カラメル

愛してる

 お互い、いまだ恋人はおらず、居酒屋で飲む時はいつも仕事の話や昔話が主になる。
 今日も、高校の時からの友人であり、しょっちゅう飲みに行く筧秀一郎(かけいしゅういちろう)との会話は、職場の上司の事、そしてつい最近では片思いの相手の話も加わった。
 二人には一度も会ったことが無い。だが、話によく聞くせいか、知り合いのように感じてしまう。
 秀一郎の会話の中でよく登場する上司の人には一度も会ったことが無いのだが、知り合いのように感じてしまうほどだ。
 特に上司の人は気になる。養護教諭である自分には仕事の相談する相手が学校の中におらず、それ故に憧れる。
 ほんわかとしていて優しくて、仕事の事以外にも相談事ものってくれるなんて、なんて理想的なんだろう。
 秀一郎が片思いをしている子がその人と知り合いらしく、よく相談にのってもらっていると話していたっけ。
「いい上司と巡り合えたな」
 余程、慕っているようで、いつも自慢げに上司の事を話すものだから、その方に会ってみたいと思ったほどだ。
 それだけに秀一郎が羨ましく思い、一度でいいから渡部さんに会ってみたいとすら思ったほどだ。

 そろそろ店を出ようということになり、今日は俺がおごるよと秀一郎に外で待っていてと先にいかせる。
 代金を支払い外へ出れば、秀一郎と上背のある男二人と何かを話していた。
 一人は淡いブルーのシャツとジャケットという姿で眼鏡を掛けており、もう一人は金髪で耳に何個もピアスをしたライダースジャケットを着た目つきの悪い男だった。
 眼鏡の男だけなら、秀一郎の会社の同僚かと思えただろう。だが、もう一人はどうみても普通のサラリーマンとは思えない。
 秀一郎は中世的な顔達をしており、女性が着てもおかしくないような恰好を好んでする。
 それゆえか、女性と勘違いをした酔っ払いによく絡まれたりする。今日もその類かと思い秀一郎と男達の間に割って入った訳だ。
「俺の連れに何か用ですか?」
 自分よりも頭一つ分ほど身長の高い眼鏡の男を睨みつければ、
「恭くん大丈夫だよ、二人とも知り合いだから」
 と後ろから秀一郎が肩を叩く。
「……え?」
「渡部さんと悠馬くん」
 耳元でこそっと教えてくれる。
「秀一郎の上司さんと片思い中の……」
 瞬きをしながら二人をゆっくりと指さしていく。
 俺の呟きが聞こえたか、目つきの悪い金髪元い乍君が嫌そうな顔をする。
「今晩は。私は筧君の上司の渡部雅史(わたべまさし)と言います。こちらは筧君の想い人である乍悠馬(ながらゆうま)君です」
 ふふっと笑いながら、そう紹介をする渡部さんに、秀一郎がやめてくださいよと頬を赤く染め、乍君がふざけんなと睨みつける。
「帰る」
 と言ってポケットに手を突っ込んで駅の方へ向かって行ってしまった。
「え、悠馬くん」
 心底悲しそうに名を呼びながら手を伸ばす秀一郎に、渡部がごめんねと手を合わせて謝る。
「少しからかいすぎちゃいましたかね」
 いつもああなんですよと、渡部さんは苦笑いをしながら俺の方へと視線を向ける。
「すみません、ご挨拶の途中だったのに」
「いえ。俺は筧とは高校からの付き合いで、穂高恭介(ほだかきょうすけ)といいます」
 宜しくお願いしますねとお互いに握手をし、がっかりとしている秀一郎を肩を励ますようにぽんと叩く。
「うう、こうなった原因の渡部さんには責任とってもらいますからね」
 俺と渡部さんの腕を掴んで別の居酒屋へと向かって歩き出す秀一郎に、
「はい、お付き合いしますよ。まだ飲んでないので。穂高君、この後の御予定とか大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
 ずっと秀一郎の話でしか知らなかった渡部さんと話を出来るチャンスなのだ。是非にでもご一緒したい。
「楽しみです」
 そう、ふわりと笑う渡部さんを見ていたら、なんだか心が温かくなってきた。

 渡部さんは優しく暖かい人。眼鏡の奥の目は穏やかで優しい色をしている。しかも話上手の聞き上手でもある。
 話が弾み、酒も進む。
 つい楽しくて、明日も仕事だというのにこの時間を終わらせたくないと思うほどだ。
「もう、のめませぇん」
 酔っぱらった秀一郎が、突然帰ると立ち上がり、俺達は一緒に店を出る。
「責任をとれっていったの誰だよ」
「おれでぇ~す」
 可愛い子ぶって、こてっと首を傾かせて手をあげる。
 そして、当の本人は笑いながらタクシーに乗り込み、さっさと帰ってしまった。
 俺達は秀一郎の付き合いで飲んでいた訳で、本人が居なくなってしまったのだからお開きにすべきだろう。だが、もう少しだけ渡部さんと話をしながら飲みたいという気持ちもある。
「どうしますか?」
 俺の方からはお開きにしようとは言わず、渡部さんの返答次第に任せる。
「穂高君さえよければ、もうすこし付き合ってくれますか?」
 と俺が望む方の返事をくれた。
「はい、喜んで」
「よかった。じゃぁ、行きましょうか」
 今度は落ち着いた場所で飲みたいということになり、渡部さんのおすすめのバーへと向かう事になった。

