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独占欲

 待ち合わせの場所には既に平塚君の姿があり、お待たせと俺は声を掛ける。
「笈川君、もう少しでここにきます」
「解った」
 それからすぐに笈川君が待ち合わせの場所へとやってきて、俺の姿を見るなり目を見開いて指を差す。
「なんで居るの!」
「あれ、聞いてない?」
 俺が会いたがっている事を伝えてあるのだと思っていた。
「どういうことなの」
「あのね、実は木邑先輩に頼まれたんだ。笈川君と会いたいって」
 そう告げると、笈川君は不機嫌そうな表情を浮かべて踵を返す。
「帰る!」
「え、待って、笈川君」
 ドアの取っ手に手を掛けている笈川君に、俺はその動きを止めるように手を重ねる。
「ちょっと、触らないでよ」
 手を振り払われて、俺はごめんねと謝る。
「岳、どういうつもりなの!!」
 敵対心むき出しで睨みつけられる。
 さて、どうやって切り出そうかと思っていたところに。
「笈川君があんな真似をさせたの?」
 と単刀直入に平塚君が尋ねる。
「岳、何を言って……」
 まさか平塚君がそんな事を言うとは思っていなかったのだろう。
 愕然とした表情を浮かべながら俺を指さして、
「この人に言われたの?」
 そう目を潤ませた。
「俺が可愛いから嫉んでそんな酷い事を言うんでしょう!」
 確かに笈川君は可愛いけれど、別に嫉んだりしない。だって、嫉んだってしょうがないもの。
「え? 別に俺は……」
 違うよと手を振るけれど、笈川君は平塚君へと縋りつく。
「岳も、俺よりもこの人の事を信じるの?」
 うるんだ目で見上げられたら、クラってしてしまいそうだよね。
 だけど平塚君は慣れているようで表情は変わらず。笈川君はひどいと喚きながら大声で泣きはじめてしまった。
「笈川君、泣かないで」
 おろおろとする俺に、平塚君はふぅとため息をつき。
「嘘泣きですよ」
 と、笈川君の体を引き離す。
「え?」
「……チッ」
 嘘泣きなのをバラされて、笈川君が俺を睨んで舌打ちをする。
 うん、流石は幼馴染。俺だけだったら騙されていたかもしれないな。
 ここに平塚君が居て良かったと、彼にありがとうと微笑む。すると、それを見ていた笈川君が平塚君と俺の間に割り込む。
「なんだよ、岳がほんの少し興味をもっているからって調子にのるな!」
 そう俺の肩をドンと突き飛ばした。
「あっ」
「笈川君!」
「不愉快だから、アンタ、消えてよ」
 そう、ドアの方へと更に押されて。
 平塚君がやめなよと笈川君の手を掴んだ。
「笈川君、木邑先輩に意地悪をしないで!!」
 と、大きな声をだし。
 それに驚いた笈川君が目を見開いて平塚君を見る。
「え、あ、俺は平気だから……」
「駄目です。ちゃんと怒ってあげないと駄目なんです」
「何それ、岳の癖に生意気なんだよ!」
 肩を震わせ、今度は平塚君の事を睨む笈川君。
 なんだかムキになる笈川君を見ていたら、小さな子供を見ているような気持ちになってきた。
 大好きなお友達が他の子と遊んでいて、それにヤキモチをして癇癪を起すような感じかな。
「……あれ?」
 なんか、気がついちゃったよ、俺。
「ねぇ、笈川君」
 確かめようと声を掛ければ、
「アンタは黙っていて!!」
 と噛みつかれ。平塚君がすぐにそんな言い方をしては駄目だと注意する。
「うるさい、うるさい!! コイツになんて何を言ってもいいんだよ。大体さ、笈川君って、何それ、気持ち悪い。岳は俺の事を瞬ちゃんと呼べ」
 興奮して怒鳴り散らす笈川君。
 あぁ、やっぱりそうなんだって俺は確信する。
 言い争いを続けている二人に、俺はぽんと手を打ち。
「笈川君、平塚君の事が好きなんだね」
 と言えば、一斉に二人が俺の方へと目を向ける。
「え?」
「なっ、何をっ!」
 驚いて目を見開く平塚君と、頬を真っ赤に染めて及川君が狼狽え始める。
「ふふ、所有物イコール独占欲って事か」
 一人、納得したように頷くと、笈川君が口をぱくぱくとさせる。
「え、それって」
「だから、平塚君が俺に興味を持った事が許せなくて、つい意地悪な事を俺にしちゃったんだよね?」
 この前の事も笈川君が黒幕だよねと断言するように言い、
「しかも、俺の事を平塚君が助けたから余計に気に入らなくなっちゃった、と」
 顔を覗き込むように見れば、ふんと鼻を鳴らして開き直る。
「そうだよ。俺の岳がお前なんぞに興味を持つし、意地悪してやったら助けるし。ムカつくんだよ」
「だって、平塚君」
 好きな子に対して持つ独占欲。
 所有物だと言って、平塚君の事を縛り付けようとするのはいかがなものかと思うが、素直になれない性格なのだろう。
「笈川くん……、瞬ちゃん」
 平塚君が名で呼んだ途端、顰めっ面がまるで周りで花が咲いたかのように笑顔を見せる。
「笈川君ってば、可愛い顔しちゃって。最初から素直に好きって言えばよかったのに」
 こっそりとそう笈川君に言えば、
「う、うるさい!」
 と俺を払いのけるように手を振る。
「さて、後はお二人でどうぞ」
 結局は取り巻きがいるせいで平塚君と話すこともままならなくて。だから俺に興味を持ったのが許せなかったんだよね。
 ちゃんと話し合って互いの想いを伝えあえば、今後、俺をどうこうとか思わくなるだろう。
 だから、もういい。
 俺は出入り口へと向かおうとすれば、平塚君が待って下さいと俺を引き止めた。
「ん、何?」
「ほら、瞬ちゃん。木邑先輩に謝ろう、ね?」
 と、笈川君の背中を押して前に出す。
「うッ」
 俺でなく平塚君の方に顔を向いている笈川君に、
「俺も一緒に謝るから」
 と手を握りしめる。それが嬉しかったのか、顔を赤く染めている笈川君がすごく可愛い。
 つい口元が綻んでしまいそうになり、それがばれないように表情を引き締める。
「あの……」
 笈川君が俺の方をおずおずと顔を向けて、もごもごと口を動かす。
「ごめん、聞こえない」
 ちょっとだけ意地悪してそんな事を言えば、笈川君がビクッと小さく震える。
 そんな笈川君を後押しするように、
「先輩、色々と申し訳ありませんでした」
 大きな声で謝罪の言葉を口にし、それに続けて笈川君が、
「申し訳ありませんでした」
 と頭を下げた。
「はい。謝罪の言葉、受け取りました。なので許します」
「ありがとうございます。良かったね、瞬ちゃん」
 嬉しそうに笈川君の肩を叩く平塚君に、
「……あぁ」
 不機嫌そうな顔を浮かべて俺から顔をそらした。
「じゃぁ、俺は行くね。笈川君、素直になるんだよ」
「余計なお世話」
 そう笈川君が言い、平塚君が窘めていた。
 そんな二人を微笑ましく眺め、俺は吾妻の元へと向かった。