獣人、恋慕ノ情ヲ抱ク

獣人の屋敷

 立派な屋敷と庭なのに、手入れが行き届いておらず荒れている。
 シリルは貴族だといっていたが、使用人が手入れをするものではないのだろうか。
 ドニは庶民ゆえに貴族がどういうものかは実際知らないけれど、これはさすがに首を傾げてしまう。
「えっと……」
「荒れているといいたいんだろう?」
「庭師の人はいないの」
「ここには僕とファブリスしか住んでいない」
 それも驚きだが、こんな広いところに二人きりとは寂しいだろうに。
 テラスがあるのに愛でるのは花壇に植えられた野菜しかなく、イスとテーブルも色がはげている。
 シリルは屋敷を見上げて苦しそうな表情を見せる。
「シリル」
 そのわけを知りたい。出会ったばかりだが、シリルのことが気になってしかたがない。
 それが顔にでていたか、ロシェが耳打ちする。
「俺らとは住む世界の違うやつらだ。余計な口出しはするなよ」
 そう、獣人は人の子とは違い特別な存在だ。たかが庶民が獣人のしかも貴族に対して深入りすべきではない。
「うん、わかってる」
「茶を飲んでさっさと帰ろう」
 そういわれて頷くけれど、気持ちがもやもやとしている。
「さ、中に入るがよい」
 館の主が自ら扉を開き招き入れてくれる。エントランスは迎える者もおらずただ広くて寂しい。
 ドローイングルームには寛ぎやすそうなソファーと、テーブルが置かれており、窓からは日が差し込んでいて暖かさを感じられた。
「わぁ」
 きっとここでは二人もホッとできるだろう。そんな場所があってよかった。
「屋敷は大きくて立派なのに、使用人はいない、庭は荒れ放題、しかも部屋だって使っていないところは掃除が行き届いていない。まるで僕のようだ」
 自暴自棄に放たれた言葉。暗く苦しむような表情にドニの胸が痛む。
 すべてをあきらめている、そんなふうに見えたから。
「シリル」
「僕がこの屋敷に住んでいる理由は見た目のせいなんだ。獣人の良し悪しは尻尾と耳の毛並と体格でな。ファブリスのようなものが好まれ、僕のような者は嫌われる」
「シリル、そんなことを言うな。俺は今の方がとても幸せだぞ?」
 とファブリスが頭を撫でる。
「……すまない。思った以上に足が痛むようだ。僕はこれで失礼するが、君たちはゆっくりしていってくれ。ファブリス、あとはたのむ」
 泣きそうな顔をしてシリルは部屋を出て行った。
「すまんな。今、茶を用意するから座って待っていてくれ」
 ファブリスも部屋を出て行き、ドニはソファーへと腰を下ろした。
 シリルはこの屋敷を嫌っている。そして自分のことも。
 人の子である自分にはわからないが、シリルは相当、辛い思いをしてきたのだろう。
 シリルが気になって出て行った方を見ていると、
「お前が口をだすことじゃない」
 とロシェに言われてしまう。
「そうだけどさ」
「俺たちとあいつらは住む世界が違うんだ。もう二度と会うこともないだろうし」
「だけどそんな俺たちが知り合ったんだよ?」
 一生、会うことは叶わないだろう、そんな存在である獣人と森で出会い、こうして屋敷に招待されているのだ。
「これをきっかけにしてもいいんじゃないかな」
「馬鹿なことを言うな!」
 ロシェは面倒なことに巻き込まれたくはないだけ。ドニはお節介だといわれても出会ったばかりの獣人が放っておけない。
「でもね、俺はシリルの悲しみを少しでも減らしてあげたい」
 関わるなと言われてもシリルの話を聞いてあげたい。
「ありがとう、ドニ」
 いつのまにか戻ってきたファブリスがお茶と菓子がのったトレイを置く。
「シリルにはそう言ってくれる友達が必要なんだ。よかったら、仲良くしてやってくれないだろうか」
「俺でよいのなら」
「ありがとう。では、部屋からシリルを連れてきてくれないだろうか」
 彼の部屋は階段からすぐの場所だと聞きソファーから立ち上がる。
「ドニ!」
「ごめんね、ロシェ」
 どうしてもシリルのことを放ってはおけない。だからロシェが嫌がっても聞くつもりはなかった。

