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生徒会室にて

 桂司兄ちゃんが生徒会長に頼んで生徒会室をかりてくれた。
 生徒会室には俺の幼馴染達、そして吾妻と川上君がいる。
「桂司兄ちゃんの所に行こうと思って教室を出て声を掛けられた。はじめは一人だったけど、他に仲間が三人いて。体育倉庫へ向かうまではまるで友達同士がふざけあっているかのように、でも明らかに俺を拘束するように連れて行かれたんだ」
 しかもはじめに声を掛けられた時、あまり人気がない場所だった気がする。
 それから吾妻の机の上に制服が置かれていた事や助けてくれた男子生徒の事を話す。
「教室を出てから声を掛けたり、連れて行く途中、友達のふりしたりとか良く考えているな。しかも制服を吾妻の机に置いて置くとか、そいつらの中に頭の切れる奴がいるみたいだな」
「え、どういう事、それ」
「あぁ……」
 吾妻の机の上に制服を置いたのはもしもの時の保険ではないか、と、真一は言う。
「下らない事を考えるな」
 そう桂司兄ちゃんが呟き、尚君が同感とばかりに頷く。
 俺にしたことが表沙汰となった時、吾妻が真っ先に疑われるであろう。
 そんな時、誰かが吾妻の机の上に置かれた制服の事を告げたとしたら……。
 全ての責任を吾妻におわせ、本当の犯人たちは難を逃れるつもりか。
「酷ぇなぁ……」
 眼だけで相手の射止めてしまうのではと思うくらいに吾妻は殺気を帯びている。怒るのは当然だけどそんな顔をして欲しくはない。
「吾妻、顔が怖いよ」
 そう、眉間を指で押すと、さらに凄みのある目で睨まれた。
「うっ」
 久しぶりに怖いと思った。俺は縮みあがりそうになるが、
「こら、優はお前にそんな顔をさせたくないんだよ」
 と桂司兄ちゃんが吾妻の頭を叩いた。
 さすが幼馴染。俺の気持ちを察している。
「優に手ぇだしたことも、卑怯なやり方も気にくわねぇ。優が味わった以上の恐怖を味わせてやる」
 ボキボキと指を鳴らす吾妻に、落ち着けと真一が声を掛ける。
「でもよッ!」
「痛めつけるのは駄目だ。停学、もしくは退学になる恐れがある。だから精神的に追い詰めてやるよ」
 そう口元だけに笑みを浮かべる真一は、先ほどの吾妻よりも怖い。
「真ちゃん、悪の帝王みたい」
 と久遠が呟き、俺も同意するように頷く。
「はは、壊れる寸前で止めておくんだぞ?」
 真一を止めない所か、相当怒っているようで桂司兄ちゃんが怖い事をサラッと言う。
「いや、それも駄目だから」
 俺のツッコミに、桂司兄ちゃんは冗談だよと笑うが目が笑ってない!
 きっと真一は犯人をつきとめて精神的なダメージを負わせるのだろうな。
 考えるだけで怖い。
 腕をさすりながら久遠と身を寄せ合ていたら、そこに川上君が寄ってきて、
「所で、木邑先輩を助けた一年の名前は聞きましたか?」
 と尋ねられる。
「うん。平塚君ていう子」
 名を告げると、川上君は平塚君を知っているようで、知り合いなのかと尋ねてみれば、同中だった事を教えてくれた。
「平塚は気の優しい奴です」
「そうなんだ」
 すると俺をじっと見て、何か言いたげな表情を見せるが、結局は何も言わずに静かに微笑む。
 それがすこし気になったけれど、真一からこれからの事だけどと言われ、そちらに耳を傾ける。
「また優が狙われるかもしれない。だから役割を分担する」
「え、役割って……?」
 そう俺が口にすると、真一が何かを企むようなそんな顔をしながら口角をあげた。

◇…◆…◇

 放課後、俺のクラスはいつも以上にざわついていた。
 そう、出入り口に立つ男の存在にだ。

「吾妻」
 俺が気軽に名前を呼べば、ざわついていた教室が一気に静まりかえる。
 そんな状況に俺は呆れながら、帰ろうと吾妻の背中を叩いて促せば、ウッスと返事をし頭を下げる。
 俺が教室から出た途端、再びざわめきはじめた。
 以前は吾妻から呼び出されたのだが、今回はわざわざ教室に迎えに来ているのだから余計に気になるのだろう。
 いまからどんな噂をされるのやら。
 ぼんやりとそんな事を考えていたら吾妻が心配そうに俺を見ていて、俺は平気だよとばかりに吾妻の髪を撫でた。
 すると廊下で俺達を見ていた生徒達が、見てはいけないものを見てしまったとばかりに目を反らし始める。
 まぁ、予想はしていた反応だけど、なんか気に入らない。俺はただ、後輩を可愛がっているだけなのに。
「おい、優」
 こそこそと話す吾妻に、
「皆、大げさだね」
 いらつきながら吾妻の腕をつかむと引っ張りながら廊下を歩く。
 そんな俺に対して吾妻は何もいわずにされるがまま状態で。やっと気持ちが落ち着いてきた頃、吾妻と俺の腕が離れた。
「優は優しいのな」
 照れくさそうに俺を見る吾妻に、一瞬、何を言われているのか解らなかった。
「あいつらの反応に対してイラついていたんだろ?」
 そう言われて、一気に熱が上がる。
「別に、そんなんじゃ」
「こんな俺を思いやってくれて嬉しい。好きだ」
 ニカっと笑う吾妻に、胸がドクンと飛び跳ねる。
 あぁ、なんて可愛いんだ、お前は。
「さっきの奴等に見せてやりたいよ」
 そうしたら怖いなんて言わなくなる。
「あ? 何を見せんだよ」
 何の事だか解ってない吾妻は、すぐにいつもの目つきの悪い怖い顔となる。
「うんん、なんでもない」
 きっとあの顔は俺だから見せるんだ。そう思うと優越感で顔がにやける。
「優、なんか、キモいんだけど」
 そう呟かれて、俺は煩いと吾妻の胸をかるく拳で叩いた。

 役割を分担する。
 そう言われ、真一が口にしたのは、
「しばらくの間、昼と帰りは吾妻と行動しろ」
 だった。
 だった。しかも、吾妻に教室に迎えに来るようにという指示を出す。
「教室に、か?」
「吾妻と知り合いだとわかれば下手に手出しをしてこないだろう」
 確かに吾妻が居れば手出ししてこないだろうな。
 だから俺はすぐにその提案を受けれたのだが、吾妻は何か躊躇う素振りをみせる。素直にその提案を受け入れてくれると思っていたのに。
 だが、すぐにその理由を知る。
「俺は凄く嬉しいけれどよ、そんな事したら優に迷惑が掛かんだぞ?」
 怖がられてもいいのかよと、心配そうに俺を見る。
 あぁ、だからあんな顔を見せたのか。
 逆に迷惑を掛けているのは俺だというのに、なんて優しいんだろう。
 その気持ちが嬉しくて、俺は手を伸ばして吾妻の頬に触れた。
「周りになんて思われ様が気にしないよ、俺は」
 だから心配しないでと、そう気持ちを込めて頬を撫でれば、
「優っ!」
 吾妻は皆が居る前で俺を抱き締めてきて、思わず声をあげてしまった俺に、何をしているんだと川上君に後頭部を叩かれていた。

 まぁ、そんなやり取りがあり、冗談で吾妻に舎弟のふりでもするかと言ったら、その意見が通りこうなった訳だ。