獣人、恋慕ノ情ヲ抱ク

ドニとヴァレリー

 よく眠れた。
 既に隣にはゾフィードの姿はなかったが、残り香を感じて胸がじわっと熱くなる。
 ベッドから起き上がり着替えてダイニングルームへ向かうと、ロシェがご飯を食べているところだった。
「ロシェ」
「ドニ、考え直したか?」
「うん。ごめんね」
「それならいい」
 席を立ち、ゆっくり食えよとロシェは部屋を出て行った。
 テーブルの上にはふわふわなパンとジャムが数種類、玉子とベーコン、果物、ジュースが置かれる。
「ドニ様が小食とお聞きでしたので、もし、足りない場合は申しつけください」
 と頭を下げ離れる。
 これだけあれば十分だ。頂きますと手を合わせてパンをちぎってジャムを塗る。
 真っ赤なジャムはお菓子に使っていたの同じものだ。甘くておいしい。
「はぁ、おいしい」
 ほっこりとしながらその味を楽しんでいると、ドアが開き中にランベールが入ってくる。
「起きたようだね、ドニ」
「おはよう、ランベール」
 椅子に座ると、使用人がお茶の準備を始めた。
「ゾフィードと話はついたかい?」
「うん。俺がここにいれるようにって理由を探してくれてね」
 それが嬉しかったと顔をほころばす。
 ランベールはこちらを見て、優しい目をしてうなずいた。
「そうかい。ドニ、ヴァレリー様が会いたいそうだ」
「え、えっ、わぁ、また会えるんだ」
 シリルの兄であるヴァレリーと食事会であまり話をすることができなかったので、会えるのが楽しみだ。
「獣人愛は抑え気味でお願いするよ」
 この前の食事会では緊張していたので大人しくできたが、気品あふれる姿に、興奮を抑えるのは難しいかもしてない。
「うーん、頑張ってみるよ」
「不安だねぇ」
 とランベールが苦笑いを浮かべる。
「ゾフィードと仲直りをしたみたいだから護衛は彼でいいよね」
「うん」
 むしろ一緒にいたいと思っている。

 シリルにはレジスに会わせてもらう約束はしていたのだが、成人の儀まで忙しく、終わってから必ずといわれていた。
 だが、こうして会うことができて嬉しい。
「はじめまして、ドニです」
「レジスです。ドニさんのことはシリル王子に聞いていました」
「えぇ、そうなの、デスカ。こんなに美人なお知り合いがいるなんて、シリル、えっとシリル王子、教えてくれないなんて……です」
 慣れない敬語を使おうとしたせいでぼろがでて、ヴァレリーが手で口元を隠しながら笑っている。
「ドニ、俺に対しても普段シリルと話している通りでいいぞ」
 そういって貰えてホッとした。
「ありがとう、ヴァレリーさん」
「私のことはどうか呼び捨てでお呼びください」
「うん。俺に対してもそうして」
 気楽になったせいか、獣人愛がむくっとおきあがる。
「それにしても二人とも綺麗な毛並みだよねぇ……。触ったらサラサラとしてい、ぶふっ」
 いつもの癖で話し始めた途端にゾフィードがドニの手を口で覆った。
「ふがっ」
「ランベール様に言われているだろう」
 そう耳元でいわれて、言いたいのをぐっとこらえる。
「どうした、二人とも」
 事情をしらない二人が不思議そうにこちらを見ている。
「いえ、なんでもありません」
 とゾフィードが笑顔で答えて口から手を離した。
「えっと、ヴァレリーさん、俺に何か話があるんだよね」
「あぁ。ドニは薬師だそうだな。レジスの体力が少しでも戻るような何かないか?」
 獣人の国には肉体疲労をとるような薬はないようで、それなら人の子であるドニなら何か知っているのではと思ったそうだ。
「滋養強壮剤というのがあるよ」
「ほう、で、それはなんだ?」
「からだに栄養を与えて元気にするお薬。ただし、完全によくなるというわけではなく、少し効き目がある程度かもしれない」
 人と獣人では効き目が違うかもしれないし、逆に効きすぎて気分が悪くなるかもしれない。
 それを踏まえて飲むのかどうするのかを決めてもらう。
「レジス、どうする?」
 ヴァレリーが訪ねる。
「ドニさん、譲ってもらえませんか?」
「いいけれど……」
 何かあるのだろうか。怪我をしているのに体力を少しでも戻したい、そんな理由。
「あ、そうか」
 成人の儀だ。
 ヴァレリーはレジスを成人の儀後に行われるパーティに連れて行こうとしているのだ。
「今までシリルに寂しい思いをさせてしまっていたからな。成人の儀に楽しい思い出をたくさん作ってやりたい」
「私が参加するなんておこがましいことなのですが、ヴァレリー様からシリル様のために参加して欲しいと言っていただきまして。私もシリル様をお祝いしたく、パーティに参加したいんです」
 シリルを想う二人の気持ちが伝わってくる。
 パーティでレジスの姿を見たら、そして、ヴァレリーが言い出したことだと知ったら、きっと喜んでくれる。
「こんなにシリルを想っているんだもん。俺も二人に協力するよ」
「ありがとう、ドニ」
 ヴァレリーがドニの手を握りしめる。温かく、そして力強い手だ。
「それと、ドニ、お前が獣人スキの変態だということは聞いているから、今度会う時は隠す必要はない」
「ふぉぉぉ、それはおさわりもOKということで?」
 やっと素をさらけ出せると喜んだところで、ゾフィードに「調子に乗るな変態」とドニだけに聞こえるように言われた。
「はは、本当に楽しいな、ドニは」
 シリルが言っていた通りだと、ドニの肩に手を置いた。
「シリルと仲良くしてくれてありがとう。君と出会い、そして友になれたから、あの子は寂しくなかったと言っていた。ずっとドニに礼を言いたかったんだ」
「俺こそ、シリルに出会えて幸せだよ」
 こんなに素敵な出会いがあるのだから。
「ありがとう、ドニ。薬は取りにいかせる」
「わかった。用意しておくね。レジスはパーティまでご飯を食べて体を休めるんだよ」
「はい」
 もっと話をしたいけれど、今は休むのが先決だ。

 二人と別れ、ヴァレリーが用意してくれた馬車に乗り込む。
 この後、薬を引き取りレジスの元へもっていくそうだ。
「薬を持っていたならどうして飲まなかった」
「えぇ」
 それを聞かれてぎくりとする。
「そうすれば旅も順調に進められただろうに」
「だって、ゾフィードが優しかったから」
「なっ」
 そう、薬のことを忘れていたのではなく、わざと飲まなかったのだ。
「ドニ」
「いいじゃない。結果、それが役に立つんだし」
 そう誤魔化し話をおえる。
「まったく。だが、その通りだな。元気になりパーティに出席できるといいな」
「うん」
 レジスが参加していることを知ったら、きっとシリルはいい顔で笑うだろう。それを見るのが楽しみだと思いながらにやにやしていたら、ゾフィードにキモいと言われつつ、でも口元には笑みが浮かんでいた。