藤花

蝶は蜘蛛を手に入れる

 空が夕焼けに染まる頃、そろそろ帰るよと腰を上げれば、恒宣が途中まで送っていくと一緒に家を出た。
「結局、話しこんでしまったな」
 アンタを食いそこなったと恒宣の耳元に囁く。
「このまま、お主の家まで行っても良い、ぞ?」
 と、赤くなった頬をまるで隠す様に耳に手を当てて俯く。
「そりゃ、良いねぇ」
 早く行こうと恒宣の手を握りしめると、それを握り返してくる。
 同じ思い。それだけで気持ちが高ぶり、恒宣の腕を引いて長屋へと急ぎ足で戻り、中へと入るなり恒宣の唇を奪った。
「ん、藤……、藤春」
 甘い声でそう呼ばれ、好きな人に藤でなく藤春と呼ばれることがこんなにも嬉しく感じるとは思わなかった。
「いいねぇ、恒宣に名前を呼ばれるとぞくぞくすらぁ」
 ちゅっちゅと音をたてながら肌へと口づけを落としていく。
「そうか? ふふ、ならばこれからはお主の事を藤春と呼ぶとしよう」
 布団へと向かい邪魔な衣装を脱ぎ捨てる。
 二度目となる恒宣の肌は相変わらず白く、はやくその肌へと赤をちりばめたい。
「や、ちょっと待って、まだ下穿きが……」
「待てねぇよ」
 口や鎖骨に鬱血をちりばめ。
 乳首を舌先で散々弄り、かたく突起した所で口に含んで吸い上げる。
 唾液で濡れながら赤く色づき、なんともいやらしい。
「んっ、あぁぁ……っ」
 見せつける様に恒宣の赤を藤の舌が舐り、濡れた下穿きへと手をかける。
「まって、自分で」
「感じまくっていて身体がいう事をきかねぇ癖して。あぁ、こんなに濡らして。助平だな恒宣」
「だって、好いた者に触れられて、我慢できない、だろ」
 惚けた顔をしながら藤の頬に触れる恒宣に目を見開く。
 ――たまんねぇ。
 その手をとり、手首に赤をちらして撫でれば、恒宣が羞恥に頬を染める。
「目立つ所は駄目」
「じゃぁ、俺と恒宣以外が見れねぇ所につけるわ」
 と、恒宣の脚を開き顔を埋める。
「え、ちょっと、藤春! やっ、だめぇ」
 太腿の付け根。きわどい個所へと吸い付いて痕をつければ、恒宣の目尻に涙を浮かべる。
「なんで、こんな恥ずかしい所……」
「この痕は、俺とおめぇだけの秘め事よ」
 赤の痕を指で撫でれば、感じているようでびくびくと恒宣の体が震える。
「ヒメ、ゴト?」
「あぁ。誰にも見せんじゃねぇぞ」
 わかったな、と、太腿を撫でていた手は濡れて反りたつモノへと触れて扱く。
「んっ、わかっ、あぁっ」
「めぇいっぱい良い声で俺の為に鳴いてくんな、なぁ、恒宣」
 吹き出る蜜を舌で舐めとり口に咥えてしゃぶれば、恒宣から艶かしい鳴き声がきこえた。

