Short Story

手合せ

 ロシェが小さな頃、彼の父親が無理心中を計り家に火を放った。何とか助けられた彼の顔や身体の一部に火傷の跡が残った。
 そのせいで村の者は口では可哀想と言いつつも、醜く残る痕に目を背け、彼に触れることすらしない。
 だが、ただ一人だけ。変わり者のドニと、小さな頃から馬鹿にされて生きてきた彼だけは変わらず傍に居てくれた。
 こうして生活が出来るのはドニのお掛けであり、彼が居るからこの世界で生きていこうと思えるのだ。

 この世界には獣人と人の子が暮らしている。
 きっと獣人と会うことなど一生無いだろうと思っていたのに予想外のことがおきた。
 それは偶然だった。森で二人の獣人と出会い、その一人が怪我を負っていて助けて欲しいと言われた。
 ドニは薬師であり、森に入る時は沢山の薬を持ち歩く。何が起こるか解らないから用意していくのだ。
 治療を終えて帰ろうとすれば、獣人の住む屋敷に招待されることとなった。
 面倒なことは避けたい。故にロシェにとってはその誘いは迷惑でしかない。だが、獣人が異常なほどに好きなドニのせいで屋敷へと向かうことになってしまったのだ。
 所詮、住む世界の違う者同士なのだ。これで付き合いが終わるだろうと今だけは我慢することにした。
 少年はシリルで、護衛のファブリスという名だ。広い屋敷にたった二人で住んでいるのだという。
 獣人は毛並みや体格の良さが重要で、シリルはどうやら毛並が良くないらしく、家族にこの屋敷に追いやられたらしい。
 見た目で判断する所は人間も獣人も一緒なんだなと、自分も火傷のせいで同じような思いをしているのでシリルのことを少しだけ同情したが、そうこうしてやりたいという気にはならなかった。
 だが、ドニは別だ。シリルとすっかり仲良くなり、遊びに行くからと屋敷へ付き合うことになってしまった。
 この屋敷は危険な森の近くを通らなければならず、ドニに何かあったらと思うとロシェはついていくしかない。
 屋敷に着くとドニはシリルの元へと行ってしまうので、ロシェはソファーで昼寝をするくらいしかやることがない。
 たまにファブリスが話しかけてくるが、放っておいてほしいので返事をすることはあまりない。
 だが、今日はいつものどうでもいい話とは違い、
「ロシェ、君は剣を振るうのか?」
 そう聞かれて頷くと腕を掴まれた。
「細いな」
 これで剣を振れるのかとそう言いたいのだろう。
「はっ、試してみるか?」
 はっきりといえばムカついた。何も知らない癖に。剣は唯一の形見であり、生きていくために必要なものだった。
 それを否定された気分だ。
「では、庭に」
 テラスの前で二人は手合せをすることになった。
「まずは軽く、な」
 剣を構えて打ち合う。一撃、一撃が重く、受け止めるたびに手がしびれる。
 ロシェの剣は軽く、簡単に弾かれてしまう。
「くそ」
「本気でこい」
 とファブリスの雰囲気が一気にかわり、プレッシャーをかけられる。
「なっ」
 ゾクッと背筋が凍る。怯んだ分だけ隙ができ、剣先が寸前で止まる。
「ロシェ、これが本気だとは言わないよな?」
 射抜くように見られ、胸に苦しさを感じる。
「は、当たり前だろう」
 強がって剣を構えて向かっていくが、剣を払われて地面へと突き刺さる。
「ほら、こいよ」
 相手は身体格に恵まれた獣人というだけではない。護衛を任されていることだけあって優れた剣の腕を持つ。
 歯が立たないからと、諦めて逃げたくはない。
 突き刺さった剣を抜き、相手を睨みつけて向かっていく。
「いい目だ」
 目の前でフェイント。そして素早く剣を突き刺すがかわされてしまう。
 すぐに相手に切りかかると、剣がぶつかりあい、力勝負となる。
「くっ」
 手の感覚がなくなってきた。力負けしたロシェは地面へと尻もちをつく格好となる。
「はぁ、はぁ、強ぇ……」
 全く歯が立たない。
「ロシェは粗削りだな。それに軽い」
 手を掴んで起こしてくれる。
「しょうがないだろ」
 食べるのもやっとなのだから。その代わり素早さでカバーしているんだが、目の前の獣人には通用しなかった。
「なぁ、剣術を教えようか?」
「え、いいのか」
 もっと強くなれれば、薬草を採りに行くときにドニが安心して作業をすることができる。
「君達にはシリルのために館へ遊びにきて欲しい」
 だからどうだろうと聞かれる。
 ファブリスはシリルのため、ロシェはドニのため、互いに利がある。
「そういうことなら、頼む」
 師匠と口にすると、ファブリスの耳がぴこぴこと動き出す。
 もしかして照れているのだろうか。尻尾を見ると大きく揺れていた。
「そんなふうに呼ばれると照れるから、今まで通りにしてくれ」
 ファブリスと目があう。見られるのは好きじゃないロシェは視線をそらすと、ため息が聞こえてきた。
「さ、もう一度やろう」
「あぁ」
 剣を構えて彼に向かう。
「ロシェ、やみくもに突っ込んでくるな。相手をよく見て、……そうだ」
「くっ、やぁ!」
 互いの剣がぶつかり合い、そしてうまくかわされて倒れ込む。
「さっきよりも断然にいいぞ」
 何度か打ち合い、そして手から力が抜けて、剣を弾かれた。
「疲れたか?」
「あぁ。少し休憩したい」
 気がつけばドニとシリルが庭のテーブル席に座り、二人の剣技を眺めていた。そこへと向かい空いた椅子に腰を下ろす。
「お茶を用意してこよう」
 剣を鞘に戻しそれを外壁に立てかける。
 キッチンへと向かう途中でドニと目が合い、そしてシリルの頭を撫でていく。
「お疲れさま」
「アイツ、すげぇ腕だわ」
 すごく楽しかった。それが顔に出ているか、ドニが嬉しそうに自分を見ていて、それに気が付いて顔を背ける。
「凄い迫力だった。ね、シリル」
「あぁ。久しぶりにファブリスの剣術を見た」
「そうだったな」
 トレイにお茶と焼き菓子をのせてファブリスが言う。
「うわぁ、美味しそう」
 パウンドケーキを置き切り分ける。ドニもロシェも甘いものは好きだ。
「ファブリスの手作りだ」
「……なんでもできるんだな」
 二人きりなのだから家のことはファブリスがしているのだろう。だが、なんでもできてしまうと逆に引く。
 ロシェだってドニと二人暮らしだけど、まめに何かをしようとはおもわない。
「美味しい」
 ドニが頬を押さえて蕩けそうな表情を浮かべる。
 ロシェもひとくち食べれば、口の中に優しい味が広がる。
「口に合ったか?」
 またじっと見つめられて居心地が悪い。
「美味いよ」
 ファブリスとは目を合わせず、食べる方へと意識を集中させた。