甘える君は可愛い

上司と部下の「恋」模様

 八潮雄一郎(やしおゆういちろう)は優しくて仕事の出来る先輩だ。三木本蓮(みきもとれん)にとって憧れの存在であり、目指すべき人でもある。
 見た目のせいで誤解を受ける事が多々あり、そんな自分を何度もフォローしてくれた。
 助けられてばかりではなく、いつしか八潮の役に立ちたい。その一心で仕事を頑張った。
 いつからか、八潮の傍に三木本有とまで言わせるほどとなった頃、ただの憧れから別の感情を持つようになっていて。
 結婚をする(しかも二度目)と聞いた時、この想いを伝え無かったことを悔やんだ。すでに気持ちが忘れられないほどに深い所まで浸透していた。
 私生活は支えてあげられないが、仕事では自分が支える。その思いだけで恋心を胸の中の箱に詰めてカギをしめた。
 時折、酷く痛むことがあるが、必要とされる事で押さえることができた。
 だが、それから一年もたたぬうちに八潮の結婚生活は幕切れとなった。
 仕事を優先とする八潮に、寂しくて耐え切れなくなった相手が離縁を申し入れたのだ。
 それも理解のうちで結婚したんじゃないのかと、三木本は怒りを感じたが、八潮は自分が悪かったのだと言う。
 だから、この件で三木本が怒る事ではない。言いたかった言葉を飲み込んで、自分はいつまでも彼の傍にいようと心で誓う。
 離婚してからというもの不規則な生活が続いているようで、少しやせたと思う。
 昼に食事を摂らない時もあり、心配していた矢先のことだ、八潮が倒れたのは。
 病院に駆け付けた三木本と波多に、八潮は面目ないと頭をかく。
「疲労ですって。仕事をし過ぎですよ、八潮さん」
 と波多が荷物の入った紙袋を置く。
「ごめんね」
 三木本は点滴のチューブに繋がれた腕を見つめたまま黙り込む。
 無理にでも休憩させて食事をさせるべきだった、と、後悔ばかりが先に立つ。
「ちょっと、三木本君、真っ青だよ」
「え?」
 確かに少し頭がぼっとするが、自分の事よりも八潮の事だ。
「俺は平気ですよ」
「とにかく、ここに座れ」
 と波多に丸椅子へと座らせられた。
「すみません。俺が、八潮さんをフォロしきれてないから、だから……」
「君が自分を責める必要はないよ。これは僕の自己管理が悪いからであって」
「そうだよ。これは八潮さんが悪い」
「えぇ、波多君、なんか酷い……」
「俺、もっと八潮さんの手助けを出来ていれば」
「充分助かっているよ。これは僕が悪いんだ。離婚したショックもあったしね」
 だからもう自分を責めないで、と、手を握りしめられる。
 そんなことがあって、三木本は八潮へ声を掛けるようになった。

 それから八潮は課長へと昇進し、ずっと胸の中の箱にしまっておいた恋心を彼に告げた。
 結果、見事に玉砕。同性だし、八潮のタイプではない事を重々承知のうえでの告白なのでフラれると思っていた。
「ありがとう。君の恋人にはなれないけれど、仕事では今まで通り僕の事を助けてくれるかい?」
 と、頼りにしているよと手を差し出されて、自分を必要としてくれている事が嬉しくてその手を握りしめた。
 これからも彼の為に生きていこうと、そう思った。

◇…◆…◇

 三木本はよく周りをみていると思う。
 飴と鞭の使い分けも上手く、さりげなくフォローをしたりもする。
 ただ、目つきが悪いせいで怖がられている節があり、同じ課の者ならば見慣れているので大丈夫なのだが、他の部署には彼を怖がる者もおり、その時は人受けの良い後輩、久世大輝(くぜだいき)にフォローを頼むこともある。
 八潮が彼らの研修担当をしていた頃から、あまり手のかからない社員だった。
 しかも優秀で頼りになる存在だ。
 かなりの優良物件。
 だから告白された時はとても嬉しかった。彼に世話を焼かれながら過ごすのも良いと思うが、八潮は恋人には甘えられたいと思うタイプなのだ。手のかからない彼は自分を必要としてくれないだろう。
 彼はフラれると思っていた様で、スッキリしましたと深くお辞儀をし、すぐに気持ちを切り替えた。
 あれから一年たつが変わらず片腕として頑張ってくれている。
 八潮も遠慮することなく三木本へと仕事を振る。でないと、部下に仕事を振れと怒られてしまうから。
「八潮課長、昼ですよ。飯、食いに行きましょう」
 過労で倒れて以来、彼は昼休みになると声を掛けてくる。
 でないと休むことをしない自分を心配してくれているのだ。
「あぁ」
 食堂に行きテーブルに着くと、二人の姿を見つけた久世がトレイを手にやってくる。
「ご一緒してもよろしいでしょうか?」
 と聞いてくる。
「良いよ」
「失礼します」
 テーブルにトレイを置き、頂きますと手を合わせる。
 大盛りのライスと生姜焼きとポテトサラダ、そしてプリンが二個。それが見る見るうちに減っていく。
 久世の気持ちの良い食べっぷりを眺めていたら、それで満足してしまいそうになる。
「課長、見てないで箸を動かしてください」
 それに気が付いた三木本が、全然減らない食事を眺めて注意を入れる。
 八潮のトレイには、半ライスにブリの照り焼きとサラダがのせられていて。
 それでなくても女子が食うような量なんですから、と、更に言われてしまう。
「わかったよ」
 八潮はちびちびと食事を食べつつ、
「そう思えば、波多君はどうしたの?」
 と、久世の傍に波多翔真(はたしょうま)が居ない事を疑問に思う。
「課長、聞いて下さいよぉ、波多さんってば、昼休みになると一人で何処かに行っちゃうんです」
 しょぼんと頭を下げる久世。犬の耳と尻尾があったら垂れ下がっている事だろう。
「あらら。ワンコちゃんを放っておくなんて、悪いご主人様だね」
 と言えば、そうなんですと相槌を打つ。
 久世はつい甘やかしたくなるような存在だ。だが、それはあくまで部下としての範囲としてだが。
 少し前の自分だったら恋人にしたいと思っていただろう。
 だが今はもう恋愛をする気があまりおきない。
 三木本が自分の世話をやいてくれる、というのもそのひとつかもしれない。