寂しがりやの君

放課後デート

 ホームルームが終わり、連絡がないかとスマートフォンを取り出す。
 メッセージアプリからの通知メッセージ有りの文字。相手は橋沼で内容の確認をする。
「廊下で待つ、か」
 てっきり、ぶにゃがいる裏庭で待ち合わせをすると思っていたので慌てて教室を出る。
 大柄で目立つ男だ。しかも下級生の知り合いも多いようだ。男女問わず声を掛けられていた。
 今も誰かと話をしていたのだが、田中に気が付いて、
「秀次」
 下の名で呼び、手を振った。彼の周りにいる人たちが一斉にこちらへと顔を向ける。
 あまり目立ちたくはないので橋沼の腕を掴んでその場を離れた。
「なんだ、手をつないで帰るのか」
 俺は構わないぞと口元をニヤつかせる。
「そんなわけあるか」
 橋沼の手を乱暴に振りほどいて、ポケットの中へと突っ込んだ。
「教室に来るの、禁止な」
「なんでだよ。田中は俺のだって知らしめておきたい」
「……はぁ?」
 そんなことをしなくても誰も田中になど興味はない。それよりも橋沼に興味を持つ者がいるのではないだろうか。
「好きな子を独占したい俺の気持ちを解ってくれよ」
「ぬぁ」
 いちいちドキッとすることをいう。
「もう、やめてくれよ」
 熱くなった頬を冷ますように手で扇いで風を送る。
「流されてしまいなよ。トロトロになるまで甘やかすぞ」
 橋沼の弾力性のある大胸筋に頬を押し付けて抱擁されつつ、優しくされるのだろう。
 それはとても魅力的だが、同じ男としてプライドがある。
「流されねーよ」
「本当は甘えたい癖に、強がっちゃって」
「やだよ。その後に、スリーパーホールドをかけるつもりだろ」
「いや、ベアハッグかな」
 ベアハッグは向かい合わせに相手を腕で締め上げて動けなくする技だ。
「自由を奪って何をするつもりなんだよ」
「そんなこと、好きな子にしたいことなんて、いわなくてもわかるだろう?」
 つまりはそういうことか。田中は自分の身を守るように抱きしめた。
「友達のうちはキスしかしない」
「いやいや、友達でもしねぇし」
 ただし橋沼とはしている。視線が唇へと向いてしまい胸が高鳴った。
 いくらキスをするのが久しぶりだからといって相手は男なんだからと首を振るう。
「もしかして意識している?」
「そんなわけあるかよ。今度はバックドロップを食らわせてやっからな」
 頼むから技をかけさせないでほしいのだが、
「それならすぐに逃げないとな」
 する気満々なのかと田中は肩を落とした。
「ほら、デートに行くぞ」
 今度は橋沼から手を握りしめられ、しかも恋人つなぎをされてしまう。
「うわっ、やめろって」
 にぎにぎと動かされて、それを振りほどいた。
「はは、残念」
「まったく。油断も隙もねぇな。ところで今日はどこに行くんだよ」
「買いものに付き合ってくれないか」
「いいけど……」
 イチャイチャしながら買いものをする自分たちを想像して、それを取り払おうと頭を振るった。
 買いものは友達同士でも普通にするものだろうと。
「今から向かう場所で冬弥と待ち合わせをしているんだ」
「そう、なんだ」
 デートだというからふたりきりなのだと思っていたのに。
「なんだ、がっかりしているのか?」
 気が抜けてしまった田中に、橋沼が頬を緩ませる。
「違うから。紛らわしいことをいうなってぇの」
「俺的にはデートのつもりなんだがな」
 再び手を握られそうになってひっこめた。
「待ち合わせをしているんだろう。行くぞ」
 橋沼よりも先に歩き出すがすぐに横に並んだ。
「のんびり行こう」
 手を握るのは諦めたようだが、かわりに腰に手が触れた。