 ドアをノックしても返事がない。
 寝てしまったのかと今度はドア越しから声をかけるとゆっくりと開く。
「入って」
「うん」
 しょんぼりと耳と尻尾が垂れている。落ち込んでいる姿にドニはその身を抱きしめていた。
「ドニ」
「どうしてそんな顔をしているの? 俺まで悲しくなっちゃうよ」
 シリルの頬を包み込んでさすると、
「お前はお節介なやつだな」
 すこしだけ笑ってくれた。
「ここに座れ」
 シリルがベッドに腰を下ろし隣を指さす。ドニは言われたとおりに腰を下ろした。
「獣人の良し悪しの話をしたよな。僕の母様も兄様達も立派なプラチナの、それは美しい毛並をしているんだ。それなのに僕の毛はまんまるく膨れていてみっともない」
 血縁関係でも関係ない。家柄が良いほど見た目を気にし、恥ずかしいから外には出せないと家の中に閉じ込めておくらしい。
 ドニにはシリルの痛みがわかる。自分たちもそうだからだ。
 ロシェの火傷の痕のことだ。腫れ物に触るような扱いをする。そしてドニのこと。幼いころから小さくてひ弱だったのでいじめられた。
 二人が村はずれに住んでいるのは、村人たちの煩わしい目と、影口を聴きたくないからだ。
「俺は可愛いと思うんだけどな」
「それはお前が人の子だからだろう。こんな毛並みをしていては家にとっては恥なだけだ。それに……」
「それに、なに?」
「ファブリスは白くて美しい毛並をしているし、身体格も良いだろう。しかも優秀な騎士で隊長にという声も上がっていた。雌にもてるし、今頃は家庭を持っていたかもしれない。それを僕が全て奪ってしまった」
 肩を震わせて必死で泣くのをこらえている。いつもそうやって自分を責めているのだろう。
 ドニはシリルの身体を抱きしめると背中を優しくさする。
「ねぇ、シリル。それはファブリスの口から聞いたことなの?」
「いいや。だが、聞かずとも解るだろう。きっと僕を憎んでいる」
 耳を抑えて首を横に振る。聞くのが怖い、そういっているかのようだ。
「そうかもしれないね」
 その言葉に、シリルが目を見開きドニを見る。聞きたくない言葉にショックを受けてかたまってしまっている。
「でも、そうでないかもしれないよ?」
 そう言葉をつづけると、力が抜けたか息を深く吐き、ドニから離れてぐったっりとしながらベッドに倒れこむ。
「何が言いたいんだ」
「相手の気持ちなんてさ、聞いてみないと解らないでしょってこと」
 そう笑顔を向け、
「シリルだってそうだよ。ちゃんとファブリスに教えてあげないとね」
 まずは話しをしなさいなとシリルの両手をつかんでベッドから起き上がらせる。
「ドニ……」
「それと、俺にもシリルのことを教えて。友達になりたいんだ」
 ダメかなと小首をかしげた。
「僕と、友達に、か?」
 そう口にしてじっとドニをみたままだ。
 もしや嫌なのだろうか。
「えっ、え、だめ、かな?」
 不安になってきてシリルの様子を窺う。
「いや、はじめてだから、驚いただけだ」
 シリルの頬が赤く染まり、尻尾をふりふりとさせている。
「それじゃ」
「僕と友達になってくれて嬉しい」
 ありがとうと、ドニの手を握りしめた。
「ふぁぁぁっ、俺も嬉しいよ。獣人のお友達とか、ぐふ」
 あまりの嬉しさに笑いが収まらず、シリルが若干引き気味に「早まったか」と呟いた。