獣人、恋慕ノ情ヲ抱ク

獣人と出逢う

 この世界には獣人と人の子が暮らしている。
 獣人の雌は少なく、人と交わった場合も獣人が生まれる率は少ない。そのため、獣人の数は二割ほどだ。
 彼らは人の子よりも優れており、知識や身体能力はもちろん、加えて立派な身体格を持ち、特別の存在として崇められている。
 一度でいいから話をしてみたい。そのつやつやでもふもふな尻尾を撫でてみたいという夢をドニはもっていた。
「いいよなぁ、あのもっふもふな尻尾。耳の動きもたまらない」
「俺にはサッパリ良さが解らん」
 妄想しながら今にも涎を垂らしそうなドニの隣で、幼馴染のロシェが肩肘をついて呆れ顔で見ている。彼は獣人には全く興味がないのだ。
「な、あの耳と尻尾に触って癒されたいと思わないの!!」
 興奮気味に尻尾と耳の良さを口にするドニに、ロシェは理解できないと呆れ顔で見ている。
「だぁっ、ロシェ、もう少し、興味を持とうよ」
 きっと本物を目の前にすれば彼も獣人の良さが解るだろうに、だが、残念なことにドニ自身体も本物を見たことは一度もなかった。
「獣人の話はおわりな。薬草を取りに森に行くのだろう?」
 ドニが獣人のことを話しはじめると長くなる。それゆえに話は終わりとロシェは森に向けて歩き出す。
「待ってよ」
 慌てて大きなカバンを肩に下げ、手には籠を持って隣に並んで歩きだした。
 二人は同じ年で、今年、十八となる。二人とも身体の線が細いのは満足に食べることができないためだ。
 身長はロシェはそこそこ伸びたが、ドニは低い。薬師であり彼は薬を作っていると食事を忘れることがあるためだ。
 ロシェは幼き頃から剣を握り、力はないが素早い動きで敵を仕留める。顔と身体には火傷の跡があった。
 二人は人の目から逃れるように集落のはずれに建つ家に住んでいるのだが、近くにある森にはとても貴重な薬草が自生しており、薬師にとってはお宝の森である。
 だが、そこには凶暴な獣が生息しているので危険な場所でもあった。
「今日はもう少し奥に進むからね」
 ほしい薬草が少し奥にあるため、森に入る前に念入りに準備を整える。
「はい、これを腰につけて」
 獣の嫌がる臭いのする草が入った袋だ。草自身体には特に匂いはなく、それを揉むと悪臭を放つ。それを薄い布の袋へ入れれば獣除けになる。
 慎重に奥へと進んで行くと、視線の先に獣の耳が見えて二人は足を止める。
「ドニ、俺の後ろに」
「うん」
 ロシェよりも背が高く色が白い。ベアグロウムだろうかとひやりと背筋が凍る。
 雄は毛が白くて二メートル以上あるものもいる。凶暴な性格をしているので襲われたらひとたまりもない。
 だが、ここらにはベアグロウムが好む餌は無く、もっと奥に生息している筈だ。
 確かめるために草をかき分けて覗き込めば、その身なりと背の低さからしてまだ子供の雄の獣人だろうかと、大柄な雄の獣人がいた。
「じゅ……っ」
 まさかと目を疑った。こんな所に彼らが居るはずがない。
「ドニ、駄目だ」
 静止を聞かず確かめるように彼らの前へと立つ。本物だと確信して目を見開く。
「ドニ」
「誰だ」
 ロシェの声と獣人の声が重なり、少年は大柄な背に隠れてしまう。
 獣の顔、だが、獣と違うのは毛は纏っているが人と似た身体つきと服を身に着けている。そして言葉を発することができる。
「本物だぁ、やばい、ロシェ、獣人、うわぁ、どうしよう、ロ、ふがっ」
 興奮気味にしゃべりまくるドニに、うるさいとロシェに背後から口を塞がれてしまった。
