獣人、恋慕ノ情ヲ抱ク

セドリック

 セドリックが北へと旅立った日はまだ平気だった。仕事があったからだ。
 だが、家に帰り家事をして時間がたつにつれて寂しさがブレーズを襲った。仕事が忙しくて宿舎に泊る日もあるが、それでも会いに行けばいいことだから。
 北へ行くとは聞いているがそこを目的に行くかは知らないから会いに行くこともできない。しかもそれがいつまで続くかわからないのだ。
 そんな日々を続けていくうちに、リュンがブレーズに甘える頻度が増え、時に逆のときもある。
 ベッドがやたらと広く感じてしまい、リュンとブレーズは身を寄せ合って眠った。
 食事の準備も簡単だ。沢山作る必要がないからだ。洗濯物も一人分少ないと洗うのも干すのもすぐに終わる。
 セドリックがいないことを知っているからドニが気晴らしに行こうと買い物をしに行った。小物をみたり、リュンの本を探したり、ゾフィードとペアリングを作りたいからと指輪を見に行った。
 買い物が済み、夕食を一緒にと誘われて家へと行った。リュンはゾフィードと顔を合わせたことがなく、はじめは人見知りがでてしまったが、前にドニからもらったお菓子を作ってくれた獣人だと知り、しかも夕食に甘いタルトを作ってくれてすっかり懐いた。
 お菓子をくれる人に警戒心がないのは少し不安ではあるが。
 帰るときには沢山のお菓子を持たせてくれて、あしたピトルさんにあげるの、というので店が終わった後に獣人商会へとよることにした。
 リュンがブレーズの心を癒し温めてくれる。
 これから先も側にいて欲しい。そう強く思うばかりだ。

 リュンとふたりきりの暮らしも半月となっていた。セドリックはまだ帰らない。
 北へ行ってから何日かはセドリックはいつ帰ってくるだろうとふたりで話していたけれど、いまは口にすらしなくなっていた。帰ってこなかったときに落胆してしまうからだ。
 それでも家のドアを開くときに期待してしまう。セドリックが出迎えてくれるのを。
 ドキドキしながらドアを開くが家の中には誰もいなかった。
 リュンも明らかにガッカリとしている。獣人は口に出さなくとも耳と尻尾が正直に気持ちを伝えていた。
「夕ご飯を作るね」
「うん。ボク、テーブルふくね」
「お願い」
 リュンはテーブルを拭くときに椅子の上にのるのだが、その時、
「セド、かえってきた!!」
 そう声を上げて、ブレーズは振り向き窓から外を見る。そこにセドリックの姿があり、リュンがドアを開けて抱きついていた。
 ブレーズもいそいで外へとむかうと、
「ただいま」
 と片手でリュンを抱き上げ、もう片方を広げた。
「お帰り、セド」
 その胸に飛びこみ、そして腕が周り抱きしめられた。
 久しぶりのセドリックの香り。雄らしい匂いがして胸がどくどくと波打つ。
「はぁ、リュンのもっちもち感とブレーズの良い香り」
 うりうりといいながらリュンと頬をこすり合わせていた。
「きゃっ、セド、くすぐったい」
「ふふ」
 ふたりの姿を眺めながら口元を綻ばしていると、もふんと両頬に頭をくっつけてぐりぐりとしはじめた。
 これをやられるとブレーズが弱いことを知っていてだ。
「もうっ、可愛いぃ」
 そう口にするとすぐに、
「ブレーズも可愛いぞ」
 とセドリックが言い返す。
「かわいいー」
 リュンもまねしてそう口にして、皆で笑いあった。
「さ、家に入ろうか」
「そうだね」
 家の中へと入るとセドリックが大きく息を吸い込んで、
「はぁ。ブレーズとリュンの甘いにおがして癒される」
「えぇ、甘いものばかり食べていたからかな」
 自分の匂いを嗅ぐが特に甘いにおいはしない。リュンもまねして匂いを嗅ぎ首を横にふるう。
「あはは、そういう意味じゃないんだよなぁ。俺みたいな男ばかりだったからさ。獣の雄臭いしむさ苦しいし」
「あぁ、そういうことね。僕は好きだよ。そういうセドのこと」
 男くさく、興奮してしまう。
「どういうこと?」
 リュンがふたりを見あげて首を傾げた。
「ん、とびっきりかわいい子は甘い匂いがするんだよってことだ」
 チュッとリュンの耳のあたりに口づけをし、ブレーズには頬に口づけた。
 甘すぎる。
 一人だったら叫んでいたに違いない。
「えへへ」
 リュンが頬に手を当ててくねくねと体をよじらせている。よほど嬉しかったのだろう。
「りゅぅぅんっ、可愛いなぁ」
 ぐりぐり、なでなでと撫で始めてリュンがきゃっきゃと笑っている。
「さて、そんなかわいいリュンにお知らせがある。面会の日が決まったぞ」
「ほんとう!」
 待ちに待っていたミヒルとの面会に、落ち着かなく手足をバタバタを動かし始めた。
「喜びが頂点に達したって感じだな」
「セドリックが帰ってきたし、ミヒルに会えるんだものね」
「そうか」
 セドリックの手が腰に回り引き寄せられる。視線が合い、ふわりと笑う。
 特別なんだと実感する。それが嬉しくて頭をセドリックの方へと傾けた。