「ここ、外」
 体をひねらせて手を避ける。本当に隙がない。
「外でなければいいってこと?」
「そんなわけあるか!」
 ふざけあって笑いつつ歩いていると、
「ついたぞ」
 目的地にたどり着いたようで、目の前には大型の画材・文具店がある。
 すでに冬弥の姿があり、こちらに気が付いて手を挙げた。
「もっと時間がかかると思っていたのになぁ」
 デートなんだからと、田中の耳元で囁いた。
「うるせぇよ」
 睨みつけると楽しそうに口元を緩ませた。
「さてと。理由を話してくれるんだったよな」
 そう冬弥が言い、橋沼がふたりを交互にみると口を開いた。
「ふたりと一緒にここに行きたかったんだ」
 と橋沼がいう。その理由は田中にはわからない。だから言葉の続きを待つ。
「美術部に復帰してから皆が楽しそうにキャンバスに絵を描く姿をみて、自分も描きたい気持ちになった」
 その言葉を聞いた途端に冬弥が目を見開き、そしてくしゃっと笑う。
「そうか、描く気になったか」
「あぁ。でも、あの日のことを思いだしてしまうのではないかと少し怖い。だから絶望の中から救てくれたふたりに勇気を貰おうと思って」
 冬弥にもいわれたことがある。自分など何もしていない。むしろ逆に救われたほうだ。
 だが冬弥は違う。はじめから側にいて実際に起きたことも目の当たりにしている。
 何も知らない自分が感謝されることなどない。
「俺は何もしてねぇよ。だからここにいる資格はない」
 一歩後ろへ。そのまま踵を返そうとしたが、
「お前は居なくちゃ駄目だ」
 と冬弥が背中へと手を添えた。
「でも」
「お前はじゃないぞ。どちらが欠けてもダメなんだ」
 今度は橋沼の手が田中と冬弥の背に添えられる。
「総一」
「冬弥は心を、秀次は描きたいという気持ちにさせてくれた。だから一緒に、な」
 背中がじわりと温かい。ふたりの気持ちがそこから伝わってくるかのようだ。
「わかった。な、冬弥さん」
 下の名で呼ぶと冬弥が目を細めて、そしてデコピンをされた。
「いっ」
「俺が下の名前で呼ぶより先に言いやがって。生意気なんだよ秀次は」
「ははは。妬けるくらいに仲がいいな」
 とふたりの間に入り込む。
「俺らの仲に妬いてるのぉ」
 うふふと笑い口元に手を当てる冬弥に、妬いた橋沼が田中にしたことを思い出してドキッとする。
 しかも橋沼の指が自分の唇をトンと叩くものだからいたたまれなくなって田中はふたりから離れて店の中へと入っていった。
 ふたりも田中の後を追い店の中へ。そしてこっちだと橋沼が階段を上がっていく。
 一階は文具、二階は画材とわかれていた。
 文房具は百均やコンビニで買えばいいし美術は選択授業で選んでいないので画材道具をそろえることもない。
 はじめて入るこの店は品揃えが多くて驚くばかりだ。
「なんかすげぇな」
「そうだろう。ここは俺が一年の時に三年の部長が連れてきてくれたんだ。それからちょくちょく利用させてもらっている」
 橋沼もはじめて来たときはその品ぞろえに驚いたそうだ。
「本格的に絵をはじめたのが高校からだったからな」
 それまでは趣味でスケッチブックに描くくらいだったそうだ。
「へぇ、そうだったんだな」
「俺もはじめて来たときは秀次のような反応をしたぞ」
 と腕を組んで懐かしそうに冬弥が話す。
「でも今じゃ何がどこにあるか解るぞ」
 何故か自慢気にいう。
「つき合わせたからな。それではキャンバスが置いてあるところまで秀次を案内して」
「おう。後輩よ、ついてきな」
 冬弥が案内した場所には色々なサイズのキャンバスが置かれている。
