獣人、恋慕ノ情ヲ抱ク

家へ帰る

 二日後。晴天に恵まれて森へと出発することになった。
 メンバーはドニ、ロシェ、ゾフィード、ファブリス、そして経験をつませるために若い騎士を五人連れてきた。
 今回は馬車以外に荷馬車が一台、ロシェがファブリスと馬を並べている。
 昨日、シリルにお土産を買いに行くのに街に連れて行ってもらった後、ロシェが馬に乗って家に来た時は驚いた。乗り方を教えてもらい馬で遠出をするそうだ。
 練習をしていたのはゾフィードも知っていたようで、
「ロシェは馬の扱いが上手くなった」
 と窓から二人の姿を眺めている。
「すごいなぁ。俺も乗ってみたいけれど無理そう」
 きっとまともにのることすらできないだろう。それに落馬は怖い。
「俺と一緒なら大丈夫だ。家に帰ったら乗ってみるか?」
「え、いいの!」
「あぁ」
 帰った後に楽しみが一つできた。
 それにしても今回の馬車の中は快適だ。柔らかなクッションが用意されており座り心地が良い。
 以前は旅に慣れていないのと体力のなさで迷惑をかけてしまったので、これなら体への負担も少なそうだ。
「これってゾフィードが?」
「こうした方が旅の間、楽になると聞いてな」
 一体、誰から聞いたのだろう。自分の知らない人だとしたらどうしようと不安で、
「それって、誰?」
 と声にでていた。
「姉上だ。俺がランベール様につく前は姉上がついていたのでな、馬車で行くときもあったようで……、て、ドニ、何か面白いことでも言っていただろうか」
「え、なんで」
「笑っているから」
 と言われて、あわてて手でかくした。姉だときいてホッとして気持ちが緩んでいた。
「うんん、ありがたいなって」
「そうか」
 馬車は何度か休憩をいれつつ、時にロシェとゾフィードが入れ替わったりして目的地へと進んでいく。
 今回も野宿をすることになり、焚火をしゾフィードに寄りかかりながら眠った。

