獣人、恋慕ノ情ヲ抱ク

招待客

 思えばあの事件の時も、ゾフィードが所属する騎士団が担当だったというのに姿を見なかった。
 王都に戻ってから数日後、王からの書簡を手にある場所へと向かっていたらしい。
 それは嬉しい顔ぶれと共に知ることとなった。
「ドニ」
「シリル」
 手を握りしめあう。
 なんと嬉しいサプライズだろうか。
「獣人の国に招待されるなんて思わなかったよ。凄いところだね、圧倒されちゃった」
 その豪華さと広さに驚き、使用人の数や騎士がいること、なによりも獣人だらけということに興奮したという。
 鼻息が荒いドニに、ロシェが落ち着けよとチョップを食らわせた。
「相変わらずだな、二人とも」
 変わらぬその姿に心が温まる。
「シリルは出発する前より明るくなったよね、ロシェ」
「そのようだな」
 いいことがあったのだろうと察してか、二人は優しくシリルを見つめている。
「話を聞いて欲しいのだが、ロシェはどうする?」
 ファブリスの方へと顔を向けば、ぴくりと小さく耳が動いた。
「俺は休みたい」
「わかった。ファブリス、客人のお世話はお前に任せえる。隣のゲストルームを使え」
「承知いたしました」
 失礼しますと頭をさげ、ロシェと共に部屋を出て行った。
「シリル様、私も失礼いたします」
「あぁ。ゾフィード。ゆっくり休め」
「はい」
 ドニと二人きりになると、
「ふぁぁ、シリル、本当に王子様なんだねぇ。この部屋もすごく広くてきらきらしてる」
 と感嘆の声を上げる。
「ずっと偽っていてすまない。あの時は話してはいけないと言われていてな」
 それもシリルを守るためのことだった。
 そう、ドニに話をすると、
「そういう理由があってよかったよ」
 そういってくれた。
「あぁ」
「あ、ごめん。俺、いつまでもタメ口じゃだめだよね」
「いや、二人にはそのままでいてほしい。敬語はよそよそしくていやだから」
 ドニたちには王子だと知ったからと態度を変えられるのは嫌だった。大切な友達なのだから。

 しばらくすると使用人がワゴンでお茶とお菓子を運んでくる。
 給仕を終えて部屋を出るのを待ち、再び話を始める。
「はぁ、すごいところだね」
 部屋を見渡すドニに、シリルはそうだなとうなずく。
 あの屋敷も大きかったが、王宮はそれ以上だ。内装も豪華だし、掃除も行き届いている。
「だが、父様がドニたちを招待してくださるとは思わなかった」
「俺もびっくりしてる」
 あの時は家族に愛されていないと思っていたからドニたちを招待したくとも言えなかった。
 それに、自分のせいで何か言われたらいやだった。
「シリル、実はね、君がここにくるまえに王太子に会ったんだ」
「え、アドルフ兄様に?」
「うん。来てくれてありがとうって言ってくれた」
 家族とのことはドニに話してある。ゆえにアドルフの言葉に驚いたという。
「そのことなのだが、実はな……」
 冷たくされていた理由を話すと、
「そうだったんだ。よかった。ドニ、家族に愛されていたんだね」
 と喜んでくれた。
「うん、そうなんだ」
 ぎゅっとドニの手をつかむと握り返してくれた。
「それとな、ランベールに求婚されたんだ」
 そう告げると、ドニがわぁっと声を上げシリルを抱きしめた。
「シリル、おめでとう!」
「ありがとう」
 もらったアクセサリーをドニへと見せると、目をキラキラとさせる。
「すごい、七色に光るんだ。綺麗だねぇ」
「そうなんだ。それにな、これは父様と母様から頂いた」
 と机の上に飾ってあるものを見せる。
「わ、こっちも綺麗! シリル、よかったね」
 ドニは心から喜んでくれている。その表情が物語っていた。
「あぁ。それにドニたちも来てくれた。最高に幸せだよ」
「俺も。シリルの晴れ舞台をみれるなんて嬉しい」
 そう微笑んで額をくっつけると、ドニが目を細めて、
「むふ、シリルの可愛いお顔を近くで見れて幸せ」
 と笑った。

※※※

 夕食にドニとロシェがいる。
 もっぱら話をするのはドニだが、シリルとの出会い、そして屋敷でのできごとを聞き、家族はそれを楽しそうに聞いている。
「我が子と仲良くしてくれてありがとう、ドニ君」
「いえ。俺こそ二人と仲良くなれて嬉しいです」
 流石にドニも緊張しているのか、獣人を前にしてもいつもより大人しい。
 食事もそろそろ終盤を迎え、デザートが並べられる。
 そこでシリルがご報告がありますと皆にいう。
「何かね」
 王が皆の代わりにそう口にすると、
「ランベールから求婚の言葉を頂きました」
 そう告げる。
「……そうか」
 王が渋い顔をしている。それを見て王妃はクスクスと笑い声をあげた。
「王妃」
「あの宝石は美しかったでしょう?」
 王がその言葉に何か慌てた様子を見せる。どうしたんだろうと思いつつ、
「はい。七色の宝石なんですよ」
 そう言葉を返せば、
「王が、『七色石で作ったアクセサリーを用意できなければ求婚をするのは認めない』と言いだしましてね。とても大変だったでしょうね、用意をするのは」
 という。風呂で見つけた怪我。ランベールは爪がかすったと言っていたが、まさかその宝石を手に入れるために負ったものだろうか。
「大変というのはどういうことでしょうか」
「美しい宝石や貴金属類には必ず守護獣がいる。それがとても強いんだ。ランベールの腕があったとしても手こずっただろうに」
 ヴァレリーがそういうと、王の顔色が悪くなっていく。
「今までも守護獣を倒し、宝を手に入れないとシリルに会うことを禁じていたからな……、あっ」
 失言したと呟き、アドルフが口に手を当てる。王がものすごく怖い顔で睨みつけていた。
「父様っ」
 今までそんな危険なことをランベールにさせていたなんて。怒るシリルに、
「堂々と会う事を我慢していると言うのに、ランベールだけ会えるのは不公平ではないか。しかも風呂でコミュニケーションまでしよってっ」
 王は開き直り、拗ねはじめる。
「父様」
 なんて子供じみているのだろうと呆れてしまった。
「はぁ。ドニ、デザートを食べたら一緒にお風呂に入ろうか」
「それはいい。余も一緒に……」
「申し訳ありませんが、またの機会に」
 その申し出を断ると、王の尻尾と耳が垂れている。
「王様、かわいそう」
 ぼそっとドニが呟き、王妃が自業自得ですとぴしゃりと言い放つ。
 そのあと、王が散々許しを乞うてきたので、シリルはもう怒っていませんと抱き着くと、皆が笑顔になった。

 食事が済んだ後はファブリスと共にランベールの屋敷へと向かうこととなっていたのだが、シリルがお願いしてドニだけは王宮に残ってもらった。
 一緒にお風呂に入り、ベッドに横になりながらお話をしたかったのだが、旅の疲れからかドニはうとうととしていた。
「ドニ、もう休もうか」
「うん、ごめんね、そうさせてもらう……」
 そう口にすると寝息を立てはじめた。
「よほど疲れていたんだな」
 まだ話をする機会はあるのだから、また明日と手を握りしめて目を閉じる。
 今日は幸せなできごとが何度もあった。シリルの中で大切な記念日となりそうだ。