「たくさんあんのな」
「あぁ。人物、風景、海景、正方形というサイズの規格がある」
 指で斜めに傾けてみせてくれる。
「そうなんだ。あ、説明はいらねぇから。わかんねぇし」
 説明してくれようとしているのだろうが聞いても忘れてしまうだろう。
 橋沼の好きなことなのに話をきいてあげないのは悪いと思うがはっきりと伝えておく。
「わかった。説明はしない」
「なぁ、適当に時間をつぶしてっからさ、総一さんはゆっくりみていなよ」
 側にいられると鬱陶しいのではないかとおもい離れていようとするが、
「待って。秀次にお願いしたいことがあるんだ」
 と引きとめられる。
「え、俺に?」
 絵のことは全然わからないのは橋沼もしっているから荷物持ちをしてほしいのだろうか。
「荷物持ちなら――」
「モデルをしてくれないか」
 思ったことと違う内容、しかもモデルとか隣にかっこいい男子がいるというのに。
「うそだろ、冬弥さんじゃなくて俺!?」
「秀次がいいんだ」
 舐めるように眺め、しかも首を撫でられて鳥肌が立った。
「総一、エロい顔で秀次をみているんじゃないよ。驚いてかたまっているだろ」
 橋沼の視線から遮るように冬弥が田中の前に立つ。
 このままみられ続けたら、自分はどうなっていただろう。
 ほう、と息を吐いて自分の腕を擦った。
「俺らは店の中をぶらついているから」
「わかった」
 いくよと田中の腕を叩き歩き出す。その後をついて橋沼から離れた。

 店の中をぶらついた後、トイレの近くに座れる場所がありそこに腰を下ろす。
「秀次のことになると周りがみえなくなるからなぁ」
 と冬弥がぼやいた。
「あの人、手がはやいよな」
「それだけ惚れられているってことだよ」
 指で肩を押されて田中は困惑気に首を傾けた。
「まぁ、そっちの件は相談にはのるけれど考えるのは自分でな。モデルの件は協力してやってほしい」
 本当に自分なんかでいいのだろうか。どうしても冬弥と比較してしまう。
 その視線に気が付いたか、
「男前の俺よりも秀次がいいって」
 ふざけた調子でいい、自信を持てと背中を強く叩かれた。
「確かにイケメンだけどさ、自分でいうかよ」
 橋沼が自分を選んでくれるというのなら強力は惜しまない。
「わかった。モデルを引き受ける」
「ありがとう」
 橋沼の声がして振り向いた。
 買いものは終わったようで、田中は背を向けていたので気が付かなかった。
「聞いていたのかよ」
「モデルを引きうけるって、それだけな」
 タイミングよく来たということか。
「そっか。じゃぁ、そういうことで」
「ありがとう秀次」
 橋沼が両手を掴んで嬉しそうにみつめてくる。その顔をみることができてよかった。
「はいはい、店の中ではやめようね」
 ふたりの世界に入りかけていた。我に返ってあわてて店を後にした。
「ふたりとも、今日は付き合ってくれてありがとう」
 店からは皆帰る方向が違うのでここで別れることとなった。
「おう。また明日な」
 手を振って先に冬弥が帰っていく。
「それじゃ俺も帰るわ」
「あぁ。今度はふたりきりでデートをしよう」
 デートじゃなくて遊ぶ約束な、といいなおそうとしたが、橋沼の顔をみていたらいうのをやめた。
 相手に押されっぱなしで自分のペースにもっていけない。恋愛に慣れてない人のようにまごついている。
 今までならかっこ悪くてダサいと思っていただろう。だがこういうのも悪くない。
 橋沼と出会い、田中は変わったのだ。本当にすごい存在だ。
「秀次?」
「あぁ、今度はふたりでな」
 とん、と、橋沼の肩をグーで軽く殴って「またな」と手を振った。