寂しがりやの君

友情か、それとも恋情か

 こんな感覚を味わうのは久しぶりだ。
 まるで中学の時に、初恋の女子と付き合った時のようだ。あの時も、気持ちがふわふわとしていたな。
「なんかご機嫌だなぁ」
 教室に戻り席に着くと、俺の元へ冬弥がきて、自分の口の端を指で持ち上げてみせる。
「え、顔に出てるか」
「口元が緩んでる。何かあった?」
「告白した」
「なんだって!」
 驚いて大きな声が出る。クラスメイトが驚いて俺達の方へと向き、
「なんでもない。すまんな」
 と手を合わせる。
「冬弥」
「悪い」
 俺の首へと腕を回してこそこそと話しだす。
「誰って、聞くまでもないか。田中だろ」
「お、あたり。よくわかったな」
 すんなりと当ててしまうあたりは流石だな。普通なら相手は女子だと思うのに、冬弥は同性の恋愛に偏見がないのだろう。
「だって、はじめっから田中は特別だったもの」
「そうだったかな」
「そうだよ。それでも友情の範囲内で収まっていたのに、いつだったかな、『可愛いよなぁ、秀次の奴』とかいってニヤニヤしてたのを見た時は引いたわっ」
 キモイわと言われ、それには覚えがなく、無自覚にそうしていたのかと、口元を押さえる。
「そんなことしていたんだ、俺」
「可愛い弟分みたいな感じだったんだろ、総一は。だけど俺からしたら異常な可愛がりぶりだなって」
 そうか、言われないと解らないものだな。
「冬弥、俺のことを気持ち悪いと思うか?」
「馬鹿か。好きになった相手が男だっただけだろ。それくらいで気持ち悪いと思うかよ」
 相手は俺じゃないしねと笑い、肩に手を置いた。
「変なことを考えるな。俺は友達をやめないからなっ」
「ありがとう」
 俺はいい友達をもったものだ。
「それにしても、そんな展開になってるとはな」
 とスマホを取り出して何かを打ち込む。
「お前、誰に送った?」
「弟」
 冬弥は弟と仲がいい。よく無料通話アプリでやり取りをしている。まさか、俺のことも教えたんじゃないだろうな。
「お前ねぇ」
「あと、田中宛に」
 と可愛い動物のキャラクターが、ムフフと笑うスタンプを見せる。
「あ……」
 これを見たら俺が話したことがばれるだろうが。
 スタンプと同じ表情をしている冬弥に、ため息をついて額に手を置く。
「面白がって」
「あははは、大丈夫だよ。寧ろ、意識しだすんじゃね?」
 楽しんでいるな、冬弥の奴。目を細めて口を噤むと、
「ちょっと、そんな顔をしないでよ。でもさ、田中みたいなタイプは、ガンガン押していった方がいいと思う。こっちから何かしないと、友達のままにされるぞ」
 それはあり得るな。友達になりたいと言うくらいだ。秀次にとってそのポジョンでいて欲しいと思っているかもしれない。
 俺の想いは告げた。それに対しての返事はないが、断られてないのだ。それを前向きに考えよう。
 一人の男として秀次に意識して貰えるように。
「そう言う訳で、早速、デートに誘いなよ」
「買い物には付き合って貰おうと考えていたが……」
 デートとしてではなく、秀次と冬弥に一緒についてきてほしいと思っていた。
「お、そうなんだ」
 じっと俺をみている。冬弥の目の前で送れと言いたいのか。
 まぁ、イイか。デート気分で行くのも。
「わかった。メッセージを送るから」
 文章を打ち込んで送信。すると返事がすぐに送られてきた。
「了解だって」
「そうか。じゃぁ、教室まで迎えにいかないと」
 きっと驚くぞと冬弥が口角をあげる。
「そうだろうな。あ、冬弥は画材店の前で待ってろ」
「は? 何言ってんの、デートだよ。俺は邪魔なだけじゃん」
 嫌だよと本気で断られた。
「デートは画材店まで。今日は二人に付き合って貰おうと思っていたんだ」
 美術部に復帰したのだから、スケッチブックばかりではなく、キャンバスに絵を描きたい。
 だが、あの日のことを思いだすのではと、少し怖くもあり、俺を救ってくれた二人に勇気を貰いたい。
「どうしても?」
「あぁ。頼むよ」
 理由は合流した後に話すからと言う。
「わかった。画材店の前で待ってる」
 冬弥のそういう所は助かるよ。
「ありがとう」
「おう」
 チャイムが鳴り、冬弥は席へと戻っていく。
 どんなに浮かれていても授業になれば集中できた。
 だが、今日は駄目だな。秀次のことで頭がいっぱいだから。
 早く会いたい。
 俺を見て嬉しそうな顔をする姿を思浮かべ、口元が綻ぶ。やばい、それでなくとも俺は目立つんだ。先生に見つかったら、何を言われることか。教科書を見ているふりをして俯き、口元を隠した。

