獣人、恋慕ノ情ヲ抱ク

ゾフィード①

 ドニは獣人が好きだ。
 それゆえに興味があることを隠さずに、しかも屋敷にいた獣人でルルス系はゾフィードだけなので珍しく感じたのだろう。
 好奇心で触れられるのは不愉快でしかなく、その時は傷つけてしまった。
 だが、毛並みのことで辛い思いをしていたシリルのために人の子には危険な獣に立ち向かいオイルを作ったり、友達のために何かをしてやれる者だと知った。
 変なやつだが明るくていい奴、そう思えるようになった。
 ドニとゾフィードの関係は、シリルやロシェのような友達というわけではない。ファブリスやランベールのような保護者ともちがう。兄のような存在もピンとこない。
 なんともあやふやな関係だ。
 ゾフィードがもし、ドニと同じ人の子だったとしたら興味を持つこともなく、ランベールの付き添いという存在だけだっただろう。
 ゆえに、ドニに鼻先にキスされて好意を示されても気持ちを素直に受け取ることができなかった。
 ドニは獣人なら誰でもいいのではないだろうか、たまたま傍にいたのが自分だからではないだろうかと疑った。
 セドリックに番になってほしいと言われて、きっとその手を取るだろうと思った。
 それなのにドニは泣いてゾフィードを責めた。自分に対する想いは本物なのだと気が付いた。
 自分は愚かで鈍い。
 ドニを泣かせたくない。だから今までよりも優しくしようと自分自身に誓った。

 セドリックに呼ばれて団長室へと向かうと、
「ゾフィード、俺の家にドニと一緒に住め」
 と言われた。
「いきなりですね」
「ドニを一人にするのは不安だからな。だが、俺は護衛はできるが家事ができん。お前ならどちらもできる」
「そうですね」
 王の命令で、ランベールが旅に出ることになり、監視と世話役としてジュベル家がつくことになった。
 母親は「一人で生活できる最低限のことは覚えろ」という人なので、兄弟は幼き頃から剣術以外に家事を覚えさせられた。 それもありランベールのお付となったわけだ。
「いいんですか。ドニと番になりたいと言っていたのに俺に任せて」
「あぁ、うん。あれは嘘だから」
「はぁ!?」
 あっけらかんとそんなことを口にする目の前の雄に殺意がわきそうになった。
「あんた、何考えて」
「ゾフィード、俺、団長ね」
「うるさい、黙れ」
 団長だろうが殴られてもいいレベルの嘘だ。
「何を考えているんですか」
「あんっ、考えなしにあんなことは言わねぇよ。お前が悪いんだからな」
 拳で胸を殴られる。
 ドニの好意を疑った。それをセドリックは知らないだろうが、気持ちに応えないことを責められている。
「明日、ドニには正直に話すよ。だからさ、お前も素直になんなよ」
 それは無理だ。今更、好きになる資格など自分にはない。
「家の件は了解しました」
 ゆえに素直になれという言葉には答えなかった。

※※※

 ドニが生活するのに必要なことは何でもしてやりたい。
 ランベールの屋敷に泊まらなかったのは、ドニに秘密で部屋に机と棚を作っておきたかったからだ。
 寝ずの作業になるだろうからと、少し濃いめの煎り豆茶をポットに入れて用意しておいた。
 机と棚は組み立てればよいだけのものを買ってある。
 棚には蝶番とアクリルを使い扉をつける。どの棚に何があるかが一目でわかるようにだ。
 机の棚には細かいものがおけるようにしたい。ランプを置いたり掛けたりする場所もだ。
 すべてが仕上がったころには夜が明けており、朝ごはんを食べる時間となっていた。
 手作り感が半端ないが、きっとドニは喜んでくれるだろう。
 これを見せたときにどんな顔をするか楽しみだと口元を綻ばせる。そんな気持ちになるなんて、自分はドニと出会ってから変わった。
「俺は馬鹿だな」
 このように思える相手と出会えたのに。
 工具をしまい部屋の隅へと置くと床に横になる。ここにドニがいないことが寂しい。手を天井に伸ばし空をつかんだ。

 もふんとした感触が鼻のあたりでして目が覚めた。
 あのまま寝落ちしてしまったようだ。
「お、生きてたか」
「なっ、団長!」
 触れていたのはセドリックの尻尾だった。
「いやぁ、床で倒れているからさ確かめてた」
「それ、ドニしか喜びませんよ」
「それもそうだな。ゾフィード、ランベール様が森のことでお前をお呼びだ。ドニたちは俺が待っているから」
 ドニの喜ぶ顔が見れないことに、耳と尻尾が垂れ下がる。
「おやぁ、この素敵なお部屋を見せられなくてがっかりしちゃってるの?」
「……別に」
 にやにやとしているセドリックにムカついた。
「それにしても、頑張ったな」
「ドニに見せてやってください」
「俺が見せていいの?」
「シリル様もいらっしゃるのに、部屋は見せられませんというわけにはいかないでしょう」
 絶対に部屋の話になるのだから。
 部屋を自ら見せることができないのは残念だが、家に帰ってくれば感想を伝えてくれるだろう。
「それでは、行ってきます」
「はいよ。行っておいで」
 手を振るセドリックに小さく頭を下げて家を出るとランベールの元へと向かった。