獣人、恋慕ノ情ヲ抱ク

いつもの日常

 獣人には二種類の種族があり、ルクス系は逆三角形型の輪郭で鼻が高く鼻筋にしわがある。口は大きく歯茎がでている。そして舌が長い。気持ちが良いと尻尾を振るう。
 ルルス系は卵型の輪郭で目が小さく鼻が大きく、耳は楕円形をしている。気持ちが良いと喉が鳴る。
 王都の外れ、そこに立派な屋敷がぽつりと立つ。
 そこは王都から二日ほど馬車を走らせた場所にあり、人の子が住む国との境にある。
 そこの主は小さな獣人で、ただ一人の従者と共に住んでいた。
 二人しかいないのに無駄に広い場所だ。はじめのころは荒れ放題で、見られるのが恥ずかしいほどだった。
 高貴な生まれであるのに見た目が悪い、まるで自分と同じだと卑屈になったものだ。
 シリルは獣人の国、王都の第三王子だ。
 親兄弟は美しいプラチナの毛並を持っているというのに、シリルの毛は綿のようにふわふわで、尻尾はまんまるく膨れていてみっともない。
 王宮に居る時は自室以外の場所を行く時は外套をすっぽりとかぶり姿を隠して移動する。
 食事は常に自室でとり、パーティがある時は部屋から一歩たりともだしては貰えなかった。
 偶然に重臣にあうと嫌味を言われ、使用人ですら陰では自分のことを馬鹿にしているのだろうと、人という人を信じられなくなってしまった。
 ただ、そんな自分にも優しい獣人はいた。騎士の貴族家系であるブランシェ家の次男であるファブリスはシリルが幼き頃から兄のように可愛がってくれた。そして彼の叔父であるランベールは親の代りに愛情をくれたのだ。
 館へと移るとき、従者としてファブリスのみがついてくることとなった。
 ファブリスは騎士として有望な若者だった。白く美しい毛並と立派な体格を持つ雄で剣術の腕もよい。そんな彼の人生をシリルが奪ってしまった。
 それなのにファブリスはいつも優しく、しかも身の回りの世話までしてくれる。
「俺は自ら望んでついてきたのですから。後悔なんてありませんよ」
 といってくれたからだ。
 それが心から嬉しかった。気持ちが前向きになれたのはファブリスのおかげだ。
 その日から、ファブリスには敬語を禁止し、シリルにできることはやらせてもらうことにした。
 自分の見た目は変えられないが、せめて屋敷くらいはと思うようになったからだ。
 シリルの家事レベルは相当ひどかった。はじめのうちは雑巾の絞りが甘くて床を水浸しにしてしまった。
 ファブリスはそれを見ているだけだった。自分で考え、あとでどうしてこうなったのかを説明する。その方が二度と同じ失敗をしないからだと教えられた。
 上から下の順で掃除をするのは基本。それすら知らずに床を掃除してから棚の上の埃を払っていたものだ。
 自分たちの部屋の掃除を終えると、次はランベールとゾフィードの部屋の掃除だ。
 ランベールは冒険家で、年の大半は珍しいものを求めて旅にでている。その途中でこの館に寄り、半月ほど滞在していくのだ。
 ファブリスの友人であるゾフィードはここ二年、お供として一緒に旅をしている。
 それゆえに二人分の部屋を用意してあり、掃除もこまめにしているのですぐに終わった。
 次は新たに用意した二つの部屋の番だ。ここは初めてできた人の子である友がいつでも泊まれるようにとファブリスと一緒にベッドから手作りしたのだ。少し見た目がよくないが、思いはたくさんつまっている。
「はぁ。二人に会えないのは寂しいな」
 時間があれば屋敷に遊びに来てくれていたが、この頃は本業である薬草作りが忙しいようだ。
「そうだな。俺も寂しいぞ」
 ファブリスは弟子であるロシェに会えないのが寂しいようだ。剣術を共にできる相手ができて喜んでいたら。
 しんみりとしていたらファブリスが気持ちを切り替えるように掌を叩く。
「さ、次は庭の水やりを頼む。俺はご飯の用意をするから」
「わかった」
 庭の手入れは掃除の次に覚えたものだ。
 土は固く雑草が生えていたが、草を抜いて土を耕し、庭の落ち葉を集めて灰にしてそれを混ぜて野菜の種を植えた。花を愛でるより食を選んだのだ。
 時折、雑草を抜き、水やりをする。植物が育つのを眺めるのも水巻をするのもシリルには楽しいものだった。
 花壇に植えたトマの実とナスナがそろそろ収穫を迎えそうだ。
 トマの実は真っ赤な野菜で、酸味と甘みがある。生で食べたり煮詰めてジャムにすると調味料として使えるのだ。
 ナスナは油と相性が良く、小麦粉をつけて揚げたり、肉料理で使用したりする。
 ランベールたちと一緒に食べられたらいいなと思いながら水を撒いていると、空から真っ白な鳥が舞い降りてきて肩へと止まった。
「お帰り、スノー」
 くちばしの下のあたりを軽く掻いてやれば、嬉しそうにくるくると喉を鳴らす。
 足に括りつけられた手紙をとり、それを読む。シリルの表情が見る見るうちに笑顔となる。
 スノーを止まり木に留め、手紙を手にキッチンへと向かう。
「ファブリス、ランベール達が明日にもここへと到着するそうだ」
「そうか。よかったな」
 頬を摘ままれる。浮かれてしまう気持ちは隠すことができず、ファブリスにからかわれるしまつだが、喜びのほうが勝るので気にならない。
「うん。楽しみだ」
 野菜を切っていた手が止まり頭をなでられる。
 ファブリスはシリルが楽しそうならそれでいいと口にすることがあるが、今もそう思っているのだろう。
 だからシリルはファブリスに頭を撫でられるのが好きなのかもしれない。