 そんなに離れていたわけでもないのに、なんだか懐かしい気持ちになる。
 二人とはじめて出会った日のこと、屋敷での日々、そしてゾフィードと出会った時のことを思い出す。
「ファブリスたちと過ごした日のことを思い出すね」
「あぁ。ここでの暮らしは忘れられないだろうな」
 ファブリスにとっては、より思いが強いだろう。
「シリルのことを思うとつらかった。だが、二人に会えてよい思い出がたくさんできた」
 ファブリスの手がドニとロシェの手に触れた。
「うん」
「そうだな」
 もう片方の手がゾフィードの手が触れた。その手を掴みたかったが、ファブリスの手が離れてしまいつかむことができなかった。
「滞在中はここを使うことになるが、手入れをしていないから少し荒れているな」
 庭を眺めてファブリスが雑草を抜き始めた。
「掃除から始めたほうがよさそうだ」
「そうだな」
 まずは掃除からという流れとなり、それならと話してみる。
「あの、俺も家を見に行きたいんだけど良いかな?」
「わかった。途中まで送ろう」
 ドニとロシェは家へと帰り、残ったメンバーは屋敷の掃除をする。あとは屋敷の納屋にしまってある荷馬車を組み立てるそうだ。
 目立たぬ場所まで馬車で送ってもらい、夕方ごろ迎えに行くと帰っていった。
 生まれ育った村の、見慣れた風景。
「ロシェ、帰ってきたね」
「あぁ、そうだな」
 数か月離れていただけなのに懐かしく感じる。
「掃除しようか」
「あぁ」
 中へ入ると埃ぽくて窓を開けて換気をし、テーブルや床を拭く。狭い家ゆえに掃除はすぐに終わってしまった。
 あとは納屋にしまってある圧搾機を見に行くと、ほこりはかぶっていたが壊れているところはなかったので、森に行った帰りに荷馬車についでに乗せてもらおうということになった。
 まだ迎えにくるのには時間があるので持ってきたお土産を置きに行くことにした。
「ロシェ、町に行っておじさんにお土産置いてくるね」
 今までも薬を納めに一人で町へ行っていた。なれた道だからと口にしたのだが、
「ドニ、俺も行く」
 珍しくロシェが付いてくるという。
 だが、早めにファブリスが迎えに来た時に誰もいなかったら心配をかけてしまうだろう。
「大丈夫だよ。魔物が出るわけでもないし、危険な目にあったこともないし」
 それでも心配そうな顔をするロシェに、大丈夫だからともう一度言うと家を出た。
 目的の場所は町の中心部よりも村よりの場所で、ドニの足で三十分くらいの距離だ。
 店に入ると店主がドニの姿に驚き、再会を喜んでくれた。
 お土産と共に獣人の国に住むことを話すと、良かったといって頭を撫でてくれた。
 もっとゆっくりと話していたかったが、ファブリスが迎えにくる時間に間に合わなくなりそうなので別れを告げて店を出た。
 その帰り、
「ドニ、久しぶりじゃないか」
 と小太りの男が話しかけてくる。後ろには同じような体系の女がいた。
 同じ村に住む子だくさん一家の夫婦で、男はダニエル、女はエイダという。
「久しぶり」
 子供が病気になると薬草を貰いに来る。そのくらいの付き合いでしかない。
「心配していたのよぉ、急にいなくなったから」
 薬を分けてほしい時にだけ調子が良いのだ。獣人の国へ行っている間に子供が病気になったのだろうか。
「あ、ちょっと遠くに行っていたから」
「そうなの。それにしても、どうしたのそんな良い服を着て」
 いい服を着ていたから声をかけてきたのか。ドニを舐めるように見る二人の視線が気持ちが悪く、
「俺、用があるので失礼します」
 質問には答えずにその場を後にしようとするが、ダニエルに腕をつかまれてしまう。
 ドニは力がなく、簡単には振り払えない。
「まってよ。久しぶりに会ったんだから話をしよう」
 と強い力で引っ張られた。
「や、帰らないと」
「いいから、いいから」
 エイダがもう片方の腕をつかみ引っ張る。
「やめてっ」
 二人に引っ張られて腕が痛い。金目のものが目当てであり、ドニが痛がろうと怪我をしようとどうでもいいようだ。
「おじさん、おばさん!」
 その時、
「やめろ」
 ロシェが大声をあげてダニエルの腕をつかんで引き離した。
「何をっ、あ、ロシェ」
 耳元に光る宝石を見てダニエルが喉を鳴らす。
「ま、まぁ、ロシェ、見違えったわね」
 エイダも気が付いたのだろう。宝石に釘付けのまま、声を震わせている。
「ドニ、帰るぞ」
「うん」
「まって、二人ともお茶でも飲んでいって」
「結構だっ!」
 ドニの手をつかんでロシェが歩いていく。
 それでもしつこく追いかけてきて、ロシェがきれた。
「いい加減にしろ」
 ダニエルに殴りかかろうとするのを慌てて止める。
「ロシェ、暴力はだめだよ」
 腕をつかんで首を横に振ると、
「消え失せろ」
 と二人に向けて言い放ち、ドニの手をつかんで歩いて行った。

 家に向かい中へと入るとファブリスが待っていた。ゆえにロシェがドニを迎えに来たのだろう。
「ファブリス、ごめんね」
「いや、早めにきたのは俺だから。ところで、何かあったか?」
 不機嫌な様子のロシェを心配そうにファブリスが見る。
「じつは村の人が……」
 ロシェがドニを迎えに来た途中でおきた出来事を話すと、ファブリスまでもが不機嫌そうな顔となる。
「なんと愚かな。二人とも屋敷へ帰ろう」
 こんなところに一秒たりともいたくない、そんなふうにみえた。
「うん」
 ドニも今は早く屋敷へと戻りたかった。
 少し離れた場所に止まる馬車へと向かう。その途中、
「大丈夫か、ドニ」
 とロシェが手を握りしめる。
「まだちょっと怖いかな」
 ロシェの手は怒りからか温かいが、逆にドニの手は氷のように冷えていた。