獣人、恋慕ノ情ヲ抱ク

 ゾフィードと番になる約束をしたが、まずは店をオープンさせることが先ということになった。
 ロシェに手伝ってもらいケアオイルと滋養強壮剤を作り審査に出した。今日、合否がでる。
 獣人商売組合の本部で聞くことになるので控室に案内されてそこで結果を待っていた。
「どきどきするね」
「あぁ」
 シリルは祈るように手を組み、ドニは落ち着かず部屋をうろうろとしていた。

 審査に行く前にブレーズに品物を見てもらった。
「オイルのお店はいくつかあるけれど、これはとてもいい匂いがするね。毛並みケア用?」
「うん。シリルの尻尾に使っているんだ」
「シリル様、失礼しても?」
「あぁ。効果は実証済みだぞ」
 つやつやですべすべな触り心地で良い香りがしてくる。
「甘く、そして上品なにおいだね」
「これはシリル専用の匂いなんだ。定番商品は一年中手に入る花で作り、オーダーメイドも受け付けようかと」
「いいね。滋養強壮剤の方は獣人の国では珍しいものだからイイと思う」
 もともと人の子よりも獣人は体力がある。だが疲れないわけではない。
 オイルの店は既にいくつかあるそう滋養強壮剤は獣人の国では珍しいと話していた。
「大丈夫。これなら審査は通るよ。自信をもって商品の紹介をしておいで」
 と背中を押してもらった。

 商品を紹介するとき緊張しつつも獣人商売組合の役員に上手く商品を紹介できたと思う。
 部屋をノックする音がし、ドニはどうぞと声をかけた。
「失礼します。合否がでましたので発表をしにまいりました」
「はいっ」
 シリルの隣の席に腰を下ろし、反対側の席に獣人商売組合の職員が座る。
「ドニ様から提出していただきました商品を審査させていただきました。毛並みケア用のオイルを販売するお店は何店舗かありますが、ドニ様が作られたオイルは品質が良く合格です。そして滋養強壮剤なのですが、これは素晴らしいですね。色々な薬草が入っているのに味が良く、デスクワークでの肩こりと目が疲れが和らぎました。こちらも合格です」
 その言葉を聞き、強張っていた体の力が抜けてほっと息を吐いた。
「よかったぁぁ」
「商品はオイルと滋養強壮剤以外の新作を店に出したいときは申請となります」
 あくまで承認されたのはオイルと滋養強壮剤の二点だということだ。
「後は三日後に国の審査があります。こちらはとくに問題なく通ると思います」
 書類の署名にドニの名と、推薦者にシリルの名がある。そこを指し示す。
 シリルの名の影響はすごい、ということだ。
「書類を書くときにシリルが僕の名を書けといったのはそういうことなんだね」
「それもありますが、尻尾を拝見いたしました。ドニ様が作られているオイルを使用されているのですよね」
「はい」
「とても良い香りと触り心地でした。シリル様の名もですが、品もとても素晴らしいということです」
 両方手に入れた店だ。噂が広まって店は繁盛するだろうと役人がほほ笑んだ。
「私も利用させていただきますね」
 そういってドニの手を握りしめた。
「ありがとうございます」
 面接が終わり、シリルの待つ控室へと向かう。
「シリルっ、合格貰ったよ」
 証明書をシリルに見せると立ち上がってドニを抱きしめた。
「やったな。夢にぐっと近づいたな」
「うん。シリルの名前を利用するようなかたちになっちゃったけどね」
「それでいいんだ。利用できるものは使用すればいい。噂好きなやつらが勝手に店の噂を流してくれよう」
 思い通りにことが進むなとシリルがにやりと笑う。
「だがな、名を使わせるのは品物が良いからだからな」
 そこは自信を持てと手を握りしめた。
「うん。ありがとう、シリル」
 優しい友と周りの優しさに助けられてここまでこれた。ドニは本当に幸せものだ。
 獣人商売組合を出て馬車に乗り込みドニの家へと向かう。
 馬車の中でシリルに相談したいことがあると言われたからだ。
「相談てなに?」
「あぁ。レジスのことなんだ」
 ドニ達が森へ行っている間にレジスが診療所を退院したのだが、王宮の図書館を解雇になったそうだ。
「レジスだって騙されていただけなんだ。話がしたいからと言われて僕を連れて行っただけだしな。だが、手を貸したのだから罪を償わせてほしいと言われてしまってな。そんなことできるわけがないだろう? だから王宮の図書館を解雇するという処罰になった」
 しかもどこか別の町へ行くと話しているそうで、それを今は引きとめているところだという。
「僕はレジスと離れたくない。それに兄上だって……。ドニ、力を貸してくれ」
「俺も離れたくないよ。わかった。俺の店に来てもらえばいいんだよね」
「そうしてくれるか」
「もちろんっ! ふぁぁぁ、レジスが俺の店で働くって、モチベーションが上がるなぁ」
 ドニは可愛い店員の衣装を着たレジスの姿を思い浮かべていた。
「ドニよ、ヴァレリー兄上に切り刻まれたくなければ変態な妄想禁止!」
「えぇっ、俺の可愛い店員さん」
 と口にし、はたっと気が付く。
「え、ヴァレリーさんとレジスってそういう仲なの?」
 シリルが親切だから兄であるヴァレリーもそうなのだろうと思っていたが、あれは下心もあったということだろうか。
「まぁ、今はまだ兄上の片思いなのだがな。レジスはあのバカ息子のせいで嫌な思いをしたせいか恋愛に臆病なんだ」
 バカ息子とはマルク・カルメといい、王族に相応しくないとシリルを嫌い、事件を起こして罪をかぶせようとした。
 しかもレジスの尻尾を切り金でもみ消した男だ。
 それがトラウマなのだろう。ヴァレリーの想いには気づいているのに距離を置こうとしているのだから。
「二人にも幸せになってほしい」
「じゃぁ、国の面談をパスしたら、レジスを口説きに行こうかな」
「あぁ。ありがとう、ドニ」
「うんん。シリルも、相談してくれてありがとうね」
 手を取り合い、そして抱きしめあう。
「うまくいくといいな」
「大丈夫だよ。あのゾフィードですら素直になれたんだもん」
「はは、その通りだな」
 思いは通じるはずだ。あとはレジスが素直になってくれるだけだ。

 店を出す場所も借り、オープンにまで持ち込んだ。しかも今日は可愛い獣人の店員が二人もいるのだ。
「むふー、ブレーズの服を着たレジスとシリルを見れるなんてぇ」
 顔が緩みっぱなしのドニに、今日は仕事でいないゾフィードの代わりにシリルが「変態」と口にする。
 面接を終えてレジスの元へと向かった。はじめは断られたが、それでもドニは諦めない。
 可愛い獣人の店員が欲しいんだと本音が出た瞬間、レジスの口元に笑みが浮かんだ。
「私を必要としてくれるなら」
 そういって手を取ってくれたのだ。
「さ、そろそろオープンだな」
「うん。」
 店のドアを開くと待ってましたと獣人たちが動き出す。
「いらっしゃいませ」
「パルファンへようこそ」
 三人が笑顔を出迎えると、ふんわりと暖かな空気が流れた。