 何度も味わったというのに、すぐに恒宣を欲しがってしまう。
 いま一度まぐわいたいと身を引き寄せた所で、外から御免下さいと言う声が聞こえてきて。それを無視しようと思ったが、恒宣が客が来たと藤の腕を叩く。
 野暮天がとぼやきながら、
「わりぃが仕事の依頼なら明日にしてくんな」
 と帰るように言う。
 だが、
「いえ、仕事の依頼ではありません」
 そう言って帰ろうとしない。
 藤が舌打ちした所で、腕の中に抱かれていた恒宣がのんびりと、
「あれ、この声って……、どうやら黒田からの使いの者が来たみたい」
 と言う。
「なんでぇ、そうなら早く言えよ」
 恒宣が着流しへと手を伸ばしたのを止め、俺が行くと下穿き姿に着流しを羽織る。
「待たせたな。もしや恒宣を迎えにきたのかい?」
「いえ。芳親さまからこれを預かってまいりました」
 そう風呂敷に包まれた物を手渡される。
「こいつは?」
「弁当です。それと恒宣様の事を一晩泊めてやって欲しいとの事です」
 用事が済むと使いの者は頭を下げて帰っていく。それを暫く見送った後、包みを持って中へと入る。
「芳親さんからだと」
 芳親からだと恒宣の目の前に置くと風呂敷をほどく。重箱の蓋を開けると中には美味そうな料理が詰められていた。
「ほう、こりゃ美味そうだ」
「母上が拵えて下さったようだ」
 早速、料理を頂こうということになり、藤は木皿と箸を用意する。
 お勧めはこれだよと恒宣が指さしたものを皿へ適当に盛り、口の中へと入れる。
「おっ、うめぇ」
「だろう」
 まるで自分の事の様に言うものだから思わず笑ってしまった。
「なんだ」
「いや、本当に仲が良いなと思ってな」
 そう、クツクツと笑う藤に、
「なぁ、藤春。私と家族にならぬか?」
 突然そんな事を言われて、耳を疑う。
「おま、いきなり何をっ」
「黒田には離れがあるのだが……、その、好いた者が出来たらそこで暮らせるようにと、な」
 頬を染め、藤の様子を窺いながら言う恒宣に。
「馬鹿言うな。おめぇは武家のモンだろうが」
 何を言っているのだとばかりに、煮物に箸を伸ばして頬張る。
「うむ。黒田にそんな些細な事を気にする者はおらぬ。だから嫁いでまいれ」
「ぐふぉっ」
 嫁という言葉に、食べていたモノが喉に詰まり激しく咽る。
 胸を叩きながら目を白黒させる藤に、恒宣があわてて水を汲んできて手渡してくれた。
「かぁっ、てめぇ、俺を殺す気かよ」
「そんなつもりじゃ……」
「嫁に来いなんて、アホな事をぬかしやがって」
「そうしたら私は幸せだし、藤春には家族が出来るだろう?」
 その言葉に驚いて目を見開く。
 恒宣は自分に家族を与えようとしてくれているのか。
 その気持ちが嬉しくて、目頭が熱くなる。
「なんで俺が嫁なんだよ」
 泣き顔は見せたくないので、藤はそう誤魔化した。
「やや、そうかすまぬ。ならば婿に……」
「ありがてぇが嫁にも婿にもいかねぇよ。恒宣の、その想いだけで十分。俺は、幸せモンだぁ」
「そんな」
「だがよ、遠慮なく遊びに行かせて貰うわ」
 飯もくいてぇしよと言えば、
「いつでも歓迎するぞ」
 と恒宣が笑みを浮かべた。

◇…◆…◇

 恒宣の前に数枚の春画が置かれている。芳親への土産にと藤がもってきたものだ。
「いらぬと言っただろうが」
 見たくないとばかりに背けて持って帰れと言う。
「なんでぇ、新作ばかりそろえてきたってぇのに、芳親さんに渡してくれねぇのかよ」
 彼の傍へといき顔を覗き込む。だが、すぐに顔をそむかれてしまう。
「渡さぬ」
「じゃぁ、こいつも……?」
 立ち上がり、恒宣の視界に触れるように絵を広げる。
 それは窓辺に座り、うちわを扇ぎながら凉をとる恒宣の姿が描かれていた。
「な、何時の間に!」
 絵をかっさらい、それを眺める恒宣の頬が赤く染まっていく。
「すごく良い表情してたもんでね」
 目を細め、外を眺める姿が色っぽく、目が離せなくなった。
 その後、見ていたのに気が付かれて、まぐあったのだが。
「藤春……」
「この絵も、この春画も、皆に見て貰えたなら、嬉しいってもんだ」
「あぁ、そうだな。こんなに良く描いて貰ったのに、な」
 すっかり自分の絵に夢中になっている。
 藤は口角をあげ、
「じゃぁ、春画は芳親さんに渡して良いよな?」
 と春画を筒状にし、恒宣に確認をとるように見せる。
「あぁ、そうだな。見て貰えないのでは絵が可愛そう……、って、藤春、お主、私を丸め込もうとしたな」
 あと少しという所で気が付かれた。
「ち、気がついたか」
 春画を手に部屋を出ると、恒宣が待たぬかと追いかけてくる。
 藤は掴まらぬように芳親の部屋へと向かえば、騒がしいですよと恒宣の母親に怒られた。
「申し訳ありません」
 二人は足を止めて背を伸ばし頭を下げる。そして、顔を見合わせて笑みを浮かべた。