 普段は早くに寝てしまうリュンが興奮しているせいかなかなか眠りに付かなかった。
 絵本を二冊読み終え、三冊目の途中ですうすうと寝息が聞こえてきた。
 静かにベッドから離れてセドリックの元へと向かうと、風呂から上がり酒を飲んでいる所だった。
「セド、濡れているよ」
 首にかけているタオルをつかんで毛を拭き始める。
「ん、ブレーズに拭いていもらうの、気持ちいいよなぁ」
「そう?」
 耳がへたりと垂れて、時折、小さく動く。それを指で突くと、ぶるぶると震えた。
「可愛い」
「こら、遊ぶな」
 拭いていた腕をつかまれて引き寄せられる。膝の上にまたぐようなかたちで座る。
「セド、まだ疲れが抜けていないね」
 互いの顔が近く、表情がよく見える。目元に隈をみつけて指でなぞる。
「これくらい、どうということではないさ。リュンの父親を見つけることができたからな」
 そう口にすると不快な表情を浮かべた。
「話し合えた?」
「いや。胸糞が悪くなっただけだった。まぁ、獣人売買は売った親も罪は重いし親権がはく奪となるからな」
「だけど罪を償わせることができるね」
 リュンに辛く悲しい思いをさせたのだから、罰をしっかりと受けさせて悔いてほしい。
「あぁ。死ぬほど後悔させてやるよ」
 けしてリュンには見せられぬ怖い表情を浮かべた。
「セド、表情がこわい」
 と眉間を指で押した。
「すまん」
 力が抜けて表情が柔らかくなる。そしてブレーズの肩へと顔を摺り寄せて甘えた。
「あぁ。でも少し長めの休暇をもらえそうなんだ」
 ブレーズの薬指にセドリックの薬指をこすりつける。意味ありげなその行為にあることが頭をよぎる。
 旅立つ日の朝、セドリックに聞かれた。何色の石が好きなのかと。
 特にこれという色はなく、だが、セドリックの目の色が綺麗でエメラルド色だと答えた。
 そして薬指。人の子はプロポーズとともに指輪を贈りあう。その時に指輪をはめるのは薬指なのだ。
 それを意味して触れているのか、セドリックの表情を見る限りそのようにみえた。
「そうなんだ。ゆっくりできそうでよかった」
 薬指へとこすりつけていた指が今度は手の甲を撫でている。
「休みには色々とすることがあるからな」
 耳に息がかかり、セドリックがささやいた。
「蜜月だからな」
「セド」
 熱が一気に上がる。
「本当はいちゃいちゃとしたいところだが、すまん、もう無理だ」
「うん、疲れているものね」
 少し残念だがいつでもする機会はある。これからも一緒にいるのだから。
「ブレーズも、眠ろう」
「そうだね」
 手を引かれてベッドに向かう。
 リュンを挟んで横になると顔を見合わせてお休みと口にする。
 セドリックはすぐに寝息をたてはじめた。
「おやすみ」
 そう呟き、ブレーズは目を閉じた。