるくらいの事をリカルドはしてくれようとしている。
「あぁ。なんでも一つ聞くぜ」
 ただし、周と別れろと言うのは無しなと笑う。
「では、その願いは次に会う時にそれは話そう」
「解ったよ」
 次に会う時の為に連絡先を伝え、用事も済んだので退室する。
 来た時同様、ばれる事無く騎士の宿舎を出る。
 今度会う時の土産に警備の穴を教えてやろう。男として好敵手に弱い所を見せたままでは嫌だから。