 クラス担任のいい所はホームルームが短いというところだ。
 大抵、俺らのクラスは一番に終わり、秀次を迎えに二年の教室がある、向かいの棟へとむかう。
 途中で知り合いの下級生に声を掛けられ、軽く挨拶を交わしながら来たのだが、それでも秀次のクラスはホームルームの最中だった。
「先輩、二年の教室にくるなんて珍しいっすね」
 同じ部活の男子が俺に声を掛けてくる。
「待ち合わせ」
 と教室を指さす。
「あぁ。聞きましたよ、三芳先輩に」
 彼女っすよねと、顔をにやけさせる。
「えっ、三芳の奴」
 勝手に何を話しているんだ。
「彼女じゃない。友達」
「そうなんすか。てっきり彼女かと。なぁ」
 同じく部員の彼女たちに男子が話を振る。
「私たちもそうだと思ってました」
「あ……、誤解だから」
 彼女ではないし、告白の返事を貰っていない。まだ友達という関係でしかない。
「そうだったんですか」
 何故か部員の子達がガッカリとする。そんなに恋バナが聞きたかったのか。
 そうこうしている間に、秀次のクラスのホームルームは終わったようで、ざわざわとしはじめる。
 出入り口に秀次の姿を見つけ、
「秀次」
 と名を呼んで手を振るう。
 すると俺が待っていた相手が気になったか、一斉に秀次の方へと顔を向けた。
 それに驚いたか、俺の手を掴み引っ張っていく。
 部員の子達に、またなと手を振り、
「なんだ、手をつないで帰るのか」
 と軽口をたたく。
「ふざけんなっ。そんなワケねぇだろ」
 昇降口まで引っ張られてきたわけだし、俺はこのまま繋いで帰っても構わない。
 だけど秀次は嫌だろう。周りの目を気にしろと言われそうだ。
「教室まで来るなよ」
 て、思っていたら案の定だ。部員の子達、興味津々とばかりに見てたものな、秀次のこと。
「別にいいだろう。俺のだと知らしめておこうかと」
 ぽかんとした顔で俺を見る。なんでそんなことをするんだと、いわんばかりだな。
「ばっかじゃねぇの」
「好きな子は独占したいんだ」
 俺はそういう男だからな。これで秀次に対して、へたに手出しをしてこないだろう。
 それに、秀次にも意識させたいしな。
「少しずつ意識させようかと思って」
「その手にはのらねぇよ」
 と言いつつも、気にはなるだろう?
「流されてしまいなよ。とろとろになるまで甘やかすぞ」
「流されねーよ」
 好きな子には優しいぞ。それに秀次がいくら大柄でも俺よりは細いし小さいから抱きしめてやれる。
「本当は甘えたい癖に、強がっちゃって」
 カモンと両手を動かすが、
「やだよ。その後に、スリーパーホールドをかけるつもりだろ」
 と言われる。あ、ふざけていると思っているな。
「いや、ベアハッグかな」
 向かい合わせに相手を腕で締め上げて動けなくする技だ。自由を奪ってしまえばキスだって、それ以上のこともできる。
「総一さんの助平」
 俺の考えに気が付いたようで、自分の身を守るように抱きしめる。
「あははは、助平って、あたりまえだろ」
 当たり前だろう。意識させようと思っているのだから。
「友達のうちはキス以外しないよ」
「信じられねぇ」
 即、そう返された。信用されてないな。まぁ、最後まではしないけれど、隙あれば触ろうとは思っている。
「本当に嫌な時は拒否してくれ」
「わかった。そん時はバックドロップを食らわせてやっからな」
 本気でやりかねないが、それでも手を出さずにはいられないだろう。それだけ俺が本気だということを秀次には意識してもらわないとな。