Short Story

Soin

 関町の様子を見てきて欲しい。
 定休日が災いし、清美からのお願いを聞く羽目となってしまった。
 インターホンをならずと、熱さましのシートを額に貼りスエットを着た関町がドアから顔をのぞかせ、龍之介を見た途端に驚いた顔をする。
「どうしたんですか」
「姉に頼まれてな。熱は?」
「さっき計った時は8度を超えてました」
「そうか。入るぞ」
 脇をすり抜け中へと入る。
 1DK。男の一人暮らし、丁度良いくらいの部屋だと思うが、散らかしっぱなしだ。
「あ、すみません、散らかっていて」
「まぁ、それは別にかまわない。所で飯はちゃんと食ってたのか」
「プリンを」
「プリンか。まぁ、食ってるだけましか」
 医者の処方した薬がある。病院に行ってなければ連れて行ってねと言われていたので、その点だけは安堵する。
 冷蔵庫の中をチェックすると、レトルトのご飯と卵、後はビールとプリンしかない。
 なにか食べるものを持って行ってあげてと清美に言われていたのでスーパーに寄ってきて正解だ。
「飯を作るから座ってろ」
「わぁ、優しいなぁ」
「煩いよ」
 床に落ちていた上着を関町の方へと放り投げ、キッチンスペースへと向かう。
 一人用の土鍋を棚から発見し、お粥を作り始める。
 土鍋にレトルトのご飯をそのまま入れ、鶏ガラスープの素を加える。沸騰したら弱火にしご飯を解して煮る。
 柔らかくなったら溶き卵を入れて完成だ。
 鍋しきの上に土鍋を置き、茶碗と蓮華、スプーンを置いた。
「あれぇ、家にこんなのあったんですね」
「家事、全然やらないんだな」
「はい。食材を切らずに自分の指を切るくらいですから」
 と照れ笑いを浮かべながら後頭部を掻く。
 男の一人暮らしなんてそんなものだろうと、これでそつなくこなす奴だとしたらもっと苦手になっていたことだろう。
「そうか。食えるだけで良いから」
「うはぁ、嬉しいです。龍之介さんの手作り」
 頂きますと手を合わせ、茶碗を手にする。
「はふ、おいしいです」
 いつも美味そうに食べる。作った者からしてみれば、関町のような反応を貰えたら嬉しくなるだろう。
 龍之介だって、気にくわないとは思っていても、お粥一つで喜んでくれる所は可愛いらしく思える。
「そうか。ゆっくり食えよ」
 つい、優しい気持ちになってしまうのも、気分が良くなっているからだろう。
「はい」
 茶碗の中身はすべてなくなり、食欲はあるようだなと、茶碗を受け取って水と薬を手渡した。
「俺、龍之介さんに会いたいって思ってたんです」
「は、俺はあいたくなかったよ」
「冷たいなぁ。でもいいんです。そういいながらも来てくれたから」
 幸せですとへらりと笑う。
「ほら、お前がいますることは休むことだぞ」
 熱さましのシートを貼りかえて布団を掛けてやる。
「龍之介さんがお母さんみたい」
「お前の母親なんてお断り」
 額を指ではじく。
「ソファー借りるな」
「え、泊まってくれるんですか?」
「あぁ。朝、お前に飯を食わせてから帰るわ」
 ここまで面倒を見てやる義理はないのだが、流石に熱で苦しんでいる者を前にして薄情な真似は出来なかった。
 どれだけ人が良いんだと自分に呆れる。
「うへへ」
 唇を緩めながら身体を揺らし始める。とうとう熱で頭がおかしくなったか、
「気持ち悪い」
 さっさと寝ろと背中を押す。
「はい」
 だが、それかも風呂を使うならどうぞとか、ブランケットを持ってきたりと世話を焼こうとするので、早く寝ろと怒鳴り部屋へと押し込んだ。

 いつもよりも一時間早めに起き、関町の様子を見に行く。
 ちゃんと眠れているようで、顔色も良くなっている。
 消化に良い物をつくり、メモを置いて帰ろうとしたら、
「おはようございます」
 と声を掛けられる。
「おはよう。朝と昼の食事を作って冷蔵庫に入れておいた。後でチンして食べろ」
「帰っちゃうんですね」
 やたら寂しそうな顔をしている。まるで捨て犬のようにみえる。
「そんな顔するな。仕事が終わったら様子を見に行くから」
「本当ですかっ」
 犬のような奴だ。耳をぴんとたて、尻尾を激しく振るう姿が目に浮かんできた。
「あぁ」
「やった、また会えるんですね」
 関町は本気なんだ。
 初めて恋をしたときの事をふいに思い出す。
 愛しい人の傍にいられるだけで幸せで、そこ頃の自分も、きっと同じ顔をしていただろう。
 そう思ったら、急に胸がきゅっと締め付けられた。
 真っ直ぐすぎる思いがこそばゆく、気が付いた時には関町の頭を両手で乱暴に混ぜ返していた。
「うわぁっ」
「犬みてぇなんだもの、お前」
 手を離し、そして今度は髪を整えるように優しく撫でた。
「さてと、帰るわ」
 飯食って寝ろよと言い、玄関へと向かうが、
「龍之介さん」
 関町の手が腕をつかんで引き止めた。
 欲情した目。
 それをはっきりと感じとり、その手の上に手を重ねて引き離した。
「あ……」
「またな」
 今度はその腕を掴まれる事は無く、玄関のドアを開き部屋から出て行った。