「ふが、ふががっ」
 なぜ、邪魔をするんだろうか。獣人とお話がしたいと口を押えているロシェの掌を叩くが、更に強く抑えられてしまう。
 ひどい。ロシェを恨めしく見れば、
「人の子よ、その匂いをどうにかしてもらえないだろうか」
 腰にぶら下げてある獣除けをの匂い袋を指さす。獣人も獣同様に鼻がよいのだろう。
「ふがっ」
 再び手を叩くと、
「わかった」
 そういって、流石に今度は離してくれた。すぐにそれを生地の厚い袋へと入れる。
「これで大丈夫かな?」
「あぁ、多少は匂うが平気だ」
 そして目が合い、ドニがにへっと笑う。
「あの、お会いできてうれしいです。俺、獣人に会うの初めてで、あぁ、すごいなぁ、本物だよぉ」
 邪魔された分と、堰(せき)を切ったように話しだした。
「ドニ、止まれ」
「え、なに。邪魔しないでよ」
 大柄の獣人がドニの頭の上に手を置いた。
「ふあぁぁぁっ」
 幸せすぎて惚けてしまう。
「話の途中で申し訳ないが、薬を持っていないだろうか?」
 と聞かれ、ドニの表情が真面目なものへとかわる。
「薬って、どこか怪我でも」
 大柄な獣人が後に隠れる少年の方へと見る。
「見せて」
 少年の方へと近寄れば、膝から黒ずんだ血が流れていて、それを見た瞬間にドニの目の色が変わり、傷の具合を確かめる。
「触るよ」
「なっ!」
 いきなり触れようとしたから驚いたのだろう。手を振り払われそうになるが、獣人の少年が負っている怪我は放っておいては毒が回り高熱が出る。
「ロシェ、カバンの中から薬の入ったケースを取って」
「わかった」
 森では何が起こるかわからないので、色々な症状に対応できるように薬は多めに持ってきている。
「君、これを飲んで」
 薄い紫色の液体は解毒剤だ。
「なんだ、これは」
 だが少年にとっては得体の知れぬものにしか見えないようで受け取ってくれない。
「これはこの植物の毒に有効な薬だから大丈夫だよ」
 手に薬を握らせて、清潔な布を袋から取り出して緑色の液身体をしみこませる。
「すこし痛いけど我慢してね」
 傷口をぬぐうと、しみたのだろう。ぶわっと尻尾が膨らんだ。
「ロシェ、ガーゼと包帯」
「わかった」
 そしてさらに薬をしみこませたガーゼを傷にあてて包帯を巻いていく。
「ほら、薬を飲んで。じゃないと高熱がでるよ」
「人の子の言うとおりにしよう」
 と大柄な獣人が言うと、目をぎゅっとつぶり、一気に紫の薬を飲みこんだ。
「不味い……」
「あはは、薬だからねぇ」
 空の瓶を渡されてそれを受け取る。
 それにしても可愛い獣人だ。尻尾はまんまるでほわほわとしており、耳も大きくてたれている。
「ぐふふふ、幸せ」
 気持ち悪い笑みを浮かべながら少年を見るドニの姿に、毛を逆立てて大柄な獣人の後ろへと隠れてしまった。
「こら、変な顔をして見てんじゃねぇよ。薬草を取りに行くんだろう」
 もういいだろうと言わんばかりにドニの腕を掴んで引っ張る。
 実に名残惜しい。だが、力ずくで引っ張られたらロシェには敵わないので仕方なくそうことにした。
「わかったよぉ。今日は安静にしていた方がいいよ」
 じゃぁねと手を振り、歩き出そうとしていた所に、
「待ってくれ」
 大柄な獣人が二人を引き止めた。
「まだ、何か用か?」
 早く立ち去りたいと、不機嫌さを隠さないロシェだ。
「助かった。ありがとう」
 そう大柄な獣人が言うと胸に手を当てて丁寧に頭を下げる。その仕草があまりにさまになっていて、まるで物語に登場する騎士のように見えた。
「お礼に家へと招待したい」
 と後ろから前に出てきた少年が言う。
 獣人ともっと親しくなれるチャンスだ。ドニに断る選択肢はない。だが、ロシェはそうではないだろう。
 断りを入れてしまう前に、
「行く、絶対に行くからねっ」
 そう口にした。
「ドニ、てめぇっ」
 薬草をとりに向かうぞと腕をつかまれ引っ張られるが、その手は大柄な獣人によって引き離された。
 自分ではロシェの力には叶わない。阻んでくれたことにありがとうと指を組んで獣人を見上げた。
「なっ」
「行こう」
 大柄な獣人はロシェの腕をつかんだままだ。
「お前……」
 大人しくついてこい、そういっているかのようだ。
 乱暴な真似をするようには見えないので、きっと少年のためにしているのだろう。
「そうか。では、ついて来い」 
 獣人の手が離れ、少年の後ろを歩き出す。それはまるで主人と従者のようにみえた。
 よくよく二人を見れば、着ている物も自分達とは違い立派なものだし、大柄な男は剣を下げている。
「ところで、森で何をしていたんです?」
 獣人は王都に住んでいるはずだ。場所は人の子が暮らす国、王宮のある街の中心部にあり、彼らとの国へ行くには門を通り橋を渡った先にある。まさか人の子の国である森で会うとは思わなかったのだ。
「この森に果実を採りに。いつもは俺が行くのだが、手伝ってくれようとしたみたいでな」
 ぽんと頭の上に手をやる。
「だって、ファブリスにばかりさせるのは悪いと思って」
「それは別に気にするなと言っているだろう?」
「でも……」
 二人が食べるものを探しにきたことはわかった。だが、街からここまでかなり距離があるはずだ。
 しかも高い壁でさえぎられていると本で読んだことがある。
「え、獣人はもっと街の方に住んでいるのでは? だって身なりも良さそうだし貴族……だよね」
「そうだ」
 やはりそうだった。馴れ馴れしい態度をとってしまったが大丈夫だろうか。
 今まで人の子の国ですら貴族と接したことがないのだ。村では敬語を使って話す人なんていないし、礼儀正しくなんてしたことがない。
「あ、俺、言葉遣いとか」
「かまわない。俺も彼も気にしない」
 そうしてもらえると助かる。どうせすぐにぼろが出るだろうから。
「そういえば自己紹介がまだだったな。俺はファブリス。こちらはシリルだ」
「俺はドニ。こっちはロシェだよ」
 ロシェは黙ったままお辞儀だけする。自分以外の誰に対してもこのような態度だ。
 大抵の人は面白くなさそうに彼を見るのだが、ファブリスは違った。宜しくと言うと顔を近づける。
「近づけんなよ」
 それに気が付いてロシェが一歩後ろへと下がる。
「あぁ、すまない。挨拶をするときは目と目を合わせるものだと思ってな」
 その言葉に、一瞬、険悪になりかけたが、
「そんな近くで見れるなんて、ロシェ、羨ましい!」
 本気で羨ましがるドニに、空気はがらりと変わり、ファブリスが尻尾をゆるりと動かしながらクツクツと笑う。
「そんなに俺の顔を間近で見たいのか?」
 と顔を近づけられて、幸せすぎて口元が緩む。
「ありがとうございますぅ」
 神を拝むように手を合わせてすり合わせる。
「人の子は皆そうなのか?」
 そうシリルに真剣に聞かれて、
「そんな訳あるかよ。こいつだけだ」
 とすぐさまロシェがつっこんだ。
「そうか。ドニは変わっているな」
 その口元に笑みを浮かべる。獣人も人と同じで表情が豊かで可愛い。

 

 これがドニが獣人であるシリルとファブリスとの出逢いだ。