 時間を忘れるくらい楽しい時間を過ごし、少し酔いを冷まそうと夜道を歩く。
「穂高君、もしよろしければ連絡先を交換しませんか?」
「はい、喜んで」
 渡部さんが、ポケットから紺色のガラケーを取り出す。
 俺もまだガラケーを愛用しており、一緒ですねと微笑みあう。
 互いに連絡先を交換し合い、
「じゃぁ俺も」
 互いに電話番号とメールを交換しあう。
「また一緒に飲みましょうね」
 連絡しますねと携帯を胸のあたりでふり、俺は待ってますねと頷いた。

◇…◆…◇

 この頃、俺の携帯の着信履歴は渡部さんの名前ばかり並んでいる。
 互いに時間があると飲みに行こうと誘い、メールの返事に「了解しました」という文字を見るたびに気持ちが浮き浮きとする。
 渡部さんは楽しく飲める飲み仲間となりつつある。

 今日は大学時代の友人がバーデンダーをしているバーへと誘った。
「いらっしやいませ」
 華矢(はなや)は店では唯一の女性のバーデンダーで、シェーカーを振る姿はとてもかっこよく、彼女目当てに店へと訪れる客も多い。
「あら、なんだ。穂高じゃない。あれ、今日は筧とじゃないんだ」
「まあね。こちらは渡部さん。秀一郎の会社の上司さん」
「渡部です」
「華矢です」
 簡単に挨拶を済ませ、華矢は俺達にどうぞごゆっくりと言い別の客の元へと行ってしまった。
「華矢とは同じサークルの仲間だったのですよ」
「そうなんですか」
「彼女って美人でさばさばした性格をしていて、男女問わず人気者でした」
 今みたいにと華矢の方へと視線を向ければ、女子のグループにカクテルを作っている最中で。女の子たちがウットリしながら彼女を見ていた。
「ふふ、確かに。穂高君もあこがれていた一人、とか?」
「美人だし性格も良いとは思うけれど、友達って気持ちの方が強いですね」
 学生の頃、平凡な顔の俺が美人二人と仲良くしていたため、月並みが両手に華で良いなと嫌味ぽく言われ、そう嫉妬する奴には、羨ましいだろうという態度をとってやったものだ。
「穂高、何にするか決まった?」
 手が空いたのか再び俺達の前に来る華矢に、俺はどうするかと渡部さんを見る。
「そうですね。ではギムレットを」
「俺はいつもの通りで」
 カクテルにあまり詳しくない俺は、華矢にいつもお任せで作ってもらっている。
 今回はどんなカクテルを飲ませてくれるか楽しみだ。
 シェーカーを振る華矢の姿に、渡部さんがかっこいいですねと俺に囁きかける。
 何故だろうな、渡部さんにカッコいい姿を見せられる華矢が羨ましいなんて、そんな事を思ってしまった。

 いつもよりも酔いが回る。途中でいつも以上にハイペースで飲んでしまったせいもあるだろう。
 酔っていても意識はあるのに、酒の勢いもあってか、
「海に行きましょうよぉ」
 と口にしていた。
 酔っ払いの戯言と、そう軽く流してくれたらいいのに、少しも嫌な顔を見せることなく良いですよと俺をタクシーに乗せて海へと連れて行ってくれた。
 潮風と波の音が、とてもキモチガイイ。
 俺は、適当な場所を見つけていると腰を下ろすと、渡部さんがその隣に座った。
 なんて面倒見が良いのだろう。
 そういえば、渡部さんは、会社でも人気があるのだと、秀一郎に聞いたことがある。
「秀一郎が羨ましいです。俺も渡部さんの部下になりたいです」
 相手を思いやれる、そんな彼の下なら仕事もがんばれそうだ。
「おやおや。突然どうしたのですか?」
「秀一郎が言っていました。渡部さん、部下にも上司にもウケが良いと」
「そんなことないですよ。いつも皆に助けてもらっているのは、自分の方ですし」
「そう言える所も、渡部さんの素敵なところです」
 俺は気分がよくなって、砂が付くのもお構いなしに横になった。
「穂高君にそういってもらえて嬉しいです」
 と、手が頬へと触れ、その温かさに目を細める。
 星達は、闇夜をキラキラと照らし、とても綺麗だ。
 空を見れば、星達が闇夜を照らし輝いている。その隣には優しく微笑む渡部さんの顔があり、その顔がどんどん近寄ってくる。
 あぁ、渡部さんって爽やかで格好よい。俺は微笑んですっと